第21話 寝言は寝て言ってくれ

「眠れなかったようじゃな」

「当たり前だ。暗殺されかけた夜に安眠できるほど平和ボケはしてない」


 ダンスパーティーの翌日。

 俺はクソ親父に呼ばれ、朝から応接室で顔を合わせていた。


 リリーシュカには部屋で学園に帰る支度をしてもらっている。

 昨日は意図せずリリーシュカと同衾する羽目になった上に雷がよほど怖かったのか数分おきに「まだ起きてる?」「どうしよう、眠れないのだけれど」と縋るように囁かれ、流石の俺も放っておくことはできなかった。


 恐らくあの魔術は俺を狙ったもので、リリーシュカはその巻き添えになっただけ。

 ならば寝るまで付き合ってやろうと寝息が聞こえてくるまで起きていたのだが……結局、リリーシュカが寝付いたのは明け方前。

 俺の眠気はもう一周回って消えてしまったが疲れは残っている感覚がある。

 寮に帰ったら今日は寝ておこう。

 自業自得だがただでさえ低い成績を居眠りで落とされては敵わない。


「それよりも……今回の件、犯人は確実に身内だ」

「わかっておる。深夜に捕縛した侵入者を尋問していたが――」

「自害された、だろ?」

「……そうじゃ。尋問の最中に魔術師の男に仕込まれた遅延魔術が発動し、血の塊を吐いて死んだ。奥歯に毒薬も仕込まれておった」

「念入りなことだ」


 本来なら捕縛された時点で服薬し自害する算段だったのだろうが、魔術師とて死にたいわけではない。

 だが、それを依頼主の方が許さなかった。


「黒幕の情報は?」

「それを吐かれる前に死んでしまった。じゃが……ウィルも言っておったように疑うべきはまず身内じゃ」

「……嫌われる心当たりならあるが、暗殺されるほど恨まれてる覚えはないぞ」

「あるにはある。ヘクスブルフとの休戦協定を結ぶ際、議会も荒れた。いわゆる反魔女派というやつだ。我が国の資源を略奪する魔女の国を許すな、などと理由を付けてヘクスブルフとの戦争続行を望んでおった」

「そいつらが今回の犯人だと?」

「可能性は高いじゃろう」


 反魔女派、か。

 そういった思想の持ち主が貴族社会のみならず市井にも広まっていることは知っているが、今回のような襲撃を企て、実行できるのは俺と同じく王族の人間だろう。

 城の警備とも通じていなければあんな犯行は行えない。


「じゃが、あの程度の刺客では相手にならんお前に言うことはない。リリーシュカ嬢から片時も目を離すでないぞ」

「護衛を付けようって気はないのかよ」

「学園には目が届かない場所も多く、もしも何かあった際にアレ・・を使うとなれば邪魔じゃろう?」

「…………」


 俺は呆れ混じりにクソ親父へ視線を送るも、にやついた笑みがあるのみ。


「……リリーシュカ嬢はどうじゃ? 昨日は一夜を共にしたと聞いておるが」

「言い方がいちいち気持ち悪い。何もないしあるわけないだろ。寝不足に見えるのはリリーシュカが怖がって中々寝付けなかったからだ」

「紳士なのは良いが、わしは早く孫の顔が見たいぞ」

「もう孫いるだろ」


 俺より歳上の王子王女は自国で相応の格の貴族と婚約したり、他国の王族の元へ嫁いだりしている。

 その結果、もう孫は何人かいるし、俺はこの歳で叔父扱いだ。


「……婚約の方は上手くやっているつもりだ。俺自身の平穏な生活のためにな」

「案外悪いものでもないじゃろう? 自分では気づいていないかもしれぬが、顔つきが少々変わっておる。具体的には元が死んだ魚の目だったのに対して今は生死を彷徨う魚の目といったところか」


 ほんの僅かに生気が宿ったことを喜ぶべきか、実の親からそんな風に見られていたことを嘆くべきか……いや、元からこんな感じの認識だったな。


「相性が良かったのかもしれぬな」

「寝言は寝て言ってくれ。アレのどこが相性良く見える」

「そういうことにしておこう」


 なぜだか無性に腹が立つ。


 俺がリリーシュカと上手くやろうとしているのは間違っても王にならないため。

 政略結婚という外面だけを維持していれば俺の愛する自堕落な生活を続けられる。


「何かあればすぐに書を飛ばせ。新しい証拠があれば追って伝えよう」

「身内が敵だったとして確実な証拠を掴んだ場合、俺が手を下しても構わないよな?」

「好きにせよ。じゃが……その場合、確実に敵対勢力が生まれることになるぞ」

「命を狙われ続けるよりはいい」

「王位継承戦に巻き込まれることになっても、か?」


 鋭い視線。

 確実にそうなると予想している剣呑な雰囲気に息を呑む。


「王位継承戦は平穏に終わることもあれば、最後の一人になるまで骨肉の争いをすることもある。わしの時は後者だった。王座に就いたのは王位継承権を放棄し、王都から身を引いて継承戦が終わるまで辺境に隠れていた臆病で無責任な王子じゃ。他の兄弟姉妹は皆死んだ」

「…………」

「皮肉なものじゃろう? 王位継承権を捨てたわしの他に王座を継げる者がいないからと王に据えられるなど。お前たちにはそんな争いをして欲しくはないのじゃが――」

「難しいだろうな。良くも悪くも野心家が多い。誰もが自分を頂点だと思い込んでいる。その思想に異を唱えれば、どうなるかなんて火を見るよりも明らかだ」


 王座に興味がなくて継承権を捨てようと考えているのは俺くらいだろう。

 そして、俺は誰の派閥にも入る気がない。

 敵対しないだけの無能王子は排除する理由としてじゅうぶん過ぎる。


「身の安全が脅かされるなら抗うが……果たしてどうなるかな」

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