第19話 羨ましいと思っちゃった
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―――
「……あー、本当に嫌だ。面倒だ。さっさと終わらせてふて寝させてくれ」
「諦めなさい」
「俺より嫌そうだっただろ……吹っ切れたのか?」
「情けないあなたの姿を見ていたらね」
俺たちはパーティー会場の舞台袖で響いてくる会話の声や管弦楽団が奏でる演奏を聞きながら待機していた。
呼ばれたタイミングで会場入りする手筈になっているが……この時間が一番嫌かもしれない。
頭痛も少し休んでいたら収まったので体調も問題ない。
リリーシュカは全く信じていなさそうだったけどな。
「今のうちにステップの確認でもしておいた方がいいんじゃないか?」
「してるわよ、何度も」
見ればリリーシュカの脚は教えた通りのステップを踏んでいる。
ヒールが軽く鳴らす音が心地いい。
練習の成果が垣間見えるそれを眺めていると、
「ウィル様、リリーシュカ様。そろそろ入場のお時間になります」
「わかった」
係りの者が呼び出しにきて少しすると「我が息子にしてクリステラ第七王子ウィル・ヴァン・クリステラとその婚約者、リリーシュカ・ニームヘインの入場である!」とクソ親父の声が聞こえて。
「――さて、いくか」
「そうね」
リリーシュカへ伸ばした手は迷わず取られ、二人揃って入場する。
ぱっと開ける視界。
豪華絢爛なシャンデリアに照らされたホールを埋め尽くすのは老若男女問わない貴族が打ち鳴らす拍手の音と豪勢な料理の匂い、管弦楽団が奏でる演奏。
そして、嫌味とすら思えるクソ親父のにやけ顔。
赤い絨毯の上を歩く俺たちへ向けられる視線はいつもと同じようで、ほんの少しだけ違う。
驚愕と嗤笑と侮蔑が大半を占めるが、中にはリリーシュカの家名を聞いて真意を見定めようとする者もいる。
特にそれは上位の貴族に多かった。
彼らならヘクスブルフとの休戦協定も耳に入っているだろうし、リリーシュカの家名……ニームヘインがヘクスブルフを統治する大魔女のそれと同じと気づくはず。
ならばどの立場を取るのが賢い判断か、と頭の中で皮算用を立てている最中だろう。
嫌われ者のやる気なし王子に着くべきか、はたまた他の次期王として有力な他の王子王女に着くべきか。
「……これだから嫌なんだ、貴族社会ってのは」
小声で呟き、ため息を一つ。
表面上は笑っていても仮面の裏では謀略を巡らせ、自分の利益になる未来のために誰かを意図して動かそうとしている。
社交界やパーティーなんてものは情報収集と言葉巧みに権益を引っ張り出すための場でしかない。
これまた視線を合わせずリリーシュカにだけ聞こえる声量で、
「完全に伝えるのを忘れていたんだが、勝手に約束事を結ぶなよ。口約束でも言った言わないで争うことになるし、こんな場で持ちかけられるのは大抵こっちが不利な条件の内容だ」
「……わかったわ。なるべくあなたから離れないようにしておくから」
「ずっと一緒にいる必要はないぞ」
「………………ダンスのことで頭がいっぱいで他のことに思考を回す余裕がないの」
「いや、いい。俺が求めすぎた。今日はダンスに集中してくれ。集ってくる奴は俺が対処する」
腹の探り合いは久々だが……なんとかするしかない。
そんな話をしつつ会場の奥、全員の注目が集まるであろう場所に用意された席に並び立つと拍手が止む。
咳払いを挟み、王子としてのスイッチを入れる。
「――皆は当然周知とは思うが、今一度自己紹介をさせてもらう。俺はクリステラ王国第七王子、クリステラ・ヴァン・クリステラだ。今宵は俺と隣の淑女――リリーシュカの婚約披露の場へ足を運んでもらったこと、心より感謝する」
口調は尊大に、態度は王子として不遜なものへ変え、俺は貴族たちへ挨拶をする。
俺やリリーシュカへの不満があろうと表に出せるはずがない。
これは祝いの場。
王子の婚約を表向きでも祝福できない貴族はすぐさま家を取り潰されることだろう。
「だが、皆の中にはリリーシュカの名を知らぬ者が大半だろう。リリーシュカ、挨拶を頼む」
事前の打ち合わせ通りに告げるとリリーシュカが頷き、呼吸を整えてから、
「……このたびウィルと婚約させていただくこととなったリリーシュカ・ニームヘインです。生まれは魔女の国ヘクスブルフで、大魔女リチェーラ・ニームヘインの娘に当たります。今は国王陛下の恩情によりクリステラ魔術学園に通わせていただいています。以後、お見知りおきを」
最後まで噛まずに言い切り、覚えたてのカーテシーを一つ。
ヘクスブルフの名を上げた瞬間にいくつかの貴族の顔が曇ったが、それも仕方のないことだと思う。
資源を巡って争い続けてきた敵国を指揮する大魔女の娘と、嫌われ者とはいえ自国の王子が婚約するのだから。
だが、それにより俺とリリーシュカは政略結婚であることが伝わる。
「此度の婚約はクリステラとヘクスブルフを結ぶ友好の橋となるだろう。皆もこの祝いの場を楽しむことを期待している」
挨拶を締めくくり、二人揃って席に座る。
少し遅れて拍手が響き、俺たちの仕事は終わり――ではない。
「――ウィルくん、リーシュ、改めて婚約おめでとうございます」
初めに祝い事を伝えに訪れたのは旧知の仲でもあり、パーティーに参加している中では最上位の貴族……公爵でもあるレーティアだった。
赤いドレスを身に纏い、公爵令嬢として相応しい立ち振る舞いを見せるレーティアは普段と別人に感じられる。
「ありがとう、って言っていいのかしら?」
「折角お祝いに来たんだから受け取ってもらわないと。リーシュのドレス姿、すごく似合ってるよ」
「……面と面を向かって言われると照れるわね。ティアも似合ってるわよ。なんて言うか、おとぎ話のお姫様みたい」
「そう? 嬉しいな。でも、今日の主役はウィルくんとリーシュだよ。ウィルくん、ちゃんとリーシュを守ってあげてね?」
「わかってる。ヘクスブルフの人間ってだけで無遠慮に負の感情を押し付ける奴がいないとも限らないからな。そこまでの馬鹿は紛れてないと流石に信じているが……」
人間、理屈よりも感情が先行することは大いにある。
「二人のダンスも楽しみにしてるからね。ちゃんとリードするんだよ?」
なんて言い残してレーティアは去っていく。
後が呆れるほど控えているのだ。
二人で位の高い順に訪れる貴族たちへ挨拶を返し、上辺だけの軽い言葉を浴び続けた。
料理を食べる暇なんてない。
少しくらい取り置きしておいた方が良さそうか? なんて考えつつも、人の波が途切れたタイミングで疲れた顔をしたリリーシュカが息をつく。
「……もう疲労感が凄いわ。今日はよく眠れそう」
「そりゃあ良かった。ちなみにまだダンスが控えてるんだが」
「考えないようにしていたことをどうして思い出させるのよ」
そして遂に「それでは第七王子ウィル様とリリーシュカ様の婚約を祝いまして、ダンスのお時間とさせていただきます」とパーティーの進行役から案内が入る。
料理に舌鼓を打っていた貴族たちも皿を置き、ダンスのために開けられていたスペースに集まった。
「俺たちも行くか」
リリーシュカからの返事はなく、無言で首を縦に振るだけ。
緊張した面持ちのリリーシュカと共にスペースの中央に立つと、ずっと続いていた管弦楽団の演奏が止まる。
向かい合い、そっと手を取った。
自信なさげな青い瞳と視線が交わる。
真正面から改めて見たリリーシュカは異国の姫と紹介されても疑いようのないほど綺麗な立ち姿をしていた。
「必要以上に上手く踊ろうなんて考えるな。ミスも気にしなくていい。アドリブでもなんでも俺なら合わせられる。それと――目いっぱい楽しめ」
「……善処するわ」
ぎこちなくリリーシュカが頷いて、管弦楽団が別の曲を奏で始める。
落ち着いた曲調の、王国の舞踏会では一般的な曲だ。
練習でも取り扱ったことのある曲が流れたことにリリーシュカは安心したのか僅かに頬が緩む。
呼吸を合わせてステップを踏んでダンスを始めると、周りのペアも後に続いた。
二人で円を描くようにステップを踏みながら立ち位置を変えて、身体の動きも連動させてのダンス。
テンポを乱さず、リリーシュカをリードするように手を引いたり身を寄せる。
息もかかりそうな距離感。
真剣な表情をしていたリリーシュカの頬がほんのりと朱に染まった。
「……近い気がするのだけれど」
「婚約者ならこんなものだし、ダンスなら自然だ。まさかキスでもされると思ったのか?」
「………………違うわ」
図星か、と思ったが言葉にはしない。
リリーシュカは意外と純情と言うか初心と言うか……揶揄うネタには事欠かないが、ここで機嫌を損なわれても困る。
そのまま目立ったミスもないまま曲も大詰めに入り――最後まで踊りきると会場を盛大な拍手が満たした。
「お疲れ様、リリーシュカ」
「……ありがとう。あなたのお陰で無事に踊りきることができたわ」
「一応ダンスの時間はまだ続くが……他の人と踊る余裕はないだろう?」
「精神的な疲労が強くて……少し休ませてもらうわ」
「なら、その分俺が見世物になってくるとしよう」
リリーシュカを席に連れて行き、落ち着かせたところで「ウィルくん」と声がした。
「レーティアか。どうした?」
「その……良かったらダンスをご一緒させていただいてもよろしいでしょうか?」
「淑女からのお誘いとあれば受けないわけにはいかないな」
なんて演技交じりに応えて、今度はレーティアとも踊ることに。
気心の知れた相手だと気が楽だ。
名前に聞き覚えがあるか怪しい貴族令嬢に誘われても別の狙いがあるんじゃないかと勘繰ってしまうからな。
曲の合間を見計らい、途中からダンスに参加する。
レーティアは非常に滑らかなステップを踏み、伸びた腕のラインすら美しい。
令嬢としての格を一挙手一投足で周囲に示すかのようなそれに、俺もステップを合わせながら感嘆の息をつく。
「……流石だな。公爵令嬢の名は伊達じゃない」
「こうでもしないと欠けた私は価値を示せないもの。それより……リーシュ、凄く頑張ったんだね。二人のダンスは見ていてとても楽しんでいるんだなあって伝わってきた」
「レーティアからそう見えたのなら一安心だ。どうなることかと心配だったが、ダンスを習いたての頃を思い出すとかなりの進歩と言える」
ダンスが成り立つレベルにまで育ってくれて本当に良かった。
後でちゃんとリリーシュカを褒めておかないとな。
「――わたし、ちょっとだけリーシュのことを羨ましいと思っちゃった」
ぽつりと、囁くようにレーティアが呟く。
「ウィルくんとリーシュの婚約を祝っているのは本当。だけど……わたしがウィルくんの一番近くにいられない日が来たんだなあって思っちゃって」
「…………人生の伴侶という意味であればそうかもしれないが、だからといって関係を断ち切る必要なんてない。現にどうやっても斬れない縁が一つあるだろう?」
「そうだけど……わたしがリーシュの立場なら、すごくすごく嫉妬すると思う。元婚約者で今は愛人でもない異性と深いかかわりがあると知ったら――」
「それとこれとは話が別だが、そのうちリリーシュカにも話す必要はあるだろうな」
俺の抱える秘密はおいそれと話せるものじゃない。
一歩間違えればリリーシュカを危険に晒してしまう。
「……そうじゃなくて。ウィルくん、わかっててはぐらかしてるなら性格悪いよ?」
ため息をつくレーティアはダンスの動きに乗じて身体を近付けた。
真紅のドレスに包まれた胸が当たり、柔らかな感触を伝えてくる。
首元にかかる息がどうにもこそばゆく、落ち着かない。
「なんのことだか」
「…………わたし、リーシュを悲しませたくない。でも、この想いも捨てきれない。命の恩人の王子様が攫ってくれたらいいのにってずっと思ってる」
「無責任で都合のいい王子なんて忘れた方が幸せだぞ」
「でも、そんな王子様がいないと人生面白くないんだもん」
ふふ、とレーティアは薄く微笑む。
こんな話を誰かに聞かれていたらどうするんだよと思うものの、どうせ演奏の音にかき消されて聞こえないことまで計算づくだ。
「だから今日、この瞬間だけは――わたしのために踊ってくれる?」
「……言うの遅すぎるだろ。もう一巡しろと?」
「体力だけはあるからね」
誘い文句を言ってはいるが、表情から離す気がないと伝わってくる。
ちらりと横目でリリーシュカを確認すると料理を食べながら俺たちのダンスを眺めていたらしく、視線が合っては気まずそうにさっと逸らされた。
まあ、この分ならもうしばらく踊っていても問題なさそうか。
「仕方ない。付き合ってやるよ」
「そうこなくちゃ」
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