第10話 執着するもの

 魔術学園は夜でも開いている施設がいくつもある。

 魔術の研究をするための工房や実験室は翌日の授業が始まるまで人がいることも珍しくなく、夜食を求める者は購買部へ流れ込む。

 学園迷宮へのゲートも常時解放されていて、空き時間を見計らって魔術の研鑽や小遣い稼ぎに勤しむ生徒の姿はそれなりだ。


 なんといっても寮には門限がなく、何があっても自己責任。

 たとえ学園迷宮で消息を絶ったとしても、学園側が行方不明者として捜索を行うのは一か月経った後か、生徒会へ提出した捜索届が受理された場合のみという放任具合。


 自主性を重んじると言えば聞こえはいいが、ある種の無法地帯的な側面が魔術学園には存在している。

 それが特に顕著なのは言わずもがな、学園迷宮だ。


「迷宮内は流石に行きたくないな。手元には杖だけで剣がない。なるべく人目の多いであろう場所を巡りつつ、人を見かけたら情報収集をする方向でいこう」


 もしかするとリリーシュカを見かけた人がいるかもしれない。

 学内では婚約の件で有名だろうし、容姿もかなり目を引くものだ。

 迷宮に入らずに学園の敷地をさまよっているのなら目撃証言が上がるはず。


 そう思い、俺は夜の散歩を始めた。


 水の勢いが衰えない噴水広場を抜け、風にさざめく並木に止まっていた名も知らぬ鳥が月の白に影を作って飛び去るのを目を細めて見送り、施錠されてひとけのない校舎前にゆったりとした靴音を響かせる。

 どこへ行こうかと迷った末に実験棟の方へ足を運ぶことにした。

 あそこならこの時間でも人がいるだろう。


「――すまない、尋ねたいことがある」


 その読みは的中し、実験棟に向かう途中に三人組の生徒を発見したため声をかけると、彼らは快く「どうしたんだ?」と聞き返してきた。

 俺に話しかけられて嫌な顔をしないとは珍しいなと思ったが、もしかすると夜闇のせいで人相がわかりにくくなっているのかもしれない。

 特に他学年なら名前は評判は知っていても顔までは知らない者もいるだろう。


「リリーシュカという女子生徒を知らないか?」

「名前だけなら知っているさ。ウィル様の婚約者だろう? 恐らく見ていないが、特徴だけでも教えてもらえると助かる」

「特徴か……そうだな。長い銀髪と青い瞳、それから気が強そうで不機嫌そうに見える顔だろうか」

「……いや、見ていないな。力になれなくてすまない。もし見かけたら君が探していたと伝えようか?」

「気持ちだけ受け取っておこう。別段急ぎで探している訳じゃない。心配性の友人がいるものでな」

「良き友を持っているらしい」


 にぃ、と人のいい笑顔を浮かべる彼に俺も「そうだな」と一言返し、彼らが来た方向へ歩いていく。

 最後まで俺が『やる気なし王子』だと気づいた様子はなかった。

 同じ学園に通っていても顔が見えなければこんなものか。


 それからも実験棟の周辺を歩き回り、すれ違う生徒にそれとなく聞いて回っていると、六組目の集団にいた女子生徒から一つの目撃証言が出てきた。

 曰く、一時間ほど前に大講堂裏で何かを探して回っているような雰囲気のリリーシュカらしき人物を見かけたのこと。

 彼女も少し離れた場所から見かけたため、その人物がリリーシュカである確証はないと言っていたが、手掛かりがないよりはいい。


 俺も実験棟を立ち去り、大講堂の周辺を捜索していると――しげみを掻きわけるかのような音と、遠目からでもぼんやりとした灯りが窺えた。

 まさかな、と思いつつも近寄ってそれが何なのか確かめようとするが、


「…………どこにも、ない」


 聞き覚えがありながらも意気消沈とした声が茂みの奥から聞こえた。


「――こんなところにいたのか、リリーシュカ」


 当たりをつけて話しかけてみれば、すぐに反応があった。

 茂みががさごそと蠢き、小型の魔力ライトに照らされながらゆらりと立ち上がったのは枝や葉、土をそこかしこにつけた探し人……リリーシュカ。


 顔にまで土汚れを付けていることから余程茂み漁りに熱中していたと見えるが、今にも泣きそうな表情を見るに愉快な内容ではなさそうだ。


「……なによ。いつ帰っても私の勝手でしょ?」

「心配性なご令嬢が善意の通報をしてきたものでな。授業をサボってこんな時間まで何してたんだ?」

「…………あなたこそこんなところで何をしてるのよ。まさか私を探しに来たの? 子どもじゃないんだから放っておいて」

「その割に大切にしていた宝物を失くした子どもみたいな顔をしているが」


 リリーシュカの声にも言葉にも普段のような棘がないことを指摘してやると、ばつが悪そうに顔ごと視線を逸らした。


 なんとなく感じる違和感。

 その正体を突き止めるべく、頭の中で記憶に残っているリリーシュカと一つ一つ照らし合わせて――


「髪留めがなくなってるのか」

「……っ!?」


 俺の呟きを答えだと認めるようにリリーシュカは肩を震わせる。


「合成学の後にシャワーを浴びて着替えようとしたら髪留めが無くなっているのに気づいて、授業もほっぽり出して一人で学園中を探していた――ってところか。大方誰かが忍び込んで盗み出し、その辺に捨てたんだろうな。典型的な嫌がらせだ」

「……だから何よ。あなたには関係ないでしょ。回れ右して寮に帰って」

「こんな暗がりで見つけられるわけが……いや、あの髪留めの青い石は魔晶石か? だったら魔力探知で見つけられなくもないだろうが、ここは魔術学園だぞ? 魔力を帯びた物なんてそこらじゅうにある。夜通し探し回ったとしても見つかる保証はない。むしろ見つからない可能性の方が大きいだろうな」


 敷地が広すぎるし、学園迷宮の方に捨てられていたら捜索は絶望的だ。


「髪留めが欲しければ新しいものを買えばいい。それともこんな遅い時間になるまで探し回るくらい大事なものだったのか?」


「――――うるさいっ!!」


 叩きつけられた一声。

 その声には今まで聞いたどの声とも重ならない悲しみと熱量が込められているように思えた。


 両手でスカートの裾を握りしめ、俯きながらも肩を震わせて立ち尽くす姿に僅かばかりの違和感を抱きながらも口をつぐむ。

 紛れもなく今の叫びはリリーシュカの感情的な部分が強く表に出た結果の産物であり、そういった姿を見たのはこれが初めてのこと。


 鼻をすするような音が一、二度聞こえた後に、重石でも乗せられているのかと錯覚するほど緩慢な動きでリリーシュカは顔を上げる。

 目じりに溜まった涙を乱暴に袖で拭う。

 青い瞳に浮かんでいるはずの感情は顔を逸らされていたため窺えなかった。


「……突然声を荒げてごめんなさい。でも、心配はしなくていいから。日付が変わる頃には帰るわ」


 取り繕っていることが丸わかりの言葉の羅列だった。


 どこまで信用していいかはわからない。

 けれど、リリーシュカに俺の言葉が届くとも思えなかった。


 当面の無事は確認できた。

 これなら明日、レーティアにリリーシュカは無事だったと伝えるだけでいい。


「そうか。気をつけて帰れよ。くれぐれも迷わないようにな」


 俺は追及することなくその場を去る。

 俺には俺の事情があるように、リリーシュカにも相応の事情がある。


 政略結婚をしていようが本質的には他人に近い。

 あまり深入りしない方が互いのためだ。


 大講堂の周辺から完全に離れ、通ってきた道をそのまま引き返すようにして寮へ向かい、噴水広場へ差し掛かった頃。


「……周りには誰もいない、か」


 軽く周辺の気配を探ったが、それらしい音も影も魔力の揺らぎも感じない。


 ……ここなら使ってもバレなさそうだ。


「――馬鹿だな、俺も。失くしたものはそう簡単に取り戻せないと身をもって知っているはずなんだが……」


 ついて出るのは深いため息。


 明らかに柄でもないことをしようとしているぞ、と自分に警告を促すも、確かめてみたいと思ってしまったのだ。

 なにかを失っているはず・・・・・・・・・・・のリリーシュカがあそこまで執着するものの正体を。


「――――」


 夜風に溶けるほどの声量で紡ぐは長ったらしい詠唱。

 たった一度使うだけでもこれなのだから手に負えない。


 短時間なら……まあ、何とかなるだろう。

 最悪明日の授業は全部サボることになるが、元からない成績がさらに下方修正されるだけだ。

 減った分はどこかで適当に帳尻を合わせればいい。


 それにしたって、本当にめんどくさいものを課されたものだ。


「――探し物はさっさと見つけて飯にしよう」


 世界が七色に色付き、目的のものへの道標が俺へと示される。


 さて……もう少しだけ夜の散歩を続けるとしますかね。


―――

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