第12話

 妻の実家にたどり着いたとき、私は疲労困憊していた。

 半グレどもを潰してすぐ、二百キロを超える距離を休みなく移動してきたのだ。無理もない。

 幾度も方向を見失いながら、あらゆる標識・標示を頼りにここまでやって来た。



 すでに深夜だった。

 寝室に入り込むと、二人の大人に挟まれ、子どもが一人、うずくまるように眠っている。

 義理の両親と、息子だ。

 今すぐこの手に抱きしめたかった。

 しかし、エネルギーの大半を失っている私では、文字を身にまとうことはおろか、文字を動かしてメッセージを送ることもできそうにない。

 自分の回復を待つほかない、そう結論づけ、私は寝室を後にする。



 私は妻の姿を探し、一階から二階へと進む。

 二階の一室に、机へ突っ伏す人影があった。

 私はそれが妻だと一瞬で理解した。輪郭だけでも、それは確かに妻だった。

 柔らかい頬の輪郭、形の整った耳、毛先のはねたくせ毛。

 私はそれを撫でようとして、手を止めた。すり抜けるだけだ。何も自分から、喪失感を味わうことはない。

 妻の手元には、日記が広げてあった。日記を書きながら眠ってしまったのだろう。

 ノートの表面に浮かぶ文字たちを目で追う。

 私が死んでから、妻は大きな混乱の中にいたようだ。

 夫を無惨に殺された悲しみ。これからの生活に対する不安。息子にも魔の手が及ぶのではという恐怖。

 実家に身を寄せ、少しだけ、それらが和らいでいるようだ。

 私のことなど忘れて、もっと気を楽に生きてほしい。そう私は祈るほかない。

 日記の最後には、私に向けた言葉が書かれていた。


 ——あなたに会いたい。


 私は無機質な腕をその文字に伸ばした。

 それは柔らかく、ぽかぽかとしていた。

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