第11話(2)
辻田巡査は、鎖に吊るされていた。
悪評高い佐藤警部補に予定外の見回りを命じられ、ほいほいとついていったのがまずかった。
「きれいな姉ちゃんだな」
頭の悪そうな連中が彼女を囲む。
佐藤は、連中に何か弱みでも握られているらしい。それでこうして生贄を差し出している。
ほんのひと月前、真比さんが殉職したことを思い出す。おそらく同じような状況だったに違いない。
しかし、半グレ連中も、佐藤警部補も、何も考えていないのだろうか。こうして立て続けに警官が襲われたならば、誰だって見当がつく。
その疑問はすぐに氷解した。
グループの頭であろうスキンヘッドの男が、誰彼かまわず当たり散らしながら指示を出していたからだ。
何か気に食わないことでもあって、無茶を言っているに違いない。あの甲高い声、不遜な態度、落ち着きのない動き。重度の薬物中毒で、一度キレたら話の通じる状態ではないだろう。
「テツ、その女、目玉からや! 早よやれ!」
テツと呼ばれた若者が、びくびくしながら振り返る。
「でも、目からえぐるとすぐ死んじまいます」
「てめえ、誰に立てついとんじゃ」
テツがアイスピックを手に取る。もう終わりだ。
辻田巡査が固く目を閉じたとき、銃声が響いた。
その場にいる全員が入口の方へ目を向ける。
扉を固定していたチェーンが、ジャラジャラと落ちる。そのまま、ギシ、と扉が開いた。
辻田巡査は、まず、見慣れた制服とチョッキを認識した。
それから頭部に目をやり、最初、その人物が覆面か何かを被っているのだと思った。
その人物は、落ち着いた足取りで近づいて来た。
明らかな警察関係者。ただ、頭が透けている?
「あいつや!」
スキンヘッドの男が吠えた。
「おい、あいつをぶち殺してまえ!」
わけも分からないまま、半グレ連中が何人か走り始める。
銃声が五発とどろいた。
同時に、走り出した者たちの脳漿が炸裂する。
一切の躊躇も、憐憫もなかった。銃をもったそれは、静かに、正確に、半グレどもを撃ち抜いていた。
辻田巡査は、その正確な射撃に見覚えがあった。
——そんなはずは。
死んだ人間は蘇らない。彼女がそう自分に言い聞かせているうちに、それは警棒とバールを使って、ほとんどの半グレども制圧していた。
「おい、チャカよこせ」
スキンヘッドが言う。佐藤は黙って従った。
安全装置を外し、撃鉄を起こす。
スキンヘッドが引き金を絞ると、耳をつんざく音とともに弾丸が飛び出し、それの胸へ黒い跡をつけた。
それはわずかに上体を傾げたが、倒れることもなくこちらに向かってきた。
「ああああああ、なんでや、なんでや」
スキンヘッドが慌てて再度引き金に指をかける。
一歩速く、それは指を銃口に突っ込んだ。
スキンヘッドの手元が弾け、尖った部品がその額を貫いた。
それの右腕もいっしょに吹き飛んだが、気にするそぶりすら見せない。痛覚がないのかもしれなかった。
それは左腕で、佐藤を殴りつけた。
この後、佐藤警部補もやっつけられて無事おしまい、というわけにはいかなかった。
佐藤が辻田巡査の首へ、ナイフを突きつけたのだ。
それの動きが止まった。
「手を上げて、後ろに下がれ!」
勝機と見たのか、佐藤が怒鳴り声を上げる。
それは動かなかった。手も上げず、後ろにも下がらず、ただ固まって見ていた。
「下がれって!」
佐藤はそれの胸元を蹴り上げ、それはシートの上に転げた。
一瞬だった。
それがさっと腕を振った。
辻田巡査には、何も見えなかった。
佐藤の腕から力が抜け、だらりと垂れ下がった。そちらに慌てて目を向けると、佐藤の首から上がない。
鮮血が吹き出し、佐藤の胴体がどうっと倒れた。
それは黙って、立ち上がった。左手で、不器用に辻田巡査の鎖を解く。
辻田巡査は、制服の刺繍に目を留めた。
「真比さん?」
それは答えなかった。
辻田巡査を解放すると、無言で、重厚な足音を響かせながら、工場を出ていく。
辻田巡査は慌てて後を追った。
しかしそこには、何の姿もなかった。
ただ、制服や防弾チョッキ、帯革が転がっているだけだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。