第10話(2)

「防弾チョッキが飛んでいった」

 その目撃情報が寄せられたとき、駿河杏に任されたのは装備品のチェックだった。

 半ば野次馬に近いテンションで飛び出していく先輩たちを尻目に、一人更衣室へと向かう。

 新人にはちょうどいい仕事なのかもしれない。

 署内に人は少ない。ちょうど佐藤警部補が、杏の先輩に当たる巡査を連れ、外回りに出たところだった。

 

 ——佐藤警部補。


 彼の周辺は最近きな臭い。元より絵に描いたような利己主義で、ギャンブルにのめり込んで多額の借金があるという話だ。


 ――それに、真比さんのこともある。


 杏は、若くして殉職した上司のことを考える。

 温和な人だった。ただ、頭の回転は速く、仕事に一切の隙がなかった。彼の手際を見て学べと周囲からも言われたものだ。

 その彼が、半グレどもに目をつけられるような失態を犯すだろうか。

 直感的に、真比と行動を共にしていた佐藤警部補へ、杏は疑念を抱いていた。

 失態を犯したとするなら、あの野心家の方ではないか。そのせいで、真比さんが命を落とすことになったのではないか。

 とりとめのない思考。

 杏は頭を振ってそれらを散らしながら、更衣室の扉を開けた。

 入ってすぐ、正面の小窓が開いているのが見えた。とは言え、ここは二階だし、大人が通り抜けられるだけの幅もない。

 杏の作ったポスターが、窓からの風でひらひらとなびいている。作ってまだ半年程度なのだが、一部の文字が消えていた。日焼けしてしまったのだろうか。

 装備品の方へ目をやり、杏は動きを止める。

 防弾チョッキをはじめとする装備が一式なくなっていた。

「防弾チョッキが飛んでいった」という話は事実で、その装備はここから持ち出されたものなのだ。

 署内の誰もが、装備品が揃っていることを確認し、「見間違い」あるいは「愉快犯」としてこの一件を片付けるつもりだった。しかし、想像以上に大事になりそうだ。

 杏は装備品の名札を確認する。

 なくなった装備は、死んだ真比守のものだった。


 ——真比さん。


 彼が生きているはずはない。

 そう知りながら、杏は小窓の外を見つめた。

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