第10話(1)

 名前に受けたダメージは相当のものだったようだ。

 私は底知れぬ痛みやめまいと闘い続け、まともに動けるようになるまで数日を要した。

 私を覆っていた文字たちは、工場の出入り口付近に散らばったままだ。私は再び魂だけの存在になって、辺りを徘徊した。

 考えを巡らせる。そうしたら、妻と子を守ることができるのか。どうしたら、半グレどもを叩きのめすことができるのか。

 答えは分かっていた。

 私はそのとおりに行動した。



 勤めていた署の更衣室は二階にある。壁や床をすり抜け、難なくたどり着くことができた。

 一方の壁には鍵付きのロッカーが並び、もう一方の壁には有事の際に使う装備品が吊るされている。

 装備品の近くには、簡易な装着マニュアルが掲示してある。今年入った新人に熱心で真面目な子がいて、私が頼んで作成してもらったものだ。

『紐を左右に緩め、上腕部に通す』

『ストッパーを引き抜いてから親指を掛ける』


 ——申し分ない。


 私は右腕を掲げ、図書館でやったように文字をそこへ集め始めた。掲示物の文字サイズは、図書館で得た活字と比べかなり大味だ。しかし、私の目的には十分だった。

 

 ——これで、アレを運べる。


 幾分大柄な『腕』『指』の字。それらの張り付いた手を眺めまわし、私はうなずいた。

 窓の留め具を外す。

 今の私は右腕にだけ文字をまとい、それ以外は魂だけの状態だ。つまり、右腕で必要なものを抱えて窓から出てしまえば、後はどうにでもできる。

 私は壁に掛かった防弾チョッキをつかんだ。

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