第4話

 やぶれかぶれな気分で、私は地上へ戻った。階段を使わず、身体を上方向へ浮かばせ、地中の層を通過することができた。

 この調子では、上空へ移動して大気圏に到達することも、地下へ潜って地球の核を眺めることもできるに違いない。だが、移動スピードはせいぜい駆け足程度だ。大気圏や地球の中心へ至るのに、どれだけの時間を要するだろう。

 それに、輪郭線しか見られない私が、地球の神秘を見つめてどうするというのか。どうせいくらかの図形と真っ白な空間が広がっているだけだ。

 通りの壁に四角い枠があって『マシーンポリス』の文字が載っている。映画のポスターであるようだ。『新時代のバイオレンスヒーロー!』との煽りが安っぽい。

 何の気なしに、手を伸ばして見た。『マシーンポリス』の『マ』の字をつついてみる。

 ぺり、という手ごたえがあった。


 ——手ごたえ?


『マ』の端がわずかにめくれあがっている。

 つまんで引っ張ってみると、『マ』はあっけなくはがれてしまった。粘着力をなくしたシールのように、私の指先から手の甲にかけて、だらりと垂れ下がる。

 ゴムのような手触りが不快で、私はそれを払い落した。

『マ』はべちゃっという音を立てて転がった。

 この姿になってからというもの、視覚以外で、初めて私が知覚した手触りと音だった。

 認識できるのは文字だけ。触れられるのも、感じられるのも文字だけ。

 ここは何と言う地獄だろう。

 腹立ちまぎれに、私は道路へと踏み込んだ。

 車の輪郭が私をすり抜けていく。

 私の足元には『一時停止』の文字があった。巨大な『止』の字を乱暴につかむ。

 そのまま『止』の字を引きはがした。ベリベリという音が聞こえた。段ボールのガムテープをはがすような感覚。

 私は『止』の字を投げ捨てた。道の端に、それは丸まって転がった。

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