第2話

 気が付くと、私は真っ白な空間にいた。

 地面に這いつくばっている。

 切断されたはずの指を動かしてみた。引きちぎられたはずの舌も動かしてみた。えぐられたはずの眼も動かしてみた。少なくとも、動かした分の感覚はある。

 立ち上がった。


 ――ここはどこだ。


 静かで、人の気配もない。これが死後の世界なのだろうか。

 白い空間に、ところどころ線が走っている。遠近感のない黒い線だ。私は、それが何なのか分からなかった。

 歩いてみる。私の身体が動くにしたがって、黒い線たちの見える角度も変わった。

 何度かそれを繰り返して、私は理解した。


 ――ここは工場の中だ。


 どうやら、黒い線は輪郭らしい。広くて分かりにくかったが、壁と屋根の境目や出入り口に黒い枠線が入っている。色を付ける前の3DCGのようだ。

 殴られすぎて、自分の感覚器がおかしくなっているのだろうか。それとも、やはり私は死んで、不思議な世界に迷い込んでいるのだろうか。

 私は、工場の中央へと戻った。

吊り下げられた何かが目に入る。

 最初、それが何だか分からなかった。

 小さな楕円形。それがつながり合って、垂れ下がっている。目を凝らして、線のつながりを追う。


 ――ああ、これは鎖だ。


 私の身体が吊り下げられていたことを思い出す。私は拷問を受けた。そしておそらく、命を落とした。

 私は死んだのだ。そしてどういうわけか、魂のようなものだけがこうしてさまよっている。

 ふらふらと出入り口へ向かう。

 この色彩を欠いた世界は何なのだろう。私は何をすればよいのだろう。

 外へ出た私の目の前を、四角い図形が走り抜けていった。

 音も何もない。

 私はその四角を目で追う。

 そこには『クール宅急便』の文字が踊っていた。そして下方には、並んだ四つの数字。

 四角い図形と四つの数字は、その後もひっきりなしに、私の目の前を往来した。

 さらに、人の形をした輪郭線が、左側から近づいてくる。どうするつもりかと身構える私を無視し、私の身体をすり抜けてどこかへ行ってしまった。それの手元に小さな板のような図形が握られていて、そこからは『スカッと! 意地悪な姑を見返した話(四コマ)』の文字がふわふわと立ち上っている。

 もしやと思い、私は駆け出す。

 交差点と思しき場所に、明らかに信号機と分かる輪郭線が立っていた。

『△△二丁目』

 暗い空の下に、その表示が浮かんでいる。

 私が捕まった工場のすぐ近くだ。

 混乱した頭で、一つずつ、見つけたものを整理していく。

 なぜかは分からないが、私は死んで、しかし魂だけは現世に残ったらしい。

 私には物の色も細部も分からない。音も匂いも感じ取れない。私に認識できるのは、大まかな輪郭線と文字情報だけであるようだ。

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