第6話
「ごめんね、由くん」
そう言って隣を歩くのは、知らずに毎朝電車で席を譲ってたわたあめ。
昨日俺に公開告白をしてきた同じ学校の男。
わたあめみたいだなと思ったふわふわの髪の毛が、俺の目の高さぐらいでふわふわしてる。
いつも通り、俺が乗ってから5つめの駅で、足の悪いそいつに席を譲るため逃げるように立とうとした俺に声をかけて来たのがわたあめ。
驚いたは驚いた。
でもすぐにいつも通り逃げようと思った。注目されたくないから。こんなとこで。電車内で。
でも、できなかった。待ってって、ここに居てって、わたあめが俺の腕をつかんだから。
は?ってなった。何で?待ってって何?ここに居てって。俺はお前の名前さえ知らねぇんだよ。それに一緒に居るとこなんか学校の、昨日の公開告白を見たやつらに見られたら、何を言われるか。
なんてしてるうちに、電車は動き出した。
まだ立ったままだったわたあめが、ぐらってバランスを崩した。
咄嗟に支えて、そのまま座るよう促した。
「ありがとう、由くん」
座りながら俺を見上げる満面の笑みのわたあめから、俺は思いっきり顔をそらした。
いくらマスクと前髪で隠してても、この距離はアウトだ。絶対見えてる。
そしたら………絶対変わるだろ。変えるだろ。態度が。態度を。
電車は次の駅に向かってスピードをあげる。満員ではないけど、そこそこ人は立ってる。
今から移動しようにも、逃げようにも、遅い。もう俺にとってのいい移動先がない。
俺は諦めて、わたあめの前に立った。
電車をおりてすぐ、先に行こうと思った。一緒に行く気なんかない。
なのに一緒に居る。わたあめが隣に居る。
電車をおりてすぐ、ありがとう、ごめんねってわたあめが話しかけて来たから。あのねって、お礼と謝罪の後が続いたから。………変わらない態度で。
見ただろ?見えたよな?俺のこの、醜いアザ。
なのにわたあめは、変わらなかった。何も。
そして態度が変わらないわたあめに、ペースは完全につかまれてた。
「いつもありがとう。すごく助かってるんだ。僕、足がちょっと………で、満員電車も電車の揺れも苦手で」
ああ、やっぱりか。
言葉は濁したけど、濁したそこからやっぱり足が悪いんだって判明した。
めちゃくちゃ引きずってるとかじゃないけど、わたあめな髪の毛が歩くたびに必要以上にふわふわしてる、とは思う。
「なかなかお礼が言えなくてごめんね。色々妄想してたら、声かけられなくなっちゃってた」
「………?」
色々妄想って、何を?
ってか、想像じゃなくて、妄想?
そこに引っかかって、俺の右側を歩くわたあめをチラッと見たら、わたあめも同じタイミングで俺を見たとこで、意図せず目が合った。
ちょっと垂れ目の、薄い茶色の目。
俺より先に、何でだか恥ずかしそうにわたあめが目をそらした。
「あっ…あのねっ………僕ってちょっと妄想力が豊からしくってさ、ほどほどにしなよっていっつも『おとーさん』に言われるんだよ。でもほどほどにしようって、思ってできるものでもなくってさ、それで妄想して妄想して妄想しまくってたら、お礼が今日になっちゃったんだ」
………だから何を妄想するんだ。
気にはなるけど、あまり積極的に聞かない方がいいような気もする。
「本当は昨日言おうと思って話しかけたんだよ。でもちょっとテンパっちゃって、由くんが振り向いてくれた瞬間頭真っ白になって、つい妄想してた通りの本音がっ………」
「………本音?」
ずっと黙ってた。
聞いてはいたけど、特に相槌をうつでもなく。
でもさすがに。昨日のアレで本音って。
昨日俺が言われたのは、好きです、付き合って下さいと、また明日ねぐらいだぞ?
「由くんは、声もかっこいいね」
「………は?」
「その髪型もかっこいいよ。ずっと思ってた。アシメントリーっていうの?その前髪っ。ねねっ、右側の髪いつも耳にかけてるからピアスとかどう?由くん絶対似合うよ⁉︎」
「………」
こいつの頭の中は、やっぱりわたあめなんだと思う。
何言ってんだ?こいつは。このために俺を呼び止めてたのか?
俺はもういいやって、ゆっくり歩くわたあめを置いて、早歩きで学校に向かった。
あって声は、完全にスルーした。
「由くん本当にありがとう〜っ」
背中に聞こえた声に、もう関わりたくないって思った。
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