第5話
俺が通う高校は、朝が少し遅い。
9時10分までに行けばいいから、俺がいつも乗る電車は通勤通学ラッシュのピーク後。
そして俺が乗るのは終始発駅。
ラッシュのピークではないにしても、すいているというほどのものでもない。
確実に座るために、俺はいつも敢えて一本見送ってから乗る。
何となく乗る車両も同じだった。後ろから二両目。でも何両編成なのかは知らない。結構長い。前は見えない。じいちゃんちの方じゃ二両編成だったのに。
後ろから二両目の理由は簡単。階段上がったらちょうどそこが後ろから二両目の後ろのドア。だからそこ。その入り口すぐ横の端。俺の定位置。
そこに乗ってひたすら下を見てる。俯いてる。顔なんか上げない。リュックを膝の上に乗せて、降りる駅までの30分。ひたすら。
スマホは持ってる。学校で普通に使うから買い与えられた。けど見ない。見たら負けの気がする。何にかは分かんねぇけど。
わりと最初の頃からそんな風だった。4月終わりぐらいには。同じ時間の電車。同じ車両。月から金まで。
そしてある日気づいた。毎日同じ靴が俺の前に立ってるってことに。&
じいちゃんがこの靴はいいぞって履いてた靴と同じメーカーの靴で、俺もやたら履かされてた靴。
じいちゃんって思ったから覚えてた。覚えた。
激混みではない。でも数駅もすれば座るところはない。
そしてその靴は、俺が乗る終始発駅から5駅目で乗ってくる。
靴が同じだけなら別に何ってことはない。同じメーカーの靴を履いてるやつなんか他にもたくさんいる。
ただ、歩き方がおかしい気がした。引きずってるような。
いつだったか、たまたま乗ってくるところから見ててそれに気づいた。
ケガ?歩き方のクセ?
しばらく見てて、足が悪いんじゃないか?って思った。
ケガなら治るだろ。でもずっと引きずってる。何となくの重心が片方………右側にいってる。
そう思ったら気になった。自分が座ってることが気になった。
『由はこれから先、そのアザのことでイヤな思いをすることがあるかもしれない。人に何かされたり、言われたり。でも、人にはできる限り優しくした方がいい。それは結局、巡り巡って自分のところにやって来るから』
じいちゃんが、よくそんなことを言ってたから。
誰か譲ってやれよって思うけど、そう思うなら自分が譲れよ、だ。人には優しく、なんだから。気づいたんだから。足に。
そいつも俺と同じで、毎日同じように俺の前に乗ってくる。
気になるなら、気にするのがイヤなら、俺が違うところに乗ればいい。関係ねぇじゃん。足しか知らねぇやつなんか。そう思う。
でも。
周りはほとんどの人がスマホとにらめっこ。
俺以外の誰も、気づかないんじゃね?
6月のある日、俺は意を決してそいつが来るのと同時に立った。
そいつがえ?って言った気がしたけど、無視して奥に逃げた。
それからは毎日そうした。
駅で一本見送った後の電車に乗って席を確保。
5駅目で足の悪いそいつが乗ってきたら俺は立って奥に逃げる。
そいつがちゃんと座れてるかも知らない。もしかしたら別の誰かが座ってるのかもしれない。ただの自己満足。でも。
今日もいつもの電車。一本見送っての後ろから二両目、後ろのドアすぐ横。そして5駅目。
アナウンスが流れてスピードが落ちる。
そしてとまって、ドアが開いて。
靴。
少し引きずる歩き方の靴が、今日も乗ってきた。
俺はその靴が俺の前まで来るのを待って、立ちあがろうとした。
そのとき。
「おはよう、由くん。いつもありがとう」
「………っ⁉︎」
こんなことってあるのか?
足を引きずる靴は、わたあめだった。
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