第3話

 野良猫なのか飼い猫なのか、何回かここに来て見つけた黒猫。

 そのとき持ってたおにぎりを少し分けてやったら、懐かれた。



 俺も猫も、いつも居るわけじゃないけど、居ると寄ってくる。寄ってくるから撫でる。食い物を持ってたらやる。余計に懐かれる。そんなループ。



 気持ち良さそうに目を閉じる猫に、そのぬくもりに、撫でながら癒される。



 動物は人と違って、俺の外見なんか気にしねぇもんな。



 こっちに来てからずっと肩に力が入りっぱなしだった。

 コイツを撫でてるときだけだ。こうしてホッとできるのは。するのは。



 小さい頃からこういうとこで過ごしてたら、ちょっとは違ったのか。それとも都会はそんなの関係なしか。



 顔。



 俺の顔にはアザがある。赤茶色のアザ。生まれつきの。

 顔の左側。目の辺りから口の横辺りまで。



 美容系の仕事をしてる母親は、生まれた俺を見て泣いたらしい。

 何で自分からこんな子どもが生まれるんだって。

 そして俺を存在しないものとした。自分からこんな子どもが生まれることは許されないって。俺をじいちゃんちに捨てた。



『醜いわね』



 いつ言われたのかは覚えてない。でも強烈な記憶。

 ろくに会ったことも、会話をしたことがなくても、母親からの、俺を生んだ人からの言葉は、忘れたくても忘れられない。



 俺は自分の顔を………このアザを憎んだ。

 何でこんなものを俺につけたんだって。



 そんなことを思ったって、言ったって、無駄なだけなのに。



 母親はそんなだったけど、じいちゃんとばあちゃんは違った。俺をめちゃくちゃかわいがってくれた。

 じいちゃんばあちゃんだけじゃない。近所の人も保育園、小学校中学校のみんなも、先生たちも。田舎で、全部1クラスしかないような小さいとこだったから。保育園から中学校までほぼメンバー変わらずの。

 だから、俺がひとりでこの顔をキライなだけで、まわりはごく普通に俺を見てくれてた。接してくれてた。



 でもそれはところ変われば、で………こっちに来て。



 転校初日、まず先生たちの視線が気になった。

 教室に入って紹介されて、そこからは………地獄。



 俺は次の日からマスクをした。髪の毛を伸ばした。アザを隠した。少しでも見えないように。けど髪の毛は、校則だからって切るよう言われて。



「にゃー」



 猫は満足したのか飽きたのか、小さく鳴いてからどこかに歩いて行った。



 うちにでも帰るのか。



 俺も帰りてぇよ。………じいちゃんちに。



 はあって大きく息を吐いて、俺はベンチの背もたれにもたれるようにして空を見上げた。



 都会の空は、いつもどこか燻んでる。

 俺の心の中みたいに。



 いつかこれが晴れる日が来るのか。



 ひゅうっ………。



 冷たい風がまた、顔を隠す前髪を取っ払っていった。

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