21. 弓の男


 弓の熟練者がいるのか、スイトは岩陰から動きが取りづらくなってしまった。

 大剣使いのスイトは、強力な一撃を繰り出せる反面、機動力は低い。


 スイトが弓使いのいる方向を手で示したのを見て、セレナはそれを何とかしてほしいということだと察した。

 目の前に対峙している敵が一人、どうすべきか……一瞬のうちにセレナは考えを巡らせる。


「つまり……こういうことだな?!」


 セレナは目の前の短剣使いに、浮遊盾を前に掲げて突進すると、男は攻撃手段がないので後退した。

 しかしセレナは追撃もせず、そのままぐいぐいと前に進み、男をどんどんと後ろに下がらせた。


 ある地点でセレナが止まると、今度は短剣使いが横っ飛びに避けた。


「くっ……」


 男は背面からのスイトの大剣から出された一撃を、横へと避けたのだ。


 強引な手段で、セレナは短剣使いをスイトがいる岩陰にまで、誘導することができた。


「まかせた!」


 セレナはそう言うと、今度は弓で狙撃を続けていた敵へと一直線で駆け抜けた。


 大盾が浮遊して追従、というよりセレナの目の前に展開された状態で走っているため、正確な狙いの弓矢であっても盾に弾かれて防がれている。


「後ろからこそこそと!」


 セレナが叫びながら浮遊する大盾を岩へとぶち当てると、人の身長ほどもある岩が砕け散った。

 そして、今まで岩陰から弓を射ていたであろう金髪の男が、砕け散る岩に合わせるように飛び退いた。


「なっ?!岩ごとか!バケモンかよ!」


 長めの金髪の男は軽装だが、近接戦も意識しているのか腰にはダガーも装備しているようだった。

 弓をしっかりとセレナの方へと構えつづけている。

 しかし得意の遠距離から距離を詰められているにしては、余裕の表情だった。


「狼をけしかけるくらいだから、山賊みたいなのを想像してたんだが……まさかこんなお嬢さんとはね」


「お嬢さん……」


 セレナはその言葉に複雑な表情を浮かべた。

 実際には男なのだが、当然ややこしいので黙っておくことにした。


「不利な状況だろ?もうやめようよ、誤解を解きたいんだ」


 セレナは休戦を申し出た。実際誤解と言えば誤解なのだ。


「いいね!俺もそう言おうと思ってたんだよ!で、どうかな。このまま下がって、仲間を助けに行っていいかい?」


「……」


 いや、休戦といえばそうなのだが。

 どうにも、簡単すぎて、この男が距離を取ったらすぐに攻撃してきそうに思えてならない。


「信じていいのかな~……」


「何で!俺ほど信頼できる男はいないぜ?」


「何か証明できることある?」


「俺の名はコルト。鷹の目のコルトと言ったらわかるかな?」


「初耳」


「うっそだろオイ……でも組合で聞けばすぐわかるぜ。信頼できる男だとな。ってことで行っていいか?」


「わかった。名前は覚えた……」


 そうセレナが発した瞬間に、コルトと名乗った男は弓を迷わずに射た。


「どわっ!?」


 セレナの足元に、地面を叩き付けるように盾が降り、矢を弾く。

 正面だと盾に防がれるため、脚を狙ったのだろう。


「ちっ……便利な盾だぜ!」


 コルトは既に次の矢を構えて、一瞬にして距離を取ったが、セレナも同じだけ距離を詰める。


「裏切ったのはそっちだからね!」


「おいおい、軽い挨拶だろ?怒るなよ!」


 相変わらず余裕の表情で茶化すコルトの矢を、セレナは盾で防いだが、コルトが瞬時に抜いた投げナイフには気づかなかった。


 矢を防いだ盾が追いつかないほど間髪入れずに、手を払うようにしてコルトは投げナイフを飛ばした。


「痛っ!!」


 ナイフはセレナの腕をかすり、少しの血が飛び散る。

 少し怯んだが、セレナは盾をそのままぶつけようとコルトに飛ばした。


 コルトはそれをぎりぎりで、地面にごろごろと転がるように避けた。


「おっと。悪いね。乙女の柔肌を傷つけるつもりはなかったんだが。あくまで牽制でね」


 そう挑発するコルトを、セレナは睨み、心を落ち着けるように大きくため息を吐いた。


「怒っちゃった?まずいなぁ」


 嘘とも本当ともわからぬ表情で、コルトはそう言った。

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