19. 泣きっ面に狼

 セレナがマオオカミから距離を取って歩いている間も、イーコはマオオカミと会話を続けていた。


「この子のあだ名はマオにしたよ!」

 イーコがセレナたちの方を振り返ると、満面の笑みでそう言った。


「そ、そうなんだ。よろしくね、マオ……」


 引きつった笑顔でセレナはそう言ったが、スイトは珍しくそれを見て、こっそりと笑っていた。


「な、何笑ってんだよ……」


 そう言ってスイトを睨むと、スイトは咳払いして目を逸らした。




 しばらくしてセレナたちは、森から少し地形が変わり、岩場ともいうようなところへたどり着いた。

 そこは大きな岩がゴロゴロと、まるで意図的に運んできたかのように散らばっていた。


 そのため木々が生い茂る森よりは視界がいいものの、大きな岩の影響で、開けた場所とは言えなかった。



「この先に、いるよ」


 地面についた大きな足跡を見て、イーコが言う。

 するとマオが近づき、イーコに何か訴えていた。


「うん。わかってるよ。8人くらいかな」


「マスター、気を付けろ。数人が散らばって、ドラゴンを囲んでいる」

 スイトも姿勢を低くして、セレナにそう言った。


 他のギルドが、ドラゴンを狙っているということだろう。

 何もおかしいことはないどころか、セレナたちの人数でここに来ている方が、傍から見たら妙なことだろう。


「セレナ、聞いて」


 イーコが近づいて小声で言った。


「マオはつがいを殺した犯人を探している。そのときの臭いが、ここでするって」


「ここに居る人間の誰かが、やったってこと?」

 てっきり、森を荒らすドラゴンを目の敵にしているのかと、セレナは思い込んでいた。


「そうかもしれない……私は、マオが仇を討とうとしたら止めることはできないよ」


「でも、協力するわけにはいかないよねぇ」


 魔物を一体倒したという理由で、他のギルドを攻撃したとあれば、組合から追い出される程度では済まないだろう。


「そうだね。私たちも、ドラゴンを討伐できるなんて思ってないし」

 イーコは複雑な表情でそう言った。



 少し進むと、岩陰に人影を見つけた。


「お……おい、あんた達……」


 男は岩陰にもたれるように座り込んでおり、片腕をもう一方の手で押さえていた。


「大丈夫?」


 セレナが近づいて見ると、男の片腕は、白く凍りついていた。


「ルフトフロストにやられたんだね」


 イーコが言うと、男は頷いた。


「助けてくれ」


 凍り付いた片手に、イーコが薬液をかけると、氷が溶けて、青黒く変色した肌も元に戻った。


「助かった……悪いが、俺たちのギルドが先で戦っている。加勢してやってくれないか」


「劣勢なのか?」

 スイトが問う。


「逃げるのを手伝ってやってほしい。俺を含めて8人のギルドだ」


 その一言で、セレナたちは察した。

 セレナの倍以上の人数でも、歯が立たないらしい。


「頼む……なんとか……お、お前は?!」


 その瞬間、岩陰から顔を出し、マオが牙をむき出して唸った。


「あ……この人なの?」


 イーコがまずいという顔をした瞬間、マオは男の肩を噛むと、岩の向こう側へと引きずった。


「うぎゃあぁぁぁ!!!!」


 男の身体は人形が振り回されるかのように変な曲がり方をしながら、物のように地面を引きずられ、セレナたちの視界から消えていった。


「イーコ?あれ大丈夫なの?!」

 セレナがそう言うと、イーコは口に手を添えて叫んだ。


「ほどほどにしときなよー!」


 困ったようにセレナがスイトを振り向くと、スイトは諦めたように首を横に振ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る