17. 一瞬の影

 イーコの提案は、あくまでドラゴンを見に行くことだ。

 倒すことではない。

 しかし神格化されるような魔物なのだから、準備を万全にしてセレナたちは目的地へと向かった。


 セレナ達が向かったのは、街の北西の森を抜けた、山岳地帯だ。


「ドラゴンはどのあたりに出没するんだ?」


 セレナがそう問うと、イーコは思案した。


「うーん、ヤーゼ村から見えるということだったから、その周辺の高台かなぁ。ルフトに限らずだけど、やはりドラゴンは人が近づきづらい高台に居を構えることが多いよ」


「ってことは山登りかなぁ……」


 そんな話をしていると、突然地面が暗くなった。

 森の中なので、元々木漏れ日程度しかなかったが、そこから光が消えると、かなりの暗さだ。

 はっとして上を見上げると、巨大な影が、風を切る音と共に過ぎ去っていった。


 遅れて、日光は元通りに差し込んで来たものの、同時に風が木々を大きく揺らした。


「ふぁぁ!!今の!今のだよ!」


 セレナとスイトが驚いて武器に手をかけていると、イーコはすぐさま腰のベルトに丸めて引っかけられていた鞭を解くと、木の枝に引っかけて見事に飛び上がって、瞬く間にてっぺんまで登ってしまった。


 セレナのポーチでだらだらと過ごしていた妖精のラフィも、飛べるのをいいことにイーコの後へと続いた。


「何々?!どうしたの!!」


「ラフィちゃん、ルフトフロストだよ!ほらあれ!」


 イーコが指さした先には、確かに巨大な翼竜が飛んでいるような影があった。

 というのも、この一瞬でもうこの場からは相当遠くへと飛び去ってしまったのだ。


「ひゃ~でっかそうね!やばそうね!追っかけてみる!」

「え、ラフィちゃん?!」


 そう言うと、ラフィもまるで光線かのように猛スピードでその方向へと飛び去ってしまった。



「どうだった?」

 木の中腹からすとん、と飛び降りたイーコにセレナが問うと、興奮冷めやらぬといった感じでイーコは語った。


「最高!!!もう見れちゃうなんて!二人も見たでしょ?!」


「確かにすごかったな……でかかった……」


 セレナも転生してからというもの、魔物を見たのはラフィ以外では初めてだ。

 その最初がドラゴンというのだから、少し心躍ってしまってはいる。


「で、どうする?一目見るという夢が叶ったのだから、もう帰るか?」


 あくまで冷静なスイトはそう問う。


『ハァ?!』


 セレナとイーコは声を揃えて抗議する。


「もっと近くで見たいでしょ!見たいよね?!普通は!」

「そ、そうだぞ。影しかみてないじゃないか。あんなの見たって言えないだろ」


「っていうか普通もっと興奮するでしょ!なにその冷めた態度は!」

「そうだそうだ!スイトだってルフトフロストを見るのは初めてなんだろ!」


 イーコだけでなく、セレナからも反発されたことが意外だったのか、スイトは気圧された。

 以前のセレナであれば、絶対にそんな反応はしなかっただろう。


「わ、わかった、わかったから。どっちにしろ、見たところ妖精はあれを追いかけて行ってしまったのだろう?」

 少し焦りながらもスイトがなだめる。


「そうなの?」

 ラフィのことなどすっかり頭から抜け落ちていたセレナが問うと、イーコは頷いた。


「あー……うん。そう。光線魔法みたいなスピードで突っ込んで行っちゃった」


「まぁ、ラフィは置いて行っても別にいいんだけど、もうちょっと間近で見たいかな」


「いやひどいな」


 ラフィをぞんざいに扱うセレナを、さすがのスイトもたしなめたのだった。

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