11. 角笛

 ヒメカに案内されて二人が向かった先は、街から東へ少し行った森の中にある、開けた場所だった。


 そこには魔法を使った形跡や血痕など、戦闘の跡が残されていた。

 近くの岩場には洞窟があり、奥は暗くて見えないが、そこに入るというわけではないようだ。


 何より不思議なことは、護衛を頼まれているにもかかわらず、誰からも襲われるようなこともなく、何もないままにここまでたどり着いたことだ。

 運が良かったのか、魔物の類にすら会うこともなかった。


「ここは何なの?」

「前回の依頼のあった場所、って言ったでしょ!ここに忘れ物したの。ほらえ~っとぉ」

 セレナへの返答もそこそこに、ヒメカは落とし物を探し始めた。


 大きな木々の隙間に茂っている草むらを特に、ヒメカは探しているようだった。


「なぁ。何をさがしているんだろう?」

「さぁな。女性には色々あるんだろう」


「女性となると適当すぎだろ」


 スイトにとって女性とは、あまりに未知の生き物のようだ。

 その割には、もっと知りたいという感じも無さそうなのが、セレナにとっては不思議だった。


「あった!これだよ~見つけた!」

 ヒメカの嬉しそうな声に、スイトとセレナも駆け寄った。


 ヒメカがその手に持っていたのは、角笛だった。

 魔物の角笛だろうか、金の細工で仰々しく飾りつけられており、セレナには何だか禍々しいとさえ感じた。


「何ソレ。そんな大事なもんなの?」

 セレナがそう問う。

 その角笛の禍々しさもあって、ヒメカが探す物としては、何だか不自然と感じた。


「これはとぉ~っても大事な物だよ!さて、見つけたし、とっとと帰ろう!」

 ヒメカが角笛を鞄にしまおうとした時だった。



「そうだ。その角笛も、立派な報酬だったなぁ!」

 突然の声に振り向くと、セレナ達の後ろの木陰から、男二人組が現れた。


「うげ、やっぱり出たよ」

 苦々しい顔をしながら、ヒメカはそう言った。


 セレナとスイトは剣を抜き、ヒメカとの間を遮るように、男たちの前に立ちはだかった。


 しかし、男たちは意外にも武器を構えずに、話し始めた。


「なぁ。お二人さん。調べたぜ、ギルド”ウェイク”所属の、スイトとセレナと言ったか?」

 男の一人が、セレナ達の名前を呼んだ。


「俺はブロン。こっちはブレッドだ。ギルド”ルーザーズ”所属で、二人で活動している」

 唐突に身の上を明かした二人を見て、セレナは驚いた。


「酒場ではあんなことになったが、あんたらは俺たちを誤解してる。俺たちは前回の依頼の報酬を全てだまし取られ、さらに依頼の最中見つけたその角笛も奪われちまったんだ」

 冷静に話すブロンは、見たところ嘘が上手そうな人間には見えなかった。


「本来許せないが、君達にも引き下がれない事情があるんだろう。だから取引したい」

 顔をスイトに殴られて、少し腫れているブレッドをちらっと見ながら、ブロンはそう言った。


 その申し出に、セレナとスイトは顔を見合わせた。

 その後ろでヒメカは、険しい表情でやり取りを見守っている。


「その角笛だけ渡してくれれば、依頼の報酬は諦める。だから、その角笛をこっちへ渡してくれないか」


 取引の内容を決めるのは、セレナの仕事ではない。あくまでセレナたちの仕事は、ヒメカの護衛だ。

 セレナがヒメカの意向を聞こうと、ヒメカの方をちらっと振り向いた。


「断る」


 何故か、隣りにいたスイトがそう言った。


「いや、スイト待った」

 止めようとするセレナの言うことも聞かず、スイトは続けた。


「ならば何故伏兵を用意している?信頼できないな。説明してもらおうか」


 スイトのその言葉を聞いた瞬間、ブロンは急に表情を険しくすると、叫んだ。


「チッ。やれ!!!!」


 その言葉と共に、セレナたちがいるのとは逆方向、ヒメカの後ろの木の陰から、もう一人男が飛び出してきた。


「きゃぁ!!」


 ヒメカの悲鳴を聞くと、スイトはすぐさま反転し、ヒメカの肩を掴むと、スイトとセレナの間へと下がらせ守る。


 セレナは剣を構え、正面で攻撃態勢に移ったブロンとブレッドの二人へと向き直る。


 亮の意識は、記憶でセレナの戦い方を知っている。そして、なにより身体が覚えているということを、たった今実感していた。


 背中に背負った大盾が、魔力によって浮遊しながらセレナの前方へと移動する。 


 卓越した剣技と、攻防一体の浮遊大盾。その二つが、女剣士セレナの名を有名にした。

 彼女だけの戦い方だった。


「”ウェイク”所属、”絶対攻守の盾”女剣士セレナ、だったか。大層な二つ名だな?」

 ブロンが呟く。

 セレナの実力は、口伝えで噂になる程度には、知れているようだった。


 一方ヒメカは安全な位置へ移動したのはよかったが、角笛を取り落としてしまっていた。

 そして、後から現れた伏兵の男は、護衛を第一としてあまり動けないスイトを警戒しながら、角笛を拾い奪った。


「角笛が!」


 飛び出ていこうとするヒメカを、スイトは腕で遮った。


「それを吹かせてはダメ!!!」


 その瞬間、嫌な音が響き渡った。


 ブォォォーーン……


 低い音にも関わらずやたらと大きく腹に響く音が鳴った。

 伏兵の男が、拾い上げた角笛を吹いたのだった。

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