10. つっこめトラブル

 翌日、セレナとスイトは改めて冒険者組合を訪れた。


 妖精のラフィは、昨日と同様相変わらず部屋でぐうぐうと寝ていた。

 どうやら朝は弱いようだ。


 昨日はあんなことがあったため、セレナたちは結局依頼を受けることすらできなかった。

 しかし二人を待ち受けていたのは、まさにそのヒメカだった。


「あ~っ!やっぱり!来たきた!待ってたんだからぁ!」

 ヒメカは冒険者組合の入り口前で待ち伏せするように立っており、二人を見つけるやいなや、手を振りながら駆け寄って来た。


「む。昨日の女だぞ」

「あ~あ……絶対面倒ごとに巻き込まれるぞ、これは」

 能天気そうに見ているスイトの様子もまた、セレナの頭を悩ませた。


「こんにちはぁ。実はね実はね、私すっご~っく困っててぇ」

「そうなのか」


 セレナからすれば、ヒメカの仕草や喋り方は全て、ぶりっ子、と言われるようなものに見えたが、どうやらスイトには他の女性と何ら変わらないように見えているらしい。


 そういう鈍感さがあるからこそ、スイトにはなぜか恋人ができず、そして恋人を探すことに執着するようになってしまってしまっているのかもしれない。


「実はぁ……」


 ヒメカが話したのは、やはり昨日の男性二人組とのトラブルのことだった。

 ヒメカと昨日の二人組はこの街で知り合い、同じ依頼を受けるために手を組んだが、報酬をめぐってトラブルになったらしい。

 昨日のトラブルの後も、二人は血眼になってヒメカを探しており、ヒメカは唯一安全な冒険者組合の近くを離れられないということだった。


「だからぁ。護衛をしてほしいんですっ」


「護衛?」


「この街を離れたいんだけどぉ、実は前回の依頼で行った場所に忘れ物しちゃって。それを拾ってからじゃないと、逃げるに逃げられないの」

「それは困ったな」


 顎に指を当てて、じっくり聞き入っているスイトを、一旦セレナはヒメカから引き離す。

 そしてヒメカには聞こえないほどの距離で内緒話をした。


「まった。このまますんなり言われた通りにするつもりじゃないだろうな」

「ダメなのか?困っているようだが……」


「まさか、ヒメカがもしかしたら運命の相手かもしれないから、無償で手助けしようってんじゃないだろうな」

「何かまずいのか?」


「……」


 一体何がまずいのか?と言われて、一瞬思考が停止した。どう説明するのがいいのだろうか。


 スイトは、細かい事情も考えずに、相手が女性であれば手助けするのは当然だと思っているし、ヒメカはスイトみたいな考えの男はいくらでも利用していいと考えている。

 しかし、スイトの考えがどうであれ、事情も知らないのに首を突っ込んでスイトが利用されるのを、セレナとしても黙ってみているわけにはいかない。


「いい?スイト。もしかしたらだけど、昨日の男二人組の方が、正しいことを言ってたのかもしれないぞ?実はヒメカがめちゃくちゃ悪いやつで、二人組は騙されて怒ってたのかも」


「ふむ?しかし、だからといって男が二人がかりで女性に暴力を振るおうとしているのなら、あの二人が間違っているだろう」


「……」

 セレナは再び黙り込んだ。


 いや、確かにそうなのだが。セレナは自分が絶対おかしいことを言っていないという確信があるにもかかわらず、スイトの純粋さを前にすると、細かいことで説得できる自信が無くなってきた。


「あの~お二人とも?だいじょぶ?」


「あぁ~!いやいや、こっちの話!でもね、ヒメカさん、私たち事情も知らないし」

「報酬ならありますよ?」


 先回りするようにそう言うと、ヒメカは懐から硬貨の入った袋を取り出して、スイトではなく、セレナへと渡した。


「これは前金です。事が終われば、残りの半分をお渡ししますっ」

 満面の笑みで、ヒメカはそう言った。


 やられた。報酬の話が出た時点で、無償(タダ)の人助けから、護衛の依頼へと、話の内容が一変してしまう。

 それをスイトではなくセレナに話すあたり、やはりこのヒメカという女性は、態度通りの何も考えていない能天気な女性とはとても思えなかった。


「多すぎるぐらいの報酬だ。断る理由もないと思うが?」


 あくまで悪気なく、そう言ってのけるスイト。


「わかったよ……付き合えばいいんだろ、付き合えば」


 実際のところ、記憶によれば、冒険者組合の依頼をスイトと一つ受けたところで、ここまでの報酬も出ない。

 セレナは諦めて、ヒメカの護衛を引き受けることにしたのだった。

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