6. 頬をつねる
二人が部屋を後にした後も、相変わらずラフィはペラペラと言いたいことを喋ってはうるさかったが、やがて疲れたのか、机の上にあったスカーフに包まって眠り始めた。
目が覚めてから初めて静かに一人で考える時間ができた亮は、改めて自分の身体を見回しながら、自らに起きたことを思い出していた。
「女……なんだよなぁ」
気になることは多々あれど、まず何をするにも意識されるのは性別の違う自分の身体だった。
もし同じことがあって、生まれ変わった先の身体が男であれば、すんなり物事の整理の方に移れただろう。
豊満な胸はあきらかに自分の身体から地続きで、少し身体を動かせば揺れるせいで意識せざるを得ない。
ただでさえじろじろ見たこともないような胸が、なぜか下を向けばそこにある。
悪気はなかったが、現実か確かめるように、胸を下から支えてみると、確かに触られた感触と、はっきりとした重みを感じる。
「う、本物だな……」
誰かに見られているわけでもないのに、亮は恥ずかしくなった。
しかし手は胸に当てたまま、感触を確かめている。下からぶるぶると揺らすと、まるで自分の知らない生き物かのように、ぶるぶると揺れた。
ただ柔らかいだけではなく、張りがあるせいで、身体の一部だということをなおさら感じた。
いや、だめだだめだ、この身体の持ち主のセレナに悪いことをしている。そう思い、亮は焦ってばっと手を放した。
「確認しただけだ……確認……」
誰に言い訳しているのか、そう言いながら、頬っぺたも引っ張ってみる。
当然頬からひりひりした痛みを感じた。いつも通りの掴みづらい頬、頬の周りの皮膚が突っ張る感触まで、明らかな現実だった。
普通はこっちを先にやるものだよな、と亮は自己嫌悪した。
しかしまぎれもない現実だということを確認したことでようやく、他の事の整理に移れる。
『あなたがどういう人生を送るかは、あなたの自由です。セレナの生活を引き継いでもいいし、全てを投げ出して新しい自分の人生を生きても、構いません』
リサの言葉が思い出される。
自分は一度死んだ。
そしてリサの話を聞く限りでは、もはや自分の身体は……。
想像もしたくないが、きっとファンタジーのように、何かを達成すれば元の身体に戻れる、なんていうことはないのだろう。
そして、セレナの精神も亡くなった。
こちらもどこかを漂っていて、この身体に戻るということはないのだろう。
この二つが、亮にとって、取り返しのつかない、絶望的な部分だった。
自分が死んでしまったのなら、それもいい。
それでもこの身体に宿った意味……例えばセレナの精神がどこかにあって、それを取り戻せば、彼女だけでも元に戻るのならば……。
もしそんなことがあれば、亮にもわかりやすい目標があった。
しかし、その望みすらなく、ただ亮はセレナの身体に放り込まれ、そしてこの世界に放り出されたのだ。
夜が更ける中、亮は頭の中をぐるぐると、何度も同じことを考えて堂々巡りする。
答えなんてないし、そもそも何の答えが欲しいのかすらわからない。
虫の声が窓の外から響く。
この世界にも、虫がいるらしい。
そういう細かいリアリティから、これはゲームや夢じゃないと確信が持てる。
そして朝になるまで寝ずに考えて、亮は一つの結論を出した。
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