3. 転生とあっちとこっち

 ベッドの上で目を覚ます。

 身体が重いし、そこらじゅうが痛む。


「目を覚ましましたね……」

 隣から女の声が聞こえる。


「痛っ……何だ……?」

 声に違和感を感じる。目の前に広がる光景にも。


「1から全て説明させていただきます。なので、まずはお名前を聞かせていただけますか?」

 隣にいる、黒髪の、魔女のような格好をした女がそう言った。

 窓から差し込む夕日のせいもあって、美しいながらも不気味に見えた。


「早川……亮」


「そうですか……リョウさん。まずはこれを見てください」

 女がそう言うと、不可思議にも、亮の目の前に突然鏡が現れた。

 その鏡は宙に浮いており、それだけでも度肝を抜かれる光景だったが、何より驚いたのはそこに映っている亮自身の姿だった。

 

「何だこれ」


 光沢のある長い銀髪、魔法のような赤い瞳、色白の肌、健康的な女性の体付き。

 ベッドごと映った、鏡とわかるそれには、自分が見知らぬ少女として映っている。


 自分が顔を触れば、怪訝な顔をして少女も顔を触る。鏡に手をかざせば当然のように映っている少女も同じ動きをする。


「リョウさん、落ち着いて聞いてください。私はリサ。今からすべて説明します」

 魔女は少し焦ったようにそう言った。


「あなたは……いえ、その身体の元の持ち主、というべきでしょうか。その方はセレナ・ライトフォールさんです」


「セレナ……?」


「記憶は、ありますでしょうか?」


 そう言われて亮は、思い返してみる。セレナ。聞き覚えのある名前だ。自分自身が日本で生きてきた記憶は当然ある。しかしそれとは別に、全く赤の他人の冒険譚が、まるで本を読んだり、映画を見た時のように、思い出せる。


「あ、ある……なぜかある」


 あくまで本を読んだように思い出せるだけだから、セレナの記憶は、ある意味客観的な物だ。過去の経験は思い出せるが、それに対する感情は、亮が傍から見たものという感じがする。

 他人の記憶を、なぜか全部知っているような、妙な気分だ。


「それは、リョウさんの記憶ですか?」

「いや、俺のと、セレナ?の記憶、どっちもだ」


「そんなことが……やっぱりイレギュラー……」

「何が起きたんだ?」


 そう問われると、セレナは気の毒そうな顔をして、説明しはじめた。


「セレナさんは、私の命の恩人です。迷宮の出口近くで、彼女は私の代わりに”キーパー”と戦って、相打ちになってしまったのです」


 そう言われ亮が記憶を辿ると、黒い化け物と必死で戦った記憶が思い出された。


「その時、セレナさんは、一度、まったく、亡くなってしまったのです」


「死んだ……確かに死んだはずだ」


「しかし私は、これを使いました」

 リサは、一冊のボロボロになった本を差し出した。


「これは……?」


「これは、禁書。世界に一冊しかない、ネクロマンサーの”クロエ”が遺したとされる、死んだ者を蘇らせる禁術が封じられています」


「それを使って生き返らせたのか……?」


「ええ。しかし、ことは単純ではありません。なぜなら、私は魔力を使い果たしていたから」


 亮が記憶を辿ると確かに、迷宮で出会ったとき、リサは魔力を使い果たしたと言っていた。


「つまりは、不足した魔力で禁術を行ったのです。そういった場合、何が起こるか全くわかりません……かつては街一つが消し飛んだケースもあるほどです」


「やばいじゃないか」


「それが”イレギュラー”、魔法の構成要素が不足したまま、無理やり発動することで起きる暴走です。そもそも、技術のある魔法使いでなければ、その状態で魔法を発動することすらできません」


「それで……何が起きたんだ?」


「確かに、すぐにセレナさんの身体は蘇生されました。しかし、私はすぐに悟りました。その身体に宿った精神は、もうセレナさんのものではなかったことを……」


「つまり、俺か……」


「ええ。”イレギュラー”で起きてしまったことは、魔力不足でセレナさんの精神を取り戻せず、似つかわしい精神を引き寄せ、定着させてしまった、いわば取り違え」

「取り違えってそんな……店の商品じゃないんだぞ」

「本当にすみません。しかし、何が起きたかは理解していただけましたか?」


「ああ……ってわかるか!そもそも魔法って何だよ!俺が生きてた世界は、日本で、現代で、俺は……俺は……?」



「あちらでの、最後の記憶も……残っていますか?」


「死んだ……のか……?俺も」


「精神が漂っていたということは……残念ながら。おそらく……元のお身体はもう……」



 自分の身体が女性に変わったことが衝撃で、そればかりに目が行っていたが、亮の記憶では最後に崖から落ちたのだった。

 そして、今の説明を聞くに、亮は、あの山の中で、死んだのだ。


「あんなに、あっけなく?」


「すみません」

 リサは何が起きたかも知らないであろうに、痛々しい表情で謝った。


「もう会えないのか?家族にも?」

「ごめんなさい」

「なんで謝るんだ?」


「本来なら、その苦しい気持ちさえ、意識することはないからです」


「っ……!」


 亮は言葉を失った。


 亮には全ての記憶が揃っており、わからない部分も説明してもらった。

 しかし、何一つ腑に落ちていない。

 何より、もう二度と、元の生活を送れないこと。

 そもそも、それを考えることが出来ている今の状況が、奇跡的なこと。

 しかし、それを喜ぶ気になんて、まるでなれなかった。


 山に出かけてしまったことが悪かったのか?

 友達に、しばらく動かずにいようと、言いだせなかった自分の性格のせいなのか?

 この身体の持ち主、セレナの人生は?

 この先どうすればいい?


 疑問ばかりが浮かび、亮は何一つ答えも出せぬままだった。

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