2. 死ってやっぱりあっけない

 大雨、強風を避けて、入った洞窟で仲間とははぐれてしまった。

 セレナ・ライトフォールは危機的状況に苛立ちながらも、銀髪をなびかせながら歩いた。


 軽装の鎧に、ロングソードを構えて進む。大きな盾は不思議にもセレナが持たずとも、浮遊してその隣りをついてくる。


 洞窟に足を踏み入れてすぐのトラップ、転送魔法陣。他の仲間がどこにいるのか、ここが出口からどれほど遠いのかもわからない。明らかに何らかの意図をもって作られた迷宮だ。


 ここにいるモンスターどもは、それぞれ役割を持った冒険者たちが四人以上で挑んで初めて戦っていけるような強さだ。


 敵を極力避けるように進んではいるものの、並みの冒険者では一歩も動けないようなその死地を、一人で進んで行く。


「わ、奇跡だ。まさか人に会えるだなんて」


 突然聞こえた聞き慣れない声にセレナが振りかえると、全身を黒い衣服でまとい、大きな杖を持つ若い女がそこにいた。

 帽子はいかにも魔女といった、つばの大きなとんがり帽子を被っており、黒い長い髪は清潔そうに見えるが片目を隠しているせいで少し不気味に見えた。


「私はリサ。これでも名の知れた魔女なんですよ」


「そうか。名の知れた魔女がこんなところで何をしている?」


「つまりそれだけやばい迷宮ということです。それに、私はまぁまぁ長生きですが、この迷宮は新しいものですよ」


 セレナもそうだが、この迷宮を一人で生き残っている時点で、相手の実力がただものではないということは伝わって来た。


「けど幸いにして、ここは出口に近いのですよ」


「じゃあなぜ出ない?」


「それは……危ない!!」

 会話の途中で、リサは突然杖をセレナの方へ構えた。


 ガキィン!と、金属同士がぶつかるような大きな音が、あたりに響く。


 後ろからの不意打ちに対して、リサは防御魔法を発動し、セレナの背中を守ったようだ。


「ちっ!」


 セレナはリサを引っ張りながら、背後の敵から距離を取る。


 ”それ”は、真っ黒な生き物だった。人型をしているが長い尻尾が生えており、左腕はなく、逆に右腕はカニのようにアンバランスに巨大になっている。右腕の先には剣ほどの長さになった、巨大な爪が四つ。

 その爪で叩き付けるように攻撃してきたのだ。

 何より恐ろしい事だが、普通の生物で会えば頭があるべきはずのところには、何もないのだった。


「何だ?」


 セレナはその魔物を、未だかつて見たことが無かった。そんなものがいるという話すら聞いたことが無い。生きていく物としてのバランスを完全に欠いたそれは、兵器と呼んだ方がふさわしいような気さえしてくる。


「残念ながら、私もあんなものは見たことがありません。そしてすみません、先ほどの防御魔法で魔力が完全に尽きました」


「なんだと?」


「実は一週間ほど飲まず食わずで、元気がないのです」


 唇を尖らせながら、リサは言った。

 それが事実だとしたらかえって不気味なほど元気に見えたが、とにかく手助けは望め無さそうだ。セリナは独りで戦う覚悟を決めた。


 何故か襲い掛かっては来なかったその化け物は、セレナが一定の距離まで近づくと、思い出したかのように襲い掛かって来た。


 大ぶりの片手での一撃を、軽くかわす。

 両手で剣を握り、走り抜けざまに化け物の腕が無い方を力強く斬りつける。


 ギイィン!!


「は?」


 セレナは驚愕した。

 まるで剣と斬りつけ合った時のような感触がした。


「その皮膚……まさか」


 黒い全身、その皮膚全てが、今の硬さを持っているとしたら、剣で倒すことなどできない。

 そして、そんな生き物、ドラゴンの鱗というわけでもなければ、聞いたこともない。


 焦ってリサの方を見ると、悔しそうな顔でセレナの方を見ている。魔力が尽きているというのは本当のことなのだろう。


「くそ……」


 倒す術に頭を巡らせながらも、化け物の猛攻を避ける。

 セレナの横に展開している盾は、浮遊しながらも化け物の攻撃を弾く。


 防御は完璧だった。


 しかし、隙をついて斬りつけても、やはりすべて弾かれる。


「どうしたらいいっていうんだ!」


 その瞬間、盾を勢いよく弾き飛ばした直後の、化け物の強撃が、ついにセレナを捉えた。


「がはっ……」


 爪がぶつかった衝撃は、斬撃というより打撃に近い。

 そのまま数メートル飛ばされ、壁に叩き付けられる。


「げほっ……げほ……」


 よろよろと立ち上がるって剣を構える。

 いや、なぜか構えられない。

 見てみると、右腕がぶらりとぶら下がっている。骨が折れたようだ。剣が握れないどころか、ぴくりとも動かせない。


「は……?」


「避けて!!!」

 リサが叫ぶ。


 剣が無いから戦えない……そう思ったのだろうが実際には違う。

 浮遊する大盾がセレナの前に割り込み、攻撃を受け流す。


「斬れないなら……初めからこうしとけばよかったんだ……!」

 折れた右腕を左腕で押さえながらも、セレナは敵を睨みつけた。


 ガァン!!


 大盾が敵の方へと猛スピードで向かい、その縁で叩き付ける。


 化け物がよろめいた。その瞬間には、再び盾が叩き付ける。


 盾での猛攻が続いていたが、攻撃を受けながらも全く防御しようとしない化け物は、セレナしか見えていないのか、よろめきながらセレナを腕で叩き付ける。


「ぐぁっ!!」


 セレナは再び吹っ飛ばされた。意識が朦朧としくる。


 頭から血が垂れて、地面にポタポタと落ちた。


 化け物もかなりのダメージを受けたのか、よろめきながら、とどめを刺そうとセレナへと向かってくる。


 セレナが操っていた盾は力なく、地面に落ちてしまった。 


 身体が動かない。


 もう、だめかもしれない。


「くっ……」


「剣士さん!!」

 リサが呼ぶ声も遠くに聞こえる。


「殺せ……」

 セレナは睨みつけながら、言葉を解しないであろう敵にそう言うことで、全てを諦めた。





 いや、まだだ。

 こんなところで終われない。


 やっていないことが、やらなければならないことが、まだたくさんあるのに!


 その瞬間目に入った、先ほど取り落とした剣。

 その方向へと、必死で、動く左手を伸ばす。

 剣を全力で、浮遊魔法で引き寄せた。


 ギイィン!!


 敵の背後から、腰のあたりに、剣が突き当たる。


 しかし、当然弾かれ、火花が散る。

 意に介さず、化け物はセレナへと向かってくる。


 セレナは全力で、剣を引き寄せ続ける。

 刃が入らなくてもがむしゃらに、突き立てようと引き寄せる。


「うおぉぉぉーーーー!!!!」


 絶叫しながらセレナは引き寄せ続ける。

 火花が辺りを照らす。


 化け物がセレナのすぐ近く、その腕を振り上げた瞬間、剣が突き立った。

 ザシュッ、と、無理やり硬いものに穴が開く音がする。

 それと同時に、化け物も全ての力を捧ぐように、セレナの頭を殴りつけた。


 セレナの意識が遠のく。

 少しずつ消えていく。

 すぐ近くで、リサの声が聞こえる気がする。

 ということは、倒せたのだろうか。


 セレナは視覚、聴覚、触覚、すべての感覚が薄くなり、何も感じなくなっていった。

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