第5話 猫又と四条先生

 その翌週は、終業式で学校に行くだけだった。終業式の日は、式の後で、通知表を担任の四条先生からもらって、全生徒、教職員で大掃除をして終了、という予定になる。


 西都公達学園では、初等科は、初等科で集まり、中等科と高等科は合同で終業式をする。初等科は、六学年で250人を切るくらいの生徒数がいるが、お祖父さま達がいた頃に比べると、半分以下になっているらしい。西都の少子化は、帝都平均に比べると、まだ緩やかだけど、それでも、西都総督府では、毎年、少子化対策が政策のトップに上がっていると野生のサブ子が言っていた。


「ふーちゃん、おはよう」


 私が通学路を歩いていると、真護が後ろから走ってきて声を掛けた。


「真護、おはよ」

「小野子爵家、大丈夫なのかなぁ。わんころから何か連絡あった?」


 真護の心配も分かる。あの猫又は、やけに態度が悪かったからね。とは言うものの、あれから今に至るまで、スパイわんころから何の報告もないので、牧田という脅しが効いているのか、猫又は真面目に過ごしているようだ。


 二人で教室に入ると、窓際の席に人だかりが出来ていた。明楽君は、もう教室に着いていて、笹倉君と塩見君と話をしていた。


「ふーちゃん、真護君、おはよう」


 直ぐに私達に気がついて、三人が声を掛けてくれたので、挨拶を返す。


「おはよ。何かあったの?」

「ああ、あれね。パンチ君が、一緒に学校に連れて行けって言うから、連れてきたんだけど、教室に来るなり、女の子達に囲まれちゃって」


 どこの世界に、小学校に通学してくる妖がいるんだよ。ここにいるけどさ。まったく、もう。 


「あの猫又は、あれだけ釘を刺されたのに、まだ大人しく出来ないわけ?」

「ふーちゃん、それより、わんころが、疲れ果ててるよ」


 真護の視線を辿ると、見るからに、げっそりとしたわんころが座り込んでいた。送り出した時も、しょんぼりしていたけど、今は、喋ることが出来たら「とほほ」と嘆いているんじゃないかというくらい落ち込んだ様子で、艶々だった銀の毛皮も、心なしか、くすんだ感じだ。


「わんころっ!」


 振り向いたわんころは、私の顔を見るなり、みるみる涙目になった。


「あうぅ・・・」


 あらー。たったの二日だけど、苦労したみたいだね。とぼとぼと私の元にやって来たわんころの記憶を見ると、思った通り、あの猫又は、小野家でちやほやされて、調子に乗りまくっていたようだ。挙句の果てに、この週末は篤子お婆様にくっついて、甘やかされていたようだ。


 わんころは、というと、ただひたすらに、猫又の監視を続けていたようだ。まぁ、土人形だから飲み食いは出来ないんだけど、それでも、猫股がご馳走をもらっているのを、ただ見ているだけということには、私の魔力で出来た子だけに、かなり切ない思いをしたようだ。猫又パンチが、これ見よがしに、わんころの前で、美味しそうに食べている姿が見えた。あの妖、本当に性格が悪いな。黒龍様に告げ口してやろうか。


「あの子、うちのお母さんにずっとくっついてたんだよ。風の魔力持ちは嫌いだけど、女の人は好きみたい」


 さすがの明楽君も、完全に呆れているようだ。


「千台の黒龍様、人手不足なのかな。もうちょっとまともな妖を使者にしないと、黒龍様の評判に関わるよね」


 珍しく、真護が的を得たことを言う。確かにそうだね。わんころも、真護に撫でてもらって、ちょっと元気になったのか、うんうんと涙目で、必死に真護に同意していた。


「分かったよ。わんころ、ご苦労さま」


 魔力を解除して、わんころを消した。あんな態度のわんころを牧田に見せるわけにはいかないし、父様達に見つかったら、何を言われるか分からないからね。


 それはそうと、女の子達に囲まれて、調子に乗って手がつけられなくなる前に、あの悪いやつを注意しないと。女子の集まりに入るのは恥ずかしいけど、近くまで行くと、さっと道を開けてもらえた。ところが予想に反して、集まりの中心にいたのは、女の子ではなくて、水の魔力持ちの瀬川男爵家の二の君だった。


「ふーちゃん、おはよう。この子、凄く人懐こくて可愛らしいね。僕、妖にこんなに近くに来てもらったことがないから、嬉しくて」


 満面の笑みの瀬川の二の君の膝の上で、ちょこんと座っている黒い猫。誰だ、これは。


「あっ、若様、おはよーございまーす」


 やっぱり、猫又パンチ君だ。お前、明楽君に対する態度と違い過ぎないか。


「瀬川の二の君、ごきげんよう。パンチ君、私のクラスメイトの膝の上で、何をくつろいでいるのかな」


 私が尋ねると、パンチ君は、てへっと舌をぺろりと出すと、二の君に向かって、ぺこりとお辞儀をして、「お膝にのせてくれて、ありがと」と、全く似つかわしくない可愛いことを言った。瀬川の二の君も、それを見ていた女の子達も、メロメロだ。


 いや、皆、騙されちゃダメだよ。この妖は、皆が思っているような可愛らしい存在じゃないからね。ぴょんと瀬川の二の君の膝から降りると、二の君はあからさまにがっかりとしていた。私のところに、とことこと二本足歩行でやってきた猫股をがっつり抱えて、廊下に出ようとすると、間の悪いことに、四条先生が教室に来てしまった。


「ふーちゃん、おはよう。猫は学校に連れて来ちゃダメだよ」

「すみません、先生。この子、猫じゃなくて、猫又なんです」

「ああ、でも、喜代水のお友達とは、放課後に遊ぶように」


 私と先生の会話を面白そうに聞いていたパンチ君が、喜代水と聞いて、抗議をしてきた。


「喜代水の妖じゃねーし。こちとら、千台の黒龍様の使者だっつーの」


 やっぱり、生意気な態度は健在だった。瀬川の二の君に見せていたあの可愛らしい態度は何だったんだ。


「ああ、それは失礼。じゃあ、千台の黒龍様の使者が何で西都の小学校にいるのかな」


 四条先生が、パンチ君の生意気な態度には全く動じずに、質問すると、パンチ君は胸を張って答えた。先生も、西都生まれの西都育ちなので、妖には慣れている。


「黒龍様が、四つの魔力の若様と話をしたいんだって」

「そうか。じゃあ、それは、四つの魔力の若様の親御さんと相談してからにしてくれるか。今日は、学校は終業式っていうのをやるんだよ。ここは、ちょっと怖い人がいるから、見つからないように、大人しくしてほしいんだ。ここの怖い人は、本当の本当に、半端なく怖いから、先生も、四つの魔力の若様も助けられないから」

「・・・うん、分かった」


 先生の説明に、意外にもパンチ君は、素直に頷いた。様子を傍で見ていた真護と明楽君も驚いていた。何なんだ、この猫又。


「パンチ君、何で、そう態度がころころと変わるわけ?」

「先生は、土だし。あの優しい子は、水だから」

「土と水が好きなの?」

「ううん。土はどうでもいい。好きなのは水」


 ああ、なるほど。龍は、水を司る存在だ。黒龍様のところから来たパンチ君にしてみれば、水の魔力持ちのそばにいるのが居心地がいいってことか。だからと言って、風に失礼な態度をとっていい理由にはならないけど。こんなことだったら、水の董子お母さまに預けるんだったよ。


「よし、じゃあ、皆、講堂に行くぞ。廊下に整列な」


 先生が皆に声をかけると、皆が、ぞろぞろと廊下に移動した。西都公達学園の初等科は、男女関係なく、背の順で並ぶ。一番前は、一番小柄な明楽君で、一番後ろは、真護だ。私は真護の前に塩見君と笹倉君がいて、その前になる。つまり後ろから四番目。


「若様、小さいのが前で、大きいのが後ろなんですか」

「うん、そうだよ」


 私が答えると、猫又パンチ君は、何を思ったか、トコトコと列の前に行き、明楽君の前に並んだ。


「は?」

「猫又が一緒に整列してるよ、ふーちゃん」


 いやいやいや、パンチ君、先生の話、聞いてた?ここには、本当に怖い人がいるから、見つかるとマズいんだってば。


「先生、猫股がっ!」


 私と真護が止めようとしたが、クラスの女の子全員が、キッと私達を睨んで猫又を擁護した。


「先生に言われた通り、大人しくしているんだから、いいじゃない」


 怖い。このクラスの女子の半分は、あの会の会員だ。敵に回すと、後々、怖いことになる。私も真護も、あの会を敵にまわす勇気はない。もう一度、はっきり言う。そんな勇気は、欠片もないっ!



 そして、終業式に、何故か、不思議な黒猫が、うちのクラスの列の一番前に、胸を張って嬉しそうに立っていた。東久迩学園長先生の視線が、その姿を捉えた数秒後には、四条先生が、突然現れた底なし沼に消えた。


 西都公達学園の春休みが始まった。嘉瑞山の公家の間では、四条侯爵家の二の君が行方不明になったという噂が流れたが、どの家も「また、どっかで埋まっているんでしょ」という冷ややかな反応だった。


 ・・・先生、ごめん。

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