18 反美人画 反骨の湯女


 前回からの続きです。

 テーマは『湯女図』。



 大繁盛する湯女ゆな風呂に圧力をかけたのは、幕府と吉原です。

 たいていの公権力は、売春を制御・管理しようとするようですね。おそらく風俗の乱れは世の乱れにつながる恐れがあるのでしょう。

 吉原を公認してコントロール下に置く一方で、それ以外の私娼はさまざまな形で厳しく取り締まります。

 吉原としても、湯女風呂の繁栄は看過できませんでした。なにしろ強力な商売敵です。しっかり取り締まるよう幕府に働きかけます。


 そんななかで、『湯女図』のシーンが現れます。

 花見かなにかに出かける湯女一行。そこに吉原の遊女たちが出会でくわします。

 日頃からいがみ合う二つの集団は一触即発。

 画の失われた右の方には、遊女たち一行が描かれていたのではないかという推測が成り立ちます。


 そのつもりで見ると、漫然と見ていた画面の印象が、がらりと改まります。

 後方(画面右側)を振り返る湯女二人の鋭い視線に、敵意を。

 真ん中に凛と立つ湯女の姿には、反骨の気高さを。

 その後ろで、口許を隠して何やら話す二人には、衝突を前にした不安を。


 緊張感に満ちた、ドラマチックな瞬間をこの絵は表しているのです。


 特に真ん中に立つ湯女の姿に注目してください。


 湯女は、吉原の遊女から見れば格下も格下、にもかかわらず客を奪う憎たらしい相手です。

 逆に湯女から見れば、遊女たちはいいご身分の、羨ましくも妬ましい存在。しかも自分たちを見下し、弾圧さえする、いけずな敵です。

(遊女たちとて元は売られてきた娘であるので、そこを考慮すれば物語はさらに奥行き深くなりそうですが――ひとまずそれは措いておきましょう)


 真ん中の湯女は、背後からの遊女の視線に気づいています。それはきっと、悪意に満ちた視線でしょう。

 敵意と蔑みの視線を一身に受け、それでも凛と立つ湯女。

 負けるものか、泣くものか。誰にうしろゆび指されようとも私は胸を張って生きてやる、悔しかったら客を奪い返すがいい。一言も発せずとも、そのうしろ姿で語っているのです。

 その内面を想像すると、美しくない湯女の姿に感動さえ覚えませんか。



 江戸時代初頭。世にはまだ敗者側の煮え湯を飲んだ者も残っていたでしょうし、新体制のなかで生きづらい者もいたでしょう。

 この絵には、そうした者たちの悲哀と反骨が、凝縮され表れている気がします。



 * * *


(参考)『湯女図』

    可翁筆『寒山図』(この姿を、真ん中の湯女はなぞっているようです)


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