◇絵の四……②

 キッチンには安心感たっぷりの華奢な背中が料理をしていた。思えば、この人はいつも仲裁役をやってるなー。お料理役も塾講師役もやってて、大変そうだ。


「お疲れ様、ミッキー」


 なので、ねぎらいの声をかけてやる。


「起きたの? 絵美さん」

「うん、いや縁側は寝心地が良過ぎて悪いねー」


 途中から、起きてたっちゃあ起きてたけどね。喉乾いたし、麦茶でも飲もう。


「学園祭、どうだった?」


 その間、黙っているのも気まずいので世間話を振ってみる。


「あれ、さっきその話はしなかったかな?」

「ありゃ、そうだったっけ? 覚えてないからもう一回語ってよー」


 縁側で色々と話していた記憶はあるけど、うつらうつらしてたからなー。


「うふふ。そうだね、とても楽しかったよ。懐かしかった、お世話になった先生とも会えたし。それに芙美子さんの出し物も」


 そういえばミッキーも梅園だったな。なんだかんだ、うちの大学にも一定数は梅園出身の子がいるんだよね。


「フーミンは何やってたの? 文化祭前、ずっと隣の部屋でがさごそやってたのは知ってるけど」


 出し物やるとは言ってたけど、色々と物を落とす音がしてたから、大層練習をしていたに違いない。


「手品をやってたんだ。トランプを使ったマジック。沢山練習したんだろうけど、全然うまくできないのが可笑しくってね。でも、最後はちゃんと練習の成果が出せたみたいで良かった。あの感じだと、学校でお友達も沢山できたみたいだし、そういう様子も見れて良かったよ」


 そっか。フーミンの勇姿が見れるんなら行ってもよかったかもな。でも、夏休みの間レンを連れ回した引け目もあったから仕方がない。


「すっかり保護者気分ねー」

「本当のご両親がいらっしゃるから、申し訳ないけどね」


 過保護なパパママね。アタシの後ろで今はがやがやと話しているみたいだけど。ふすまが開いたのか、一瞬その声が大きくなった。


「ミッキーさー、なんでフーミンには敬語なの?」


 さきほど包蓮荘で久しぶりに敬語を使って、ピンと来てしまったので質問する。


「なんでって、なんで?」

「や、だってアタシやレンにはタメ語じゃん。いや、年上のミッキーに敬語使わないアタシが訊くのもおかしな話なんだけどさ」


 元々は年下だと思ってたからなんだけどね、今は家族だからセーフ。


「なんでって言われても」


 ミッキーは神妙な面持ちで考え出す。あれ、あれあれ? フーミンみたいにみるみる頬が赤らんできていた。


「なんだろう。あの子とはみんなと同じように接すると、ちょっと緊張するというか、ドキドキするというか」


 なるほど。正直、脈なしかな、と思ってたけど存外ミッキーもその気だったのね。いや、もしかしたらあの子の猛プッシュで意外とミッキーも男になったか。


「なーんだ、それならよかった」

「それは、どういうこと?」


 怒ってるミッキーは珍しいなー。


「あっはっは、鏡に訊いてみたら? 顔真っ赤だよ」

「あんまりからかわないでくださいよ」


 ミッキーのご尊顔を眺め続けるのも悪いかな、と思い渇きを癒すために冷蔵庫を開ける。


「あっは、からかいついでにもう一つ、話したいことがあるんだけど」

「な、なんですか? ろくなことじゃなさそうですね」


 まだちょっと怒ってるかも。かわいいなー。


「あっは、そうかもねー」


 ここからが本題だ。そして、タイミングはきっと今の方がいいだろう。麦茶を取り出す。


「ミッキーさ、やっぱり大学行った方がいいよ」


 ミッキーは文字通り目を丸くした。


「なんですか、急に」

「さっき、縁側でちょろっと話してたじゃん。先生に進学を勧められたって。今更だって笑って誤魔化してたけど、アタシは絶対に行った方がいいと思う。何ならアタシの代わりに行った方がいい!」


 コップに麦茶をなみなみに注ぐ。


「もちろん真面目に勉強してる人だって沢山いるけどさ、うちの大学通ってる人にもアタシみたいにダラダラやってる人が結構いるんだよね。そんな人よりも、熱心に勉強しそうなミッキーみたいな人の方が、絶対に向いていると思う。あと、これは姉としての我儘なんだけど」


麦茶を、ぐっと一気に飲み干す。


「レンが原因でミッキーの人生が捻じ曲げられているっていう事実がイヤなの。もちろんミッキーがどうしたいか、によるんだけどねー」


 柄にもなく熱くなってしまった。コップをキッチンのカウンターに置くと、誰かが軽快にキッチンに足を踏み入れる音がした。


「あの! わ、わたしも美月さんが行きたいなら、大学に行くべきだと思います。わたしたちは美月さんに、その、与えられ過ぎていると思うから。美月さんのしたいことをして欲しいです」


 フーミンだ。絶好のタイミングで話に割り込んでくれた。


「あ、ごめんなさい。テーブルを拭く用の布巾を取りに来たんですけど、話、聞いちゃってました」


 フーミンは流し台の上に提げられた布巾に一直線。


「実は、もう願書とか取り寄せてたんだ」


 ミッキーは頬を掻きながら言った。なんだ、元から受験する気だったのか。


「でも、今年は見送ろうかなって思ってた。今から勉強しても見込みはないからね」


 それは至極冷静な判断だと思うけど、アタシならやるだけやってみちゃうなー。


「みんなが背中を押してくれるんなら、今年も挑戦してみようと思うよ。ありがとね、絵美さん、芙美子さん」


 ごめんね、テーブル拭いて来てくれる? とミッキーはぎこちなくフーミンに言うと、フーミンは快活に返事をして居間へ行こうとした。


「良かったねー、フーミン。色々と」


 通り過ぎ様にフーミンに小声で言う。


「えへへ、はい!」


 わお、爽やかな笑顔。眩し過ぎ。アタシも、できることをやらなくちゃなー。

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