■蓮の四……③

 いや、確かに平安寺に手を伸ばしたはずだ。その記憶だけはしっかりと焼き付いている。あの時、オレが突き落とす直前に、平安寺はなんて言ってた?


「光見、本当に何も覚えてないの?」


 高橋は自分の髪をくしゃくしゃと手で掻いた。


「まー、いいや。それで? 訊きたいことは他にあるの?」

「事件の後は、何があったんだ?」

「まず、校外学習が中止になった。生徒一人が大けがしたからね。それから、いじめが発覚して集会が何度かあって、クラスでアンケートとか個別に呼び出されてヒアリングとかがあって、どのタイミングかは忘れたけど、平安寺と光見が転校した。光見はちょっとだけ顔出してたけど、平安寺はあの後からは一切学校に来なかったね」

「高橋は、お前自身はその間で何してたんだ」

「別に。普通に学校に行ってたよ。多少は口裏合わせたりはしてたけど」

「平安寺には謝ったのか?」


 高橋はため息をついた。


「謝ってないよ。光見が全部やったことになってるから、謝りに行ったら事実と矛盾するでしょ?」


 全く悪びれる様子のない表情に、オレは怒りを覚えてしまった。


「お前、よくそんなこと言えるな!」

「こっちもこっちで迷惑してたんだよ! 校外学習の中止だけじゃない、他のクラスからは鼻つまみ者にされるし、何度も生活指導に呼び出されるし、あんたは自覚あったか知らないけど、カーストトップと最下位が同時に抜けるとクラスのバランスが崩れるのも分かるでしょ? 高校も推薦入試は受けられなくなったし、それに一応ある程度はあんたのために火消しはしたんだよ!?」


 お互いに声のボリュームが大きくなる。


「で、でも! 平安寺はそれ以上に苦しんでた」

「光見。あんたなんでそこまで平安寺の肩を持つわけ?」

「それは、その、家族だからだよ」


 高橋は目を見開いた。


「家族ぅ? それ、どういうこと?」

「今は、平安寺と同じ家に住んでる。もちろん、二人だけじゃなくて、他にも同居人は沢山いるけど」

「シェアハウスを家族って呼んでるわけね。あっそー、じゃあその可愛い可愛い妹ちゃんのために、今更思い出したくもない過去をほじくり返しているわけね」

「思い出したくもない過去かどうかは、思い出してから決めることだ」


 訪れる静寂。高橋はずっとオレの目を見ている。ここで目を逸らしてはいけないと思った。


 しばらくにらみ合った後、観念したのか高橋はオレから目を逸らして、ため息をついた後に空を見つめた。


「変わんないね、光見は」

「い、いや、大分変わっただろ」

「変わんないよ、くるくるの髪も、細い目も、一度決めたら真っすぐなところも、全部、変わんない。強いて言えば、服のセンスが良くなったくらい?」

「いや、これはファッションに詳しい人に選んでもらったから」


 絵美ちゃんが見兼ねて、上下セットで選んでくれた服の一つだ。


「はは、じゃー何も変わんないね」

「そうでもないよ、振り回すより振り回されることの方が多くなったし、服を選んでくれる同居人ができたし、苗字も変わったし」

「苗字?」

「ああ、今は蓮田なんだ。その、両親が離婚したから」

「そう。じゃあ、蓮田。何て言ったらいいか分かんないけど、応援だけしてるよ。さっきは、声を荒げちゃってごめん。平安寺にもよろしく言っといて」


 穏やかな表情で高橋はこちらに向き直った。


「それは同じ学校なんだから、直接お前の口から言えよ」

「それもそーね」


 柵から手を離して、高橋は扉へと歩いて行く。


「そのシェアハウス、私も行っていい?」

「そ、それは! オレの口からは何とも。平安寺次第だ」

「変なの、もとはあんたの家だったんでしょ?」

「今は、違うから。というか、元々叔母さんの家だし」


 高橋は扉を開いて、手を大仰に前に振る。どうやら、教室に入れという指示みたいだ。


「それじゃー、蓮田君。私はバド部の出し物のシフトがあるから、ここでお別れね。他に訊きたいことあったら、連絡して」


 教室に入った後、高橋はポケットからスマホを取り出して、QRコードを画面に映した。


「分かった、よろしくな。今日は、ありがとう」


 QRコードを読み込んで連絡先を登録する。


「こちらこそ。また友達やろっか」


 高橋はそう言って、教室から出て行った。


 その後でやったスーパーボールすくいは、一つも取れずにポイが破け、お情けで一つだけ持って帰らせてもらった。

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