■蓮の四……②

 あっという間というほどではなかったが、確かに梅園の学園祭の日はすぐに訪れた。一応絵美ちゃんも誘ったのだが、めんどーくさいからパス―、と言われてしまい、美陽さんも本当は行きたいけど仕事が忙しいという口ぶりだったので、オレと野々目さんの二人で行くことになった。


 梅園高校はうちの高校よりも敷地は狭そうだけどきれいな二つの校舎があって、上品な雰囲気があった。『梅園文化祭』という文字が掲げられたアーチをくぐり、第一校舎に入る。下駄箱の前で靴をスリッパに履き替えた。


「高橋は確か、二年三組、二年三組。うわぁ、元クラスメイトに会うだけなのに緊張する」

「ぼくは居た方がいいですか? 話がややこしくなりそうなら、よそに行ってますけど」

「ほ、本当はそばに居て欲しいすけど、オレ、一人で頑張ります」

「そう。それではぼくは、お世話になった先生に会ってきますね。頑張ってください。終わったら、一年二組で合流しましょう」


 野々目さんと廊下で別れる。ここからは、オレの問題だ。


 リノリウムの廊下を歩く。時々人にぶつかりそうになりながら、その度に帰ってしまいたいと思いながら、オレは二年三組の表札めがけて歩く、歩く。


 二年三組の出し物は縁日だった。射的とか、スーパーボールすくいだとか、型抜きだとかで遊べるみたいだ。受付を担当している髪の短い女子に声をかけられた。


「こんにちは! チケットは全部遊ぶんなら三百円でお得ですよ?」

「あ、すいません。えと、高橋さんは居ますか、高橋沙代里さん」

「あ、沙代里の知り合い? ちょっと待っててくださいね」


 受付から立ち上がり、短髪の女子は教室に顔を覗き込む。


「沙代里―、知り合い? 友達? が来てるよー」


 教室の方から、はいはい、ちょっと待ってと聞こえて、しばらく待つと長髪の女子が交代するように現れた。広い額を見せて、少し垂れた目。


「どなたかな? あれ、もしかして、光見?」


 少し掠れた声、何も変わっていない。


「久しぶり! 元気してた?」


 高橋は何事もなかったかのように、オレに声をかけてきた。


「おう。久しぶり」

「遊んでいきなよ、サービスするよ? 色々話したいことあるしさ、だって二、三年ぶりくらいでしょ? 中学は転校した後、どこに行ってたの? もしかしてさ、高校はこの辺りのに通ってたりする? まさかあの子みたいに一年遅れて高校に入ったわけじゃないよね? そういえば、そうそう、その話がしたかったの、平安寺! あの子、梅園に浪人して入って来たんだよ? 高校で浪人ってすごいよね」


 相変わらず、人の気も知らないで矢継ぎ早に話してくる。


「知ってるよ。平安寺が梅園に通ってることくらい」

「あ、そーなの」

「その平安寺のことっていうか、あの日のことを聞きに来たんだ」


 高橋は減らない口を一度閉ざして、腰に手を当ててしばらく俯いた後、再び頭を上げた。


「ここで話すのも難だから、教室入ってよ。ベランダがあるから、そこで話そ?」


 にやついていた唇は真一文字になった。お金を払わずに教室に入るのが申し訳なくて、三百円を受付の子に渡して、チケットを受け取ってから扉をくぐった。子どもたちが高校生と団欒しているのを横目に、高橋の後ろについて教卓の裏を通る。高橋がベランダに続く扉をガチャガチャと開いた後に、入って、と言われて後に続く。


 ベランダには机や椅子が並べられ、人がいるスペースはあまりなかった。高橋はぞんざいにそれらを押しのけて無理やり空間を作ると、ベランダの柵を背に、手すりに肘を乗せてこちらを見る。


「それで? あの日って、校外学習の日のこと?」

「ああ、話が早くて助かる」

「なんなら、話を聞きたいのはこっちの方だよ。あの後、ほとんど学校に来ずに光見は転校したでしょ? ま、トカゲのしっぽ切りみたいにしたのは謝るけどさ」


 トカゲのしっぽ切り? オレにいじめの非を全て押し付けたことだろうか。


「別に、それは、もうどうでもいい。オレも共犯みたいなもんだったし。あの時、平安寺のことを朔葉駅に呼び出したのって、誰だった?」

「ああ、神田ね。平安寺の前に可愛がってた子でしょ? 神田に呼ぶように言ったのはクラスのみんなだけど」

「なんでそんなことしたんだ?」

「……平安寺のことが気に入らなかったからじゃない? あいつ、正義感だけいっちょ前に振り撒くわりに、すぐ泣き出すし。あのさ、こんな話して何になるわけ?」


 高橋は怪訝そうにオレのことを見る。


「オレ自身のために、確認したいんだ。あと、平安寺のために」

「平安寺のために! はは、最後の最後まで見ているだけだったあんたがよく言うね。そのくせして自分で止めを刺しておいて」

「え? 見ているだけだった?」

「いや、だって光見、平安寺に手出してないでしょ」

「いや、オレは平安寺のことをいじめてて、それで最後に平安寺を突き落としに朔葉駅に行ったはずじゃ」

「ちょっと待ってよ。馬鹿言わないで。私たちはあんたが平安寺を橋から突き落としたのをいいことに色々と擦り付けたけど、光見は一度も平安寺のことをいじめてないでしょ。別の集合場所を教えてにやついてた連中の話を聞いて、平安寺にその嘘を訂正するために朔葉駅に行った、そうでしょ?」

「じゃあなんでオレは、平安寺のことを花野橋から突き落としたんだ?」

「それは知らないって! 逆にこっちが訊きたいよ、なんで平安寺のこと突き落としたりなんかしたの? てか、本当に平安寺のことを突き落としたの?」

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