◇絵の三……②

「絵美ちゃん」


 顔を半分だけ覗かせる、ボサボサ髪の男の子。


 もしレンが出て来てたら、何て言おうか色々と考えてた。


 でも、そんなこと全部吹き飛んでしまうくらい、ただ嬉しかった。


 それでも、笑顔で声をかけようとだけ決めていた。


 だから、そうした。


「レン! 良かったー、もう出て来てくれないのかと」


 キシキシと軽やかな音を立てながら、アタシはレンの下へと駆け寄る。


「ごめん、みんなに、絵美ちゃんに心配かけちゃって。オレ、もう大丈夫だから」


 ほら、たった一か月。アタシだって頑張ればレンの気持ちを動かすことだってできるんだ。


「絵美ちゃんさ、せっかく夏休みだし、お出かけしようよ。夏だからって家にこもってちゃ勿体ないよ」

「もー、ずっと引き籠ってたのはどっちよ」

「ごめんってば。ほら、行こ?」

「え、今から? とりあえず、ご飯食べたら? ミッキーが作ってくれたんだし」

「そっか、そうだ、野々目さんにもお礼言わないと、謝らないと」


 そう言ってレンは床に胡坐をかいて、お盆に乗ったご飯を食べ始めた。がつがつと、大急ぎで口に運び込む。


「あっは。そんなに慌てなくても」

「夏休みは、短い、から」

「食べながら喋らないのー」


 なんだか、子どもを相手にしているみたいだ。いや、高校生だからまだ子どもではあるんだけど。


「絵美ちゃんはどこか行きたいところある?」

「この時間からでしょー? レイトショーなら今からでも見れるんじゃない? この前はミッキーと映画見たんでしょ、今度はアタシと見ようよ」

「うん、それは、いいかも。今って面白い映画やってるかな、ごちそう様!」


 あっという間にご飯を食べ終えたレンは、お盆を持って立ち上がる。


「野々目さんまだ台所にいるかな? オレ、謝るついでに片付けて来るよ。絵美ちゃんは何見るか考えといて」

「わ、わかったけど」


 色々と取り返そうとしてるのかな。でも、レンがしたいって言うんなら、付き合ってあげたいな。ちょっと繊細で、でもやりたいことに真っすぐなレンが帰って来た気がした。




 それから夏休み中、色々な所に行った。フーミンは残念ながら帰省中だったから、一緒に出掛けられることはほとんどなかったけど。海にも川にも山にも行ったし、動物園にも水族館にも遊園地にも博物館にも美術館にも行ったし、ゲームセンターにもショッピングにもスポッチャにも行った。全部が全部楽しくて、あっという間に八月は三十一日を迎えた。ミッキーは時々は休んだ方がいいと心配していたし、ママはちゃんと宿題やりなさいよと小突いて来たけど、せっかくレンが元気になったのだから、遊べるときに遊んだ方が良いに決まっているんだ。あと、大学生の夏休みは長いし。


「いやー、夏休みが終わるのもあっという間ねー」

「そういう絵美ちゃんはもう一か月あるんでしょ?」

「まーねー」


 夕食後、居間でだらだらと過ごすアタシとレンは、ここ数週間一緒に居過ぎたせいで倦怠期のカップルみたいになってた。一緒にはいるけど、ちょっと食傷気味。なんだか幸せ太りみたいだ。


 カチャカチャと食器がぶつかり合う音がして、廊下をスリッパで歩く音も同時に聞こえるから、方角的にフーミンが食事を終えてキッチンに返却しに来たのだと悟る。実家から帰って来たばかりだから、ちょっと関係値がリセット入っちゃったっぽいけど、この調子ならまた夏休み明けくらいから一緒にご飯を食べられるかもしれない。居間のふすまがそっと開けられて、フーミンが顔を出してきた。


「あ、おやすみなさい、お二人とも」

「うん、お休みー」

「おう、平安寺、お休み」

「うげ、い、いや、おやすみ」


 鳩が豆鉄砲をどてっぱらに撃たれたような、面食らった表情を見せたフーミンだけど、ダウンはせずにちゃんとお休みと言ってくれた。万事良好だ。何も心配しなくていい。明日はアタシの誕生日。最後の十代がここで迎えられて良かった。

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