□芙の二……②

「だっはっはっはっは! そんでゆーれいだど思ったんだべか!? こりゃ傑作だな」


 居間に胡坐をかく高年の男性と、正座をする女性。向かいに座らされるわたしと美月さん。その両サイドに絵美さんとあいつ。完全に蓮田家の人々に囲まれる形になった。


「あっは、それでずっと廊下でカタカタ震えてたもんだからさー、ちょっと驚かしちゃった」

「た、大変失礼しました。絵美さんや美陽さんの話しぶりから、もう亡くなられているのかと」

「気にしなくていいですよ。実際、私たちも隠居して別の所に住んでいるんですから」


 絵美さんのおばあ様に当たる千陽さんは、おじい様の太介さんとは対照的に丁寧な言葉遣いでわたしを気遣ってくれた。


「それはそうと! 絵美、なんだそのド頭は?」

「頭ぁ? 別にいいでしょー、アタシの髪なんだから何色にしようが」

「蓮介も! 久々に会ってみればまーったく元気がねぇっぺ!」

「あ、うす。すみません」

「ちょっと、来て早々随分な言いがかりなんじゃないの。はい、お茶」

「美陽! お前もお前で包蓮荘なんぞという変な名前の賃貸経営なんか始めで! ありがとさん」

「研究学園の方のマンションに住まわせてあげるって言ったら、こっちは好きにしていいって言ったのはそっちの方でしょ」


 美陽さんはお盆に湯飲みを乗せて、居間で一堂に会した面々全員に配っていく。今までで一番人数が多い。美陽さんを含めて七人か。


「好きにしていいとは言ったけども! 畳は張替えねーし、引き戸の建付けも悪くなってっし、ごじゃっぺやってんじゃねーぞ!」


「ぶっちらがったまま家さあげだのはそっちでしょ! これでもかだしたほうだっぺよ!」

「あは、はじまっちゃった」


 強烈な訛りで怒る美陽さんに対して、絵美さんは呆れて笑っている。肩身狭いな。左を見ると、美月さんも同じようにぎこちなく正座をしていて、よそ者同士の安心感に浸る。


「ま、おめにしては中庭は綺麗にやってるけどな」

「あ、中庭はねー、フーミンが奇麗にしてくれたんだよ!」


 絵美さんが二人の口論に割って入るように言う。


「あ、いえ、わたしは別に」

「いや、平安寺のおかげで、家庭菜園もできたし、野菜も旨いし」

「何より、絵になりますからね」

「ええ、文字通りね!」


 美陽さんと美月さんがこちらをみてにこりと笑う。


「あら、そうなんですか、あなたが。うちを綺麗に使ってくれて、ありがとうございます」

「い、いえ。そんな」

「あの中庭見てっとむがしを思い出すっぺ。まだ美陽も陽南子もちっさかったころ、よぐきゅうりやらなすやらを育てて取っとった」

「あんなに綺麗じゃなかったわよ」

「んだど! ま、賃貸経営なんてあやしーこどして、変な輩連れこんどったらどうしよっかと思ってたけど、みんなえー子そうでよがったわ。えがっぺよ、そんじゃ帰るわ」

「ちょっと。せっかく来たんだから朝ご飯くらい食べて行ったら? 丁度中庭のお野菜も食べ頃だし、美月君の料理だっておいしいんだから」

「いーや。せっかくの家族団欒を邪魔しちゃわりーから。ところで、陽南子はどうだ?」


 太介さんはあいつを見下ろして言った。


「あ、えと、お母さんは」

「まだ入院中よ」

「ほーか、ほーか。早く良くなるといいっぺな」


 あいつの母親。一度だけうちに来たのを見たことがある。話には聞いていたけど、本当に入院しているのか。


「そうね、それじゃ、また今度。次はちゃんと連絡してきて頂戴よ」

「おう、覚えでだらな」


 結局、本当に太介さんと千陽さんは朝のうちに帰ってしまった。ぴしゃりと引き戸が締まる。美陽さんは珍しく、玄関に鍵をかけた。


「あ、嵐のように去っていきましたね」

「本当、困っちゃうわ。でも、元気そうでよかった」


 美陽さんはほっとした表情を浮かべる。


「いつ、どんな形で会えなくなっちゃうかなんて、誰にも分からないもの。さ、ご飯にしましょ! 中庭で食べごろのお野菜を取って来て!」

「はい! あ」


 美月さんと声が重なる。


「わ、わたしが行きますよ。美月さんはご飯の準備があるでしょうし」

「一緒に行きましょう? その方が早く終わりますよ」


 美月さんの提案に甘えて頷く。居間の縁側からつっかけを履いて、二人で中庭に向かった。昨晩中降り続いた雨はすっかり止んで、晴れ間には瑞々しく熟れた包蓮荘のお野菜たちがキラキラと光っていた。


「おいしそうですね」


 美月さんは目を細めてお野菜を見つめる。


「はい、とっても綺麗」


 鋏を使って一つ一つ回収していく。大きさは歪だけど、大切に育てた作物だ。この子たちのおかげで、わたしは包蓮荘の一員として認めてもらえたんだ。少しずつ、みんなと距離を縮めていく。これから、三年弱、ゆっくり時間をかけて。


 いつ、どんな形で会えなくなっちゃうかなんて、誰にも分からないもの。


 美陽さんの言葉が脳裏をよぎる。明日の保証なんてどこにもない。それはわたし自身が良く知っているじゃないか。いつまでもこの環境にぶら下がっていられるわけではないんだ。オクラを鋏で切り取る。ぱちんと音がした。


「あの、美月さん!」


 縁側へと向かって行く『兄』を呼び止める。


「どうかしましたか?」


 次の機会に、またみんなで出かけることがあれば、そのときは一緒に。そんなのを待っていたら、居なくなってしまうかもしれない。


「その、すみません、嫌じゃなかったらなんですけど」


 これはわたしの我儘だ。このまま、『妹』のままじゃ嫌だ。彼を『兄』だとしなくてはいけないのは嫌だ。


「なんですか? ぼくにできることであれば、なんでも言って下さい」


 このままお互いに敬語が離れないままなのが嫌だ。


「どこか、お出かけしませんか? 二人で、どこかに」


 顔が熱くなる。どこかって何よ。具体性に欠けてて話にならないじゃない。それに、美月さんは優しいから、包蓮荘のみんなのことを誘うに決まってるよ。それじゃ意味が無いんだって伝えなきゃ。二人っきりじゃなきゃダメだって。スーパーに買い物とかもいいけど、一緒にお洋服を買いに行ったり、映画を見に行ったり、美術館に行ったり、ドライブしたり、そういうことがしたいんだって言わなきゃ。


「本当ですか! ぜひ、二人っきりで行きたい場所があったんです! 良かった、こちらから誘おうかとは思っていたのですが、なかなか機会に恵まれなくて」


 あれ? すごくすんなり。いや、多分美月さんは勘違いしている。


「あの、買い物とかじゃなくって、お散歩とかでもなくって」

「ええ。朔葉わんわんランドというテーマパークがあるらしくって。犬や猫はお好きですか?」

「は、はい。好きです」


 こんなにあっさり決まるなんて。こんなことなら、早く誘っておけばよかった。今度こそ美月さんを独り占めできる。そんな優越感に浸りながら、朝ご飯を食べていたら、絵美さんにニヤニヤし過ぎだってからかわれた。

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