◇絵の二……②

 流石に休日のモールというだけあって賑わっていた。家族連れやカップル、中高生のグループに喫茶店でノートパソコンを開くノマドワーカー、まーバラエティ豊かなことだ。追跡対象は迷わずエスカレーターに乗り、上階へと昇っていく。


「どうせ最初に映画館行くだろうし、エレベーターで上がっちゃう?」

「い、いや、でもそれで別の所に寄られたら見失っちゃいますし」

「やー、でもエスカレーターはばれるかもよ?」


 三階に上がるエスカレーターに乗るときに折り返すことになるのだから、それで見下ろされたら一発だ。


「そ、それもそうですね。じゃあエレベーターで」


 幸いなことにエレベーターにはすぐ乗れた。中では兄弟と思しき子どもたちが小突き合っていた。


 エレベーターを降りて、白い円柱の影に隠れて、追跡対象が上がってくるのを待つ。フーミンもアタシの後ろで手を円柱に貼り付けて様子を伺っていた。スパイ映画みたいで楽しい。しかし、いつまで経っても標的はこなかった。


「あれ、もう先に行っちゃったのかな?」


 円柱から顔を外して、エスカレーターを確認しようと身を乗り出す。聞き覚えのある声がした。


「どうにか試験の成績が良かったみたいで」

「それで、受かっちゃうのもすごいすね」

「ふふ。紹介してくれた美陽さんには感謝しかない、あれ?」


 円柱の死角から、二人が姿を現した。もう先に映画館の方に行っちゃったのだと思い込んで油断していた。動いて目立ってはいけないと思い、固まる。あー、完全にミッキーと目が合った、終わりだ……。


「今さっき絵美さんとよく似た人が」

「いや、いるわけないすよ。今頃、絶賛惰眠貪り中だと思います」


『弟』から不本意な印象を受けていた気はするものの、ばれずに済んで良かったこととしよう。百均のサングラスも馬鹿にはできない。


「えへへ、絶賛惰眠貪り中って」


 背後からクスクスと笑う声が聞こえる。


「こら、そこ。笑わないのー、ほら、追いかけるよ」

「あ、はい。行きましょうか」


 なんだかんだ、フーミンが声に出して笑っているのを見るのは初めてだ。中々に独特な笑い方をする。


 さて、こっからは注意をしなくては。映画館に二人が入っていく。チケットを券売機で買っているが、じゃんけんに勝ったら沢山飴がもらえる一回百円で遊べるゲームの筐体の裏からでは何を見るのか、どの席に座るのかまでは見えない。


「えと、七番シアターです。タイトルは——」

「わーお、用意周到」


 双眼鏡で券売機の画面をのぞき込むフーミンは、傍から見たら不審者である。じゃんけんには負けてしまったが、飴玉が二つ排出された。


「な、なに買ってるんですか。早く、行きましょう?」

「分かったってば、はい、ストロベリー味」


 棒付き飴をフーミンに差し出して、チケットを買って、もぎってもらって、シアタールームへ向かう。とはいえ、多少でもばれる確率を下げるために上映ギリギリの真っ暗になってから入ることにした。アタシは前の方が臨場感あって好きなんだけど、フーミンは後ろの方にしましょうと言って聞かなかった。普段は引け腰だけど、こういうときに譲らないのはレンと似ているっちゃー似てる。


 後ろから二列目中央の座席に腰かける。観客の数は存外まばらで、封切からそれなりに経っている映画なのだろうと思う。さて、どんな映画なんだろう。お手並み拝見。


 クライマックスシーンを迎えて、主人公が精神的に錯乱状態に陥って腕を掻き毟る。血がドバドバと出ても掻くのを止めない、狂気的なシーンだ。演出はいいけど、展開としては叙述トリックものというか、実は犯人は主人公でした的なものだ。正直、ありきたりだと思う。こんなのジキル博士とハイド氏の頃からやられているし、都合よく自分の犯行の瞬間を忘れているというのはどうなんだろう。トラウマが原因で過去の記憶を改変してしまっているという科学的な理由付けを無理くり行ってはいるものの、そういう風にしてミステリーっぽくしているのが、この映画は一体何をしたいのかがぼやけてしまっていると思う。ミステリーにするんだったら、もっと徹底的に主人公の犯行の動機を追いかけて欲しいし、ホラーにするんだったら無理に科学的な根拠を述べるんじゃなくて、せっかく映像技術は高いのだから観客を怖がらせることに徹底するべきだと思う。アタシ的には星二つ。一点は映像技術とそれに匹敵する主人公の役者の演技に。もう一点は——


「きゃ!」


 本気で怖がってアタシの二の腕を常時掴んでくる、隣で映画を真面目に鑑賞する幼気な女子高生に。


「お、終わりました?」


 エンドロールを終えて場内が明るくなり、ほっとした表情で顔を赤らめるフーミン。


「うん、終わったよー」

「す、すごい映画でしたね。わたし、ああいうの見るの、初めてで。怖かったし、グロかったけど、面白かったです」


 わお、意外と楽しめてたのね。


「それは良かった。さて、あの二人を追いかけるか―」

「あ、そうだった。今、二人はどこにいますか?」


 すっかり目的を忘れてしまっているフーミンのために、左側の出口から出て行ったことを教えて立ち上がる。


「あー、映画見たらお腹空いたなー」

「二人は、お食事どうするんでしょうか?」


 映画館を出て、ひそひそと喋りながら二人を尾行する。フードコートに入って行ったので、安心した。


「じゃー、アタシたちもご飯にしよー」

「そうですね、この席ならばれないでしょうか?」


 フーミンは端っこの机に鞄を置いて、座席を確保した。追跡対象はというと、フードコートの出入り口からほど近い、マクドナルドの近くに腰を据えることにしたようだ。


「ぐぬぬ、あの席に座られたらハンバーガー食べられないじゃん。てりたまが待っているのに」

「サ、サブウェイとかはどうですか?」

「フーミンは眼鏡が必要なときにサングラスをかけるの?」

「例えが遠くて分かりませんよ」


 流石にサングラスだけでは装備が軽過ぎる。とはいえステーキやラーメンの気分でもないので、二人から死角になっているサブウェイに行くことにした。


「よし、アタシが買ってきてあげよう、席取っといて」

「そんな、わたしが行きますよ」

「うーん、じゃあお願いしよっかなー。生ハム&マスカルポーネで。結構注文難しいけど、大丈夫?」

「だ、大丈夫です、多分。分かりました、行ってきます」


 フーミンは二人の方をちらりと見て、サブウェイに向かった。二人はというと既にマクドナルドに並んでいて、今が一番隙はでかいだろう。


 しばらくして、二人は席について談笑を始めた。ミッキーは大分お疲れのようで、普段と比べて背筋が丸い。


「ただいま戻りました。あの、パンの種類とかよく分からなくて」

「あー、大丈夫大丈夫。幾らだった?」

「い、いや! 一応これは、ドーナツのお返しということで」

「あっは。そう、じゃー次はこれのお返しでアタシが奢ったげるよ。行ったことないんだけど、駅前のカフェがおいしいって評判なんだよねー。特にモーニングが」

「ああ、あのお洒落なカフェ! えへへ、そうですね。楽しみにしています」


 なんか、きっかけは二人の尾行だったけど、これはこれで楽しいお出かけだったかな。小さなお口いっぱいにサンドウィッチを頬張るフーミンは、大層饒舌にサブウェイのすばらしさを説いていて、その後ろではレンとミッキーが話している。これが、同じ席で行われるようになればいいなー。

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