◇絵の一……②

 フーミンとお別れしてから一週間、まだ『妹』からの連絡はなくてがっくりしたままミッキーとの買い物デートを終えて家に帰ると、玄関には大量の段ボールが並んでいた。全部美陽さん宛だけど、なんだろうね? などと独り言ちてるミッキーをよそに、アタシの勘はこれがフーミンの引っ越し荷物であることを確信していた。


「ママ―! これ何?」


 九十九パーセント確信していても、推理はべらべらと喋ると外れたときに恥ずかしいので一応ぼかして質問する。ママはというと、作業用のツナギを着て、頭にはタオルを巻いていた。


「おかえりなさい! それは中庭でガーデニングする用の道具よ。プランターとか肥料とか。あとで運ぶの手伝ってもらえる?」


 ほらね、一パーセントを引くこともある。


「ガーデニング?」


「ほら前から話してたじゃない、草引きもしてなくて荒れ放題だったでしょ、あそこ。せっかくだから家庭菜園に使えば庭も奇麗になるし、スペースの無駄遣いにもならないし、新鮮なお野菜も食べられるし一石三鳥だって。これからの時代、一次産業よ!」


 何から何まで聞いてない。でも楽しそうだから別にいいか。


「そんなわけで男手も必要だから蓮介を呼んできて頂戴」

「ちょっと待って、ミッキーも立派な男の子だよ」

「まぁまぁ、ぼく一人では運べませんから」


 ミッキーから洋服を預かって、居間に適当に置いて二階に上がる。


 階段も廊下もぎしぎしうるさい。昔は古臭くて、おんぼろで、友達を呼ぶのも嫌だったんだけど、最近は悪くないなと思ってしまう。この家もアタシも歳を取ったもんだ。


 窓の光を浴びて、埃が立っている。レンの部屋の扉の前に立つといつもちょっとだけ緊張するなー。だってあの子、急にいなくなっちゃいそうだから。


「レンー、ご飯の準備手伝って」

「分かった」


 扉の向こうから返事が聞こえて安心する。数秒後にはボサボサの髪の毛を掻きながら、我が『弟』が顔を出した。


「ご飯て、まだ四時前だけど。チャーシューでも漬けるの?」

「お肉じゃなくて野菜だよ」

「な、何人分のサラダを作るのさ?」

「アタシが大学卒業するまでは困らない分かな」


 階段を降りて、再び玄関へ。ミッキーが重そうに大袋の肥料を抱えて、外へ出ようとしていた。


「あの、お『姉』さん、これは?」

「これから、アタシたちのご飯になってくれるものを育てるための準備」

「詭弁だ」

「あっは、収穫が楽しみね。ほら、ミッキー一人じゃ運べないでしょー、半分持つよ」

「ありがとう。蓮介くんはプランターを運んでもらっていいかな? 中庭まで」

 つっかけを履いて、ミッキーと向かい合う形で肥料を運び出す。

「オーライ、オーライ! オッケー、そこに置いて!」


 ママの監督のもと、中庭に日曜園芸にはちょっと本格的な器材が揃えられた。


「さ、日が暮れるまでに作業を済ませましょう! 何か質問のある人?」

「はい、ママ!」

「なんでしょうか、絵美さん?」

「なんで宅配屋さんに中庭まで荷物を運んでもらわなかったんですか?」

「た、確かに……。終わったことをぐちぐちと言うのはナンセンスよ! 他に質問はあるかしら?」

「はい! 美陽さん」

「なんでしょうか、美月君?」

「日暮れまであと二時間ほどしかありません。今日中に準備を完了するのは難しいと思うのですが」

「なんで先に言ってくれなかったの!? 片付ける手間が増えちゃったじゃない! 他に質問はあるかしら?」

「は、はい」

「なんでしょうか、蓮介君?」

「肝心の苗とか種とかはどこにあるの?」

「わ、忘れてた……。だからぁ! なんで先に言ってくれないのよ!」

「い、いや、オレは言われた通りにもの運んだだけだし。逆ギレされても」


 うーん、この無計画さと思い切りの良さ。我ながら血のつながりを強く感じる。まー、器材は揃っているわけだし。明日からちょっとずつ準備すればいいのかな。『家族』で言い争いをしながら、春休みは終わりを迎えるんだなー。


「あ、あの! な、何されてるんですか?」


 居間の方から声がする。顔を向けると縁側でフーミンが柱に手を添えて、こちらを見据えていた。春の風がみんなの髪を揺らす。迎えるのは終わりじゃなくて、新しい日常の始まりだった。

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