8th stage お互いフェアプレイで
長い一日が終わり、那須はやっと寝床についた。
しかし、別れ際に刑事がいった言葉が気になって眠れない。
「畠山さんの金の盾、どこにいってしまったんでしょう」
那須が強盗に入ったときには、すでに金の盾は消えていた。しかしそれが刑事にバレてしまったら、泥棒はいったい何を盗んだのかという話に逆戻りしてしまう。しまいには強盗が目的の犯行ではないと思われてしまうだろう。それでは辻褄が合わない。畠山の金の盾の存在をどうにかしてアピールする必要がある。
もし仮に金の盾を狙って強盗したならば、その後どうするだろう。ずっと持っていても意味がないので、すぐに売って金銭に換えるはずに違いない。
盗めなかったのならでっちあげるしか道はない。幸いなことに、畠山とまったく同じ「ナスバタケチャンネル」と刻まれた金の盾を那須は持っている。それを畠山の盾に見せかけて、オークションにでも出品してしまえばよい。
那須はベッドから飛び起きると、ショーケースに置いてあった金の盾を手に取った。写真を撮ると、「ナスバタケチャンネルの金の盾」とタイトルをつけて、オークションサイトに投稿した。すぐにダンボールに梱包し、出品の準備を整えた。
オークションの締め切りを翌朝にセットすると、那須は満足そうにベッドに戻った。
朝、目覚めると通知が来ていた。金の盾は50万円で落札されたそうだ。
那須は黒いジャージを着ると、ダンボールを持って宅配センターに向かった。近所だとバレてしまいそうなので、あえて遠くへ持っていった。
これで、畠山の金の盾が盗まれたという証ができた。自分の盾は失ってしまったが、誰にも気づかれなければ問題はない。刑事が部屋に入り込んで来ようとしたら、全力で阻止するしかない。
昼間、予想通り刑事たちがやって来た。橘刑事と広報の餅田だ。
那須はドア越しに大声でいう。
「もう話せることは全部お話ししましたが?」
橘刑事は申し訳なさそうにいう。
「今日はその…… 別件です」
「は?」
もうその策略には騙されないぞと思った。どうせ事件とは関係ない話をしておきながら、論点を脱線させていく魂胆だろう。汚い手口だ。
広報の餅田がいう。
「コラボのことでお話が。インタビュー動画の撮影なんですけど、明日の午後はどうですか?」
そういえば詐欺被害撲滅運動のPRの案件を引き受けていた。那須はすっかり忘れていた。よく考えたら、犯罪者が犯罪撲滅を呼びかけるなんて甚だ滑稽な話である。
那須はドアを開けると、明日は別の仕事で忙しいから明後日にしてほしい旨を伝えた。
「わかりました! では明後日の昼、署の方でお待ちしています」
餅田は嬉しそうに頭を下げた。
「はいはい」
那須がぶっきらぼうに答えてドアを閉めようとすると、橘刑事が声を張り上げた。
「ちょっと! よろしいですか」
那須はキレそうだった。
「なんなんですか? しつこいなあ」
「亡くなった畠山さんの金の盾が、オークションに出されました」
そんなことはわかっていると怒鳴りたかったが、ここは驚くふりをした。
「やっぱり盗まれたんだ」
「それはまだはっきりとわかりません」
刑事は朗らかな笑みを浮かべて続けた。
「二三確認したいことがありますので……」
刑事は部屋の中を窺っていた。那須の金の盾がなくなっていないか見に来たのがバレバレだった。さすがの那須も不快感を示した。
「度が過ぎるんじゃないですか? 刑事さん、俺のこと疑ってますよね」
「ええ? とんでもない?」
白々しい態度に、那須は呆れて物も言えない。
「少しだけお話を伺うだけですので」
橘刑事は穏やかな笑みを浮かべ、部屋に入ってこようとした。
「俺はそういうのが一番嫌いなんだよ!」
那須は強い口調でいった。橘刑事はビクリと驚いて静止した。
「どうせまたしつこく尋問するんでしょ?」
「尋問なんてとんでもない、簡単なインタビューだと思って答えていただければ……」
「こういうの、なんていうか知ってる? チートっていうの」
橘刑事は不思議そうな顔をした。
「はい?」
「刑事さん、お互いフェアプレイでいこうよ」
那須は続ける。
「そんなに部屋が気になるならさ、令状持ってきてよ。それがないのに入るというなら、こっちも不法侵入で訴えますよ」
刑事はドアから一歩離れた。脅しが効いたようだ。もう少し挑発してやろう。
「立派な証拠が出てきたら、こっちも逃げやしない。おとなしく自首しますよ」
那須は子供を諭すようにいった。
刑事はニンマリ笑うと「わかりました」とだけいって帰っていった。
広報の餅田もペコリと会釈すると、慌てて橘刑事を追いかけた。
刑事を追い払えたことで、那須の優越感は最高潮に達していた。
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