5th stage これは強盗殺人で決まりでしょう?
マンションの前にパトカーが一台停まっていた。
橘刑事は後部座席の扉を開けると、朗らかな笑顔を浮かべて「どうぞ」といった。
「あ、ありがとうございます」
那須は、刑事の丁寧な対応に感心していた。
橘刑事の運転はなめらかで落ち着いていた。
だが、那須はあまり気分が良くなかった。車酔いしていたわけではない。パトカーの後部座席に乗るという行為に対して嫌悪感を抱いていたのである。
「なんか、逮捕されたみたいだ」
後ろからつぶやくと、橘刑事は申し訳なさそうに返事した。
「手続きを間違えてしまって、パトカーになってしまいました。気分を悪くされたのなら、謝ります」
警察の内情はよく知らないが、役所の手続きが複雑で面倒くさいことは知っている。那須はとりあえず「色々大変そうですね」とだけフォローした。
「わたし実は、ユ〇チューバーとお話しするのは初めてなんです」
橘刑事は嬉しそうにいう。
「逆に話したことあるって人の方が少ないと思いますよ」
那須は冷静に突っ込んだ。
「私の部下がユ〇チューブにとてもハマっていまして。何だったかな、ハタ……ハタ……」
「ハタケチャンネル?」
「そう! ハタケチャンネル!」
「それは畠山のチャンネルです」
他人の動画を見ているといわれても何も嬉しくない。むしろなんだか不快に感じた。
「あ、あとあれも好きっていってました。ええっと……何とかスン……何とかスン」
「ナッスンチャンネル」
「そう! ナッスンチャンネル!」
自分のチャンネルもきちんと見てくれていた。
「それは嬉しいな」
那須に笑顔が戻った。
「お二人はもともと一緒に活動されていたとか。どうして解散してしまったのですか?」
「方針の違いですよ。畠山がゲーム以外もやりたいっていい始めましてね」
「それだけで解散を?」
那須から再び笑顔が消える。
「それだけってね、こっちもビジネスですから。同じ目標を持てない人とは仕事できないでしょ?」
車内に少し気まずい空気が流れた。
10分間の不快なドライブを終え、畠山の家に到着した。
門扉は開放され、代わりに「キープアウト」と書かれた黄色いテープが張られている。横には門番のように警察官が一名立っていた。
橘刑事と那須はテープをくぐって、玄関へと向かった。
「ああそうだ。一応これを」
橘刑事は白い手袋を差し出した。那須は断ることなく両手にはめた。
まずは玄関。
遺体のあった場所が白いテープで示されている。畠山を死に追いやった円盤状のおもりは押収され、代わりに数字の書かれたカードが置かれていた。
「畠山さんは後頭部を殴打され、こちらに倒れていらっしゃいました」
「泥棒に襲われるなんて、想像しただけで恐ろしいですね」
「えー、何か気になることはありませんか」
刑事がきいてきた。
「ないですね」
ボロを出さないように慎重に答えた。
次に地下のトレーニングルームを訪れた。運動器具はすべて回収されていた。
「トレーニングマシーンがないですね」
「運動器具は証拠として丸ごと署に持っていきました」
「そうですか」
マシーンのPRを依頼した企業はとんだとばっちりだなと思った。
次に二階の畠山の寝室を見に行った。部屋には、開けられなかった金庫がそのままの状態で置いてあった。
「あの金庫の中は見ましたか?」
那須がさりげなく尋ねると、橘刑事は首を横に振った。
「私たちも暗証番号がわかりません。業者に問い合わせていますが、対応には時間がかかるようです」
海外製だから数日はかかるだろうと、那須は頭の中で考えた。
さて、いよいよリビングだ。強盗殺人だと決定づけさせるために、金の盾がなくなっていることを指摘しなければいけない。
めちゃくちゃに荒らしたはずのリビングは綺麗に片付いていた。ラックも本棚も元通りである。
「ここが一番荒らされていて大変でした」
橘刑事は苦笑いを浮かべた。
「そうでしたか」
那須はそう答えると、ラックに近寄った。
「あれ、ここに確か、金の盾があったような」
「え?」
橘刑事は目を見張った。
「金の盾っていうのは、登録者数が100万人に達しないと手に入らない貴重なものなんです。盗まれちゃったのかなあ」
那須は刑事が理解できるように、わざと説明台詞を吐いた。
「ありえますね」
橘刑事はうなずいた。
「ということは、これは強盗殺人で決まりでしょう?」
「んー、そうなのかもしれません」
ついに刑事が納得したと、那須は少しほっとした。これで嫌疑をかけられなくて済む。
「まったく。押し込み強盗なんて、ひどいことしやがるなあ」
那須はボソッとつぶやいた。すると、橘刑事は鋭く反応した。
「押し込み強盗!?」
「ええ」
「それはないと思いますよ。強盗だとしても、これは顔見知りの犯行です」
橘刑事は微笑んだ。
刑事の言葉に、那須は焦った。
「は? どうしてそう言い切れる?」
「亡くなった畠山さん。インターホンで応答してから、遠隔で門扉を開錠したみたいです。操作した形跡がありました」
「それで?」
「目撃情報によると、犯人はウ〇バーイーツの配達員に成りすまして訪れたそうです」
「そりゃインターホン鳴らされて『配達です』っていわれたら、誰だって開けるでしょう? 何が問題なんです?」
「宅配業者ならまだわかります。しかしデリバリーの配達ですよ? 頼んだ覚えのないデリバリーの配達が来たなら、ふつう怪しむのが当然です」
那須は返す言葉が見つからなかった。刑事は続ける。
「つまり、畠山さんは頼んでいないデリバリーの配達員とインターホンでやり取りし、怪しむことなく中へ入れたということになります。普通、知らない人を家へは入れません。配達員に成りすました知人を招き入れたと考えるのが妥当です」
「頼んだことにして、無料で食っちまおうって思ったんじゃないか? あいつ、そういう悪知恵の働く奴だから」
その場しのぎの答えしか浮かばなかった。
「しかし畠山さんはトレーニングの最中でした。そんな状況でご飯を食べようと思うでしょうか?」
「運動した後、すぐに食べたかったのかもしれない!」
議論は平行線のまま終わった。このステージは引き分けといったところだろう。
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