4th stage 視聴者5000人が証人です
畠山の死体は玄関付近に移動させておいた。凶器のおもりは指紋をよく拭き取り、そばに転がしておいた。
しかし、このまま帰るわけにはいかない。単なる殺人事件ではなく、金品を狙った強盗殺人事件に見せかけなければならない。最近まで畠山と一緒に活動していた自分が疑われないようにするために。
那須は急いでリビングに向かった。チャンネル登録者100万人越えの証、金の盾を奪うためだ。
リビングのラックに近づくと、那須は思わず「あれ?」とつぶやいた。昨日まであったはずの金の盾がなくなっているからだ。慌ててリビング中を探したが、どこにも見つからない。とりあえず強盗の仕業に偽装するため、ラック、本棚、倒せるものはすべてなぎ倒し、めちゃめちゃに荒らした。
時間がなくなってきた。自分の生配信動画が終了する20時より前に帰宅して、パソコンで配信終了ボタンを押す必要がある。そのためにはあと5分くらいで畠山邸を出発する必要がある。
だが、このままでは<何も盗らなかった強盗>で終わってしまう。それはなんとしても避けなければならない。
那須は最後の望みをかけて、畠山の寝室にある金庫を開けようとした。力づくで開くかと思ったが、びくともしない。海外製で非常に頑丈なものだった。
暗証番号は6桁。まずは畠山の誕生日を入れてみる。「970418」、当然開かない。あの畠山が誕生日を設定するはずがない。
ならば、コンビ結成の日はどうだろうか。「181203」、これも開かない。きっともっと難解な番号を設定しているんだろう。那須はそう思い、すぐに諦めた。生配信終了のタイミングに間に合うことが最優先だからだ。
那須は急いで帰宅した。
配信終了の4分前に到着することができた。生配信に偽装した実況動画はエンディングを迎えている。
「それじゃ、お疲れさまでした! バイバイ!」
画面の中の那須が呼びかけると、チャット欄には一斉に「お疲れ!」や「乙」といったコメントが殺到した。那須はそれらの声が、実況を終えた昨日の自分にではなくて、殺人を終えた今の自分に向けられているように思えた。
「おつかれさま」
那須は配信終了ボタンを押した。
翌日、刑事が自宅に訪れた。
思ったより早く来たので那須は驚いた。だが臆することはない。こちらには完璧なアリバイがある。刑事は玄関先で訃報を知らせると、「二三、お話伺ってもよろしいですか」と聞いてきた。
断るわけにもいかないし、なにより感じのいい人だったので「どうぞ、入ってください」といってその刑事を部屋の中へ誘導した。
事情聴取に訪れた刑事課の男は、
那須の部屋にはパソコンのほかに、カメラやライトなどの撮影機材が並んでいた。橘刑事はもの珍しそうに見ていた。
「もしかして、こういうの見るの初めてですか?」
「ええ、そうなんです。普段はここで撮影をなさっているんですか」
「そうです。もしかして、俺の動画見たことない?」
「まったく」
橘刑事は首を大きく横に振った。穏やかな顔をしているが、意外と無神経で失礼な人だと那須は思った。
「ああ、ぜひ、見てくださいね」
「いつか拝見します」
那須は、不必要な社交辞令とかはどうでも良くて、本題に入ってほしかった。那須から話を切り出す。
「それで質問というのは何でしょう?」
「アリバイを確認したくて参りました」
「アリバイ、ですか」
那須はこの質問を待っていた。完璧なアリバイを提示する用意はできている。
「死亡推定時刻は昨日の19時半ごろです。一応、これは関係者の皆さんに聞いているんですが――」
橘刑事は那須の顔色を窺いながら、恐る恐るいう。
「昨日の19時半ごろ、あなたはどこにいらっしゃいましたか?」
ドラマでよくあるセリフだが、まさか本当にそのまま聞かれるとは思わなかった。
「家にいました」
「それを証明できる人はいますか?」
またもやありがちな質問。あまりにも予想通りのことをいってくるので、思わず吹き出してしまいそうになった。が、平然を装って答える。
「その時間はちょうどユ〇チューブでゲーム実況をしていました。生でね。視聴者5000人が証人です」
どうだ、これ以上の完璧なアリバイがあるか、と那須正輝は心の中でドヤ顔を浮かべていた。刑事に尋問されることなんてめったにない。せっかくだから、もう少し挑発してやろう。那須はゲーム感覚で刑事との対決を楽しもうとしていた。
「さあ、何と返す!」とワクワクしていた矢先、橘刑事はニコリと笑うと「わかりました」とだけいった。
「それだけですか?」
思わず、那須は口走ってしまった。
「はい?」
「聞くことってそれだけですか?」
「ええ、何か他にありますか?」
那須はここで気づいてしまった。無差別の強盗殺人に見せかけたはずなのに、どうしてこの刑事は関係者にアリバイをききまわっているのだろうか。那須は恐る恐る刑事に疑問をぶつける。
「刑事さん、畠山はなぜ殺されたんですか?」
「捜査本部の見解では、押し込み強盗に入られて殺されたと」
橘刑事は那須の表情をじっと見て続けた。
「ですが―― 私は計画的に殺されたのではないかとふんでいます」
「どうしてわかるんです?」
刑事の発言が気になってしょうがなかった。殺人だと断定されれば、真っ先に疑われるのは元相方の自分である。なんとしても、この刑事には殺人ではなく強盗殺人だと思ってもらわなければ困る。
「何も盗まれていないので、泥棒の可能性は低いと思いまして」
なるほど、この刑事はリビングのラックから金の盾が消えたことに気づいてないな。だが、ここで「金の盾が盗まれましたよ」といえばすぐに怪しまれてしまう。
「金庫の中身とかは?」
無難な質問をしてみた。
「無事でした。暗証番号がかかっていて、犯人は開けられなかったようです」
うん、その通りだ。
ここで刑事がとんでもないことをいう。
「もしお時間がありましたら、これから一緒に現場に来ていただけませんか?」
「なぜ?」
「盗まれたものがあるかどうか、確認していただけると助かります」
この刑事に強盗殺人であることをアピールできるチャンスだ。
「ぜひお願いします」
那須は迷いなくキッパリと告げた。
那須と刑事のバトルはここから始まった。
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