3rd stage あいつのライフをゼロにする
翌日、いよいよ決戦の日である。
19時。生配信と題して、昨日の映像を流し始めた。視聴者数がじわりじわりと増えていく。リアルタイムで視聴者が感想を送信できるチャット欄も、だんだんと賑わい始めた。
自身のファンを欺くことになるので多少良心は痛んだが、殺人を成し遂げるためなら仕方がない。
那須はそう割り切ると、黒いジャージを羽織り、黒いリュックを背負い、黒い手袋をはめ部屋を退出した。ウ〇バ〇イーツの配達員風のコーディネートである。
畠山の家までは、自転車で15分ほどかかった。車を使えばもっと早く着けたが、マイカーを持っていないのでどうしようもなかった。
爆走したので那須は少し息が上がっていた。インターホンを押す。
「こんばんは、ウ〇バ〇イーツです」
驚かしてやろうと思って冗談をいったが、畠山のリアクションはごく普通でつまらなかった。
「ああ、どうぞ」
畠山はすぐに門扉を開錠した。那須が玄関までたどり着くと、畠山が扉を開けていう。
「一瞬、本当に配達かと思ったよ」
「似てるだろ」
那須はニヤリと笑った。刹那、畠山の服装に衝撃を受ける。
「なんだ、その恰好?」
「ああ、ちょうどいま運動しててな」
畠山は上下ともにスポーツウェアを着ており、肩には汗でびしょ濡れになったタオルを垂れ下げていた。
那須は地下に案内された。筋トレ用の運動器具がずらりと並んでいた。
「何これ?」
「企業案件だ」
企業から依頼されて商品を宣伝するのが、企業案件である。おそらく筋トレマシーンのメーカーから、使ってみた様子を動画にしてほしいと頼まれたのだろう。
「ほう」
那須はさして興味を示さなかった。むしろ、畠山の迷走ぶりがおかしくてたまらなかった。
畠山は長椅子の形をしたトレーニングベンチに寝転がると、丸いおもりのついた鉄の棒を上げ下げした。いわゆるベンチプレスである。
「これからのために、鍛えようと思ってね」
「これからのため?」
「eスポーツのチームに加入する話が出てる」
那須は思わず吹き出してしまった。
「eスポーツって、筋肉使わないだろう?」
「そうとも限らない。これからはメディアへの露出も多くなるだろうから、見栄えが大事になってくる。君も鍛えたほうがいいんじゃないか?」
那須は大笑いした。畠山が支離滅裂な理屈を並べているのがおかしいわけではない。間もなく殺される人間が未来を語っていることが、ただ滑稽で仕方なかったのだ。もう少しこの優越感に浸っていたいと思っていた。
だがその矢先、大事なことを思い出した。生配信開始30分のところで投げ銭をしなければいけない。
那須は急いでスマホを取り出し時刻を確認した。19時27分。慌てて自身のチャンネル「ナッスンチャンネル」を検索しようとする。しかし、ネットが遅くてなかなかつながらない。
「どうした?」
畠山は、急に慌てる那須を見て不思議に思った。無論、那須には返事をする余裕はなかった。
「ネットはつながらないよ。地下だからね」
畠山は少し馬鹿にしたような口調でいった。
那須はトレーニングルームを飛び出し、階段を駆け上がった。何回も再読み込みして、やっとのことで検索できたのが19時28分。何とか間に合ったと、那須は安心した。
チャット欄を開き、19時29分30秒あたりで10万円を投じた。しばらくして、画面の中の那須が反応した。
「10万円!? ただ遊んでるだけの動画に10万も払ってくれるなんて、ありがたいです。本当にどうも、ありがとうございます」
「どういたしまして」
昨日の自分に答えてやった。
これで生配信の信ぴょう性が格段に上がった。
視聴者数は5000人を超えていた。チャット欄に送られた感想は、今まで見たことのないような異常なスピードで流れていく。速すぎて内容が読み取れないほどだった。自分の実況が人気であることを再確認した那須は、安堵の笑みを浮かべた。
「何してる?」
突然、背後から低い声で畠山が声をかける。静かにスマホ画面をのぞき込んできていた。【生配信】と書いてある動画を、動画の配信者本人が視聴しているという矛盾に気づいた畠山は、すぐさま「なぜ嘘を?」と尋ねてきた。さすが、知恵の働く畠山である。
那須は急いでスマホをしまった。
「さあな」とぼけてみる。
「事情は知らないが、次の僕の動画はこの話題で決まりだな」
畠山は那須の秘密を暴露することしか考えていなかった。
「タイトルは、【衝撃】ユ〇チューバー那須の不正。いや、【告発】ユ〇チューバー那須生配信偽造にしようかな」
那須は少しパニックを起こしていた。畠山が平然という。
「そうだ、今ここで僕もライブ配信しちゃおう。絶対的な証拠になる」
畠山はそういい残すと、スマホを取りにリビングへ向かった。
ここで写真を撮られてしまっては、すべてが水の泡だ。殺害計画が台無しになるだけではない。動画配信者としての信頼も失墜する。
那須は、急いでトレーニングルームに戻り、重そうな円盤状のおもりを一つ持つと、部屋の電気をすべて消した。扉の死角に移動して、静かに待機した。
畠山はスマホを構えて、ゆっくりと階段を下りてきた。
「出てこい!」
畠山のスマホ画面のわずかな光が、暗い部屋をぼんやりと照らす。那須はその明かりと足音を頼りに、畠山がトレーニングルームに一歩入ったことを確認した。
那須は死角から静かに歩み出て、畠山の背後に忍び寄った。おもりをゆっくりと頭上へ持ち上げると、畠山の後頭部を目がけて、力任せに振り下ろした。見事にヒットした。
畠山が倒れ込むと、那須は急いで彼のライブ配信を停止させようとした。が、案の定、地下に来た段階でネットワークは切断され、ライブも強制終了されていた。
「ネットはつながらないよ。地下だからね」
畠山の耳元でそう囁くと、手に持っていたおもりをもう一振りして致命傷を負わせた。畠山のライフはゼロになった。
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