龍の誕プレ


 昇格試験が実施され、その結果に冒険者たちが一喜一憂している頃。俺は、再びウィルテューム山にてサバイバル生活を送っていた。


 とはいえ、夏の時みたいにひと月近く籠るわけではないけどな。降り始めた雨が弱くなるまでの間。だいたい一週間前後ってところだ。



「おーっ!やっぱここは眺めが凄いな………雲が下にびっしりだ……」



 そんな秋の到来を告げる雨が、今朝方にはもう止んでいた。籠り始めて六日目の事だ。


 そして、俺は今……ウィルテューム山の頂にいる。



「あー……毎年ここに来るたびに思うけどよ。何回見ても飽きないな、この景色ばっかりは……ちと空気が薄いのはあれだが」



 太陽が何にも邪魔されることなく、青の世界にポツンと存在している風景。足元よりはるか下に広がる白色の海。どれも、この時期にここでしか見れない光景だ。


 まぁ……他のタイミングで山頂に来たことがないんで、梅雨明けとかちょっとした雨上がりの朝とかでも見れるかもしれないが。俺にとっては今日だけの世界。特別な日なんだわ。



「さて、今年も絶景の下で誕生日を祝うとしますかっ」



 この世界は数え年が一般的で、誕生日を祝う風習が存在しない。年明けと共に盛大に祝うことはあるんだがな。貴族や教会関係者は特に。

 なので、この誕生日会は俺のためのものだ。俺だけの、な。


 レオンこと玲央が産まれた日は九月の中頃だったが……この世界の暦と地球のとじゃ違うっぽいのよ。カレンダーとか付けてないし、時間の経過もあっちと同じかは定かじゃない。


 だから、秋雨の明ける頃。日本で暮らしてたときと共通のタイミングが俺の誕生日だ……そういうことに、した。

 


「机と椅子も出して……っと―――これでよし。インベントリ様々だぜ……そもそも、チートがなかったらこんなところまで登れなかったしな」



 ろくな登山装備もなしに頂まで登るのは無謀な挑戦。ましてや、危険な魔物がはびこる世界じゃなおさらのこと。

 この世界に生きてきた人のうち、果たしてこの山の頂上に辿り着けた人物はいたんだろうか……冒険王とまで呼ばれたあの偉人なら、意外とここまで来てたりしてな。



「まっ、少なくとも今は、この場所を味わえているのは俺だけだ」



 山頂にもなると、周囲に動物や魔物の気配は感じられない。ごく稀にマグマンが居ることもあるが、無生物系統の魔物は基本的に中立モンスターだからな。こっちから手を出さなければ、敵対行動はしてこない。

 俺が危機感もなく山頂にくつろぎスペースを作っているのも、周りが安全だと分かっているからだな。


 この日のために用意しておいた、ちょっと豪勢な料理の数々を机の上に並べる。とっておきのワインだって置いちゃうぜ!……一本丸々はキツいんで、飲んでも三杯までだけどよ…。

 


「よしっ……それじゃ、いただきますか!ウィルテュームのいただきで……なんつって」



 ―――ハッピーバースデー、玲央。お前はもう来年には三十だ。あと五年もしないうちに日本で過ごした時間よりも、こっちで暮らしている時間の方が長くなるんだからな?いい加減、オルシア王国の民として腰を落ち着けないと行けないぞー?変な抵抗はやめてさ、ギフト証をそろそろ取った方がいいんじゃないか?



「なーんて、心の中では思えてもな……いざ、実行となると重いんだよなぁ、腰がよ」



 無駄な抵抗だって理解はしてるんだわ。別にギフト証を取ったからって日本で過ごしてきた記憶が消えるわけでもないのにな。



「あーあ……これが異世界転生とかだったら割り切れてたのかもな……なんで、転移の方なんだか……ほんとに、なんでだよ…」




――――⬛️◼️◼️◼️◼️▪️――――




 どこか遠くから、生物の鳴き声と形容するには難しい音が風に乗って俺の元へと届く。

 教会が鳴らす鐘の音のようでもあり、氷を踏み砕いたような音でもあり、威を示す咆哮のようでもある、不思議な音。かといって、機械的なわけでも金属的な耳に障る音でもなく。どこか、聴いてて心地の良い声。



「あー、今年も飛んでるのか……なんなんだろうな、あれ」



 はるか先に居ても、肉眼ではっきりと確認できる程の巨体。それは、太陽の光を反射しているのかキラキラと黄金に輝いている。

 コウモリのような形の、でもそれとは比較にならないほどの大きさをした翼で空を泳ぐ姿には、毎度の事ながら圧倒される。

 徐々に近づいてくることで分かる全体像。首と尻尾が長く、細身とも言える体躯。四足歩行も可能なのか脚がついている。陽光を反射していると思うそれは間違いで、黄金に輝いているのはアイツの鱗そのもの。



―――龍だ。



 翼のある爬虫類と言うには違和感がつきまとう。姿は西洋のドラゴンと近いが、胴体の細さや、首と尾の長さがどこか東洋の竜を彷彿とさせる。

 そういった生物として既に完成している……例えようにも、どの生き物とも該当しない威容を誇っているのがアイツだ。



「んー――やっぱ鑑定が通んねぇや。弾かれる感覚もなし……不思議だねぇ。あんなのを見るとそりゃ、神様もいるんじゃねぇかって思うわな」



 王国創世記の絵本には"神の導き"が一筋の光として描かれているんだが……アイツだったりしてな。



「――ふぅ、ごちそうさんっと……少し腹が落ち着いたら、ケーキといきますかね」



 ケーキといっても、店売りの生クリームをふんだんに使うような立派なもんじゃないけどな。ビスケット砕いて作った、なんちゃってチーズケーキだ。インベントリがあるからこそ出来たお菓子。クリームチーズからして手づからなんで、普通だと日保ちしないしよ。


 今日のために持ってきた本を読んだり、鉈を布で磨く等をして食休憩を行う。体感で30分経った頃合いで、ケーキを取り出して切り分けた。

 ここに蝋燭を立てたいところだが、あいにくケーキ用の小さくて細いのはこの世界に無いんだわ。技術的に不可能なのか、需要がないから作られていないのかは知らんけどな。



「29歳をおめでとうとは、ちょっと言いたくないんだが……今日まで無事に生きてこれたことにおめでとう、だなっ!」



―――コトリッ



 いつの間にか俺の頭上を音もなく通過していたアイツから、何かが机の横に落ちてきた。

 金色をした、艶がありつつも金属や結晶のように無機質さを感じない楕円形の物体。大きさは俺の顔ほどあるが、落ちた音から分かるように不思議と軽い。せいぜい、そこら辺の石より少し重いかなってくらいだ。


 今までになかった体験のあまり、呆然としている間も龍は俺の上を飛んでいる。巨体すぎるあまりに距離感覚がおかしくなりそうだが、まだ翼の付け根あたりにしか達していない。

 あの大きさにしては鱗が小さすぎる気もするが……異世界ファンタジーってことでいいのかね。



 アイツの輝く鱗によって、上空にいようとも影で暗くはならず。最初の頃は落ち着かなかったが、今ではすっかり慣れたもので。

 キラキラとした光源の下で、俺はケーキを食した。


 今年はプレゼントも貰えたことだし、いい誕生日だったな……まぁ、表には絶対に出せない代物だけど。




―――◇◆◇―――


[金幻龍の剥離した鱗]

世界の誕生から存在する古龍の鱗。現存するどの黄金よりも眩い金色を放つ鱗は、剥がれ落ちても尚、陽光の下で神々しく煌めく。

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