昇格試験の罠
あれから数日が経ち、ゴミの散らかっていた街の通りも気にならない程度には戻った頃。ようやく俺も採集活動を開始し、日常が戻ってきたことを実感していた。
今日も朝早くから森へと足を運び、金になる植物や木の実の採取に励んでいる。この間散財したこともあって、嵩張らない素材なら魔物や動物も帰り際に狩っていく方針のもとで探索していると、どこからか聞き覚えのある声が耳に届いた。
「んお?……ありゃあ、物資運搬の時のやつらか?…なんだってこんなところで採集なんかしてるんだ…。
―――おーい!何やってんだー?」
「えっ……ひ、ひぃっ!」
「………"漆黒のおっさん"だ…」
「ひっ……てめぇかよ………見ての通り、採集依頼をこなしてるだけだ」
「この浅いところで、か?……ソロならまだしもパーティーで採集するには向いてない場所だと思うが……」
「んなこと知ってらぁ……俺が受けたワケじゃねぇかんな、コレ。あくまでも、二人の付き添いをしてるだけだ……そろそろ、こいつらも銅に上げたいんだよ。俺は一足先に銅級になってたかんな」
そろそろ?………ああっ!そういや昇格試験の実施ってこの時期か。本格的に秋が始まって、魔物や動物が活発になる前。ちょっとした雨がふる前のタイミング。
まぁ、昇格試験とは言うが、これに合格しただけだと次のランクにはまだ上がれないんだけどな。
冒険者ギルドの昇格制度は条件達成式になっている。一つ目の条件が、年1開催の昇格試験に合格すること。二つ目が、次のランクへ上がるために必要とされるクエストをこなしていること。これは言ってしまえばキークエストって感じだな。
条件は以上なんだが、昇格試験はキークエストを達成していないと参加できない……とかではない。試験に合格してから、次の試験実施日までにキークエストを達成することでランクを上げることも出来る。そういや、リオが銅級に上がった時はこの方法だったな。
事前にキークエストを達成している状態で試験に合格すれば、その場でランクが上がるってだけだ。
たしか、鉄級から銅級に上がるキークエストに、指定された数種類の植物の納品があったんだっけな……採集対象はあんまり覚えてないし、覚えててもどのみち何年おきかで更新されるんで、そんなに役立たないけどよ。
「なるほどねぇ……去年の試験にはもう合格してるのか?後は規定の依頼だけ?」
「…なんでそんなことまで……あぁ、そうだよ…」
「なるほどなぁ。それなら、もうちょっと深いとこ行っても良さそうだけどな……サリメル草とかこの辺じゃ全然採れないだろ?」
「あっ!その草……見つからなくて、数日経ってるんすよね……」
おーっ、去年に続いてサリメル草がまた採集対象に入ってるんだな。これはリオも悩んでたから覚えてるわ。
サリメル草は、ちょっと奥行ったところの水辺によく生えてるからなぁ……石・鉄級がよく来る場所だと見つからないんだわ。指定の仕方がちょっと意地悪だよな。
「あれ?そういや、そこの―――」
「…アーザー」
「そう!アーザーは銅級だよな……お前さんの指定の時とは違うのか?銅が一人ついてるんなら、規定の依頼くらいサクッと終わりそうだが…」
「俺が銅になったのは三年前だ……知ってたら、案内くらいしてんだよ」
「なるほど、なるほど――よし!ここは、一度班を組んだ者同士っ。そのよしみで、隊長だったこの俺が君たちを導いて差し上げようではないかっ!」
「……うぜぇ…」
「え、いいんすか?あざますっ!」
「……"漆黒のお兄さん"だ」
「さぁっ!着いてこいっ!アーザーと――」
「うっす!アレギサンター、す!」
「……アフンセソ……呼びにくいから、セソでいい」
「お、おぅ…――よし、アレギ、セソ…行くぞーっ!」
「ウオォッ!」
「おー」
「はぁ……アホくさ……案内には感謝するけどよ、森の中で大声は出すんじゃねえよ」
「あ、はい。おっしゃる通りで……んじゃ、案内するから着いてきてくれ。道中で適切な採取方法とかも教えておくぞ?」
「あざますっ!」
「……"親切なお兄さん"、ありがとう」
はっはっはっ、若いもんを導くのもベテランの務めなんでね!いやぁ、人助けって最高だなぁ!……貴族とか面倒ごとに繋がるのは勘弁だけどよ…。
というか、こいつらの名前初めて知ったが……なんか、違うんだよなぁ。いやまぁ、名前に違うも何もないんだけどな?とてつもなくコレジャナイ感がするのは俺だけか?……俺だけだよなぁ、この世界じゃ…。
人の名前を覚えるのが苦手なんで、これは気をつけないとだな……うっかりで、偉人さんの名が飛び出しそうだ。
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