異世界花火の感動


―――カラァン――カラァン――



 いつの間にかギルドに差し込む陽の光が消え、魔道具による白熱電球のような淡い光に照らされ出してからしばらく。高くもどこか耳に障らない軽やかな鐘の音が街全体を通り抜けていった。



「お、夜の鐘が鳴ったか。もうそんな時間かよ…」


「あはは!お話が面白くって、ほんとにあっという間でした!」


「ほんとだよ~っ!おっさんがそういう職の人だったらボク、銅貨数枚は入れてたね」


「おっ、そうか?じゃあクッキーでいいぜ?」


「だから、もうないんだってば!もー、どれだけお菓子が大好きなのさ……顔に似合わないよー?」



 うっせ、おっさんでも甘いもんとかお菓子が好きなのは別にいいだろうが。別腹とまではいわねぇが、ああいうのっていくらでも食べられそうな感じあるよな。まぁ、実際に食いすぎたら気持ち悪くなるんだろうけどよ。



「さて、と……んじゃあ、そろそろギルドを出るとしますかね」


「そうだねっ!鐘が鳴ったってことは、もうすぐ魔法が打ちあがるだろうし。アレを見ないと収穫祭が終わったって気がしないんだよねー」


「それはわかりますっ!特にワーデルスの魔法再現はすごく綺麗ですし、見ないともったいないって気もしちゃいます」


「うし!酔っ払いどもが慌てて出口に殺到する前に行こうぜ」


「うぃーっす!」

「はいっ」



 二人を連れて外に出ると、思ってたよりも暗くなっていた空にまず驚いた。

 ここ最近は宵の帳が下りるのも早くなってるんだよな。秋の到来もそろそろなのかねぇ……うげっ、また雨が続くのかよ。早めに今日散財した分を取り戻しておかないとだな。まぁ、梅雨ほど長くもひどくもないから、切羽詰まってないぶん気持ちが楽ではある。



「酒臭いギルド前とはいえ、やっぱこの時間がピークだな……人でいっぱいだぜ、まったくよ」


「うぅ……みなさん身長が高くないですか?僕、前が全然見えないんですけど」

 

「それにはボクも同意だねっ。まぁ、空さえ見えれば大丈夫だとは思うけどさ」


「あー、そっか……人波に流されないように気をつけろよ?あんまし動きがないとはいえ、な」


「うーっす。しっかりしがみついておくよっ」

「はい……僕も、その~…手、いいですか?」



 ガシッとしがみついてきたレイラは放っておくとして、リオとはしっかり手をつないでおく。そんなおどおどと聞かなくても、握るくらいなんてことはないんだけどな。何をそんな遠慮しいになってるんだか。

 というか、俺の手けっこうゴツゴツしてるから、こいつの柔な手を傷つけてないか心配になる。剣ダコ?鉈ダコ?まぁ、そんなので握り心地は最悪だから、俺と手をつなぐのは正直おすすめしないぜ。



 周囲のガヤガヤに便乗して俺たちも、今日のことを振り返りつつ他愛もないことでぐだぐだと喋り時間を潰していた。

 すると突然、一筋の光が夜闇を裂くように駆け上り、大きな炸裂音と共に暗い藍の一部を赤く染め上げた。炎の魔法だ。



「おぉ!始まったか」


「だねっ!あれは現当主のかな」


「わぁっ……すっごく綺麗な魔法の組み方ですよ!魔力操作の練度が僕とは比べ物にならないほどですっ!」


「へー……俺にはスキルの魔法と違いがわかんねぇや」


「あ、あははー……まぁ、スキルに頼らない魔法を修練するのは貴族の嗜み的な所があるからねー…正直ボクも、あそこまで極めたりはしないかなぁ……できれば便利ではあるんだろうけどさ?」


「嗜みねぇ……貴族も大変だな――っと、二発目か……これは順番的に次期当主予定の長男か?」


「そうだねっ!いやー、あの子もずいぶん立派になってきたんだよねぇ…魔法の練度も現当主と近い所まで来てるしさっ」


「凄いですっ!先程のと比べると多少魔力の流れにムラがありますけど、それでも構成は丁寧に再現されてます!」



 いや、リオよ……お前は魔力の実況・解説役でもやってるのか?素人目に見てわからないものをさらに詳しく解説されたって理解はできないぞ?

 というか、魔力の流れってなんだよ。見えねぇよ、普通は。レイラもなんで当たり前のようにスルー出来るんだ……あぁ、こいつも見えてるのか………って、サラっと流したかったけど、お前さん何歳なんだよ…。



「はぁ……あ、今のはアリー…スの魔法か。見覚えがあるわ」


「おーっ!魔法に見覚えがあるって、なかなか才能あるねっ!そう、今のはア…リスのだよっ!」


「ふわぁ……やっぱりワーデルスの魔法精度は素晴らしいですねっ!次からは、例年通りなら紋章の再現ですよね?わぁ、楽しみだなぁ…」 



 収穫祭を締めるイベントこそが、街を治める貴族による魔法を用いた貴族紋章の再現だ。それぞれの貴族の家によって持ち得る魔法の属性が決まってるらしく、ワーデルス家は火魔法系統の魔法ギフトを必ず授かるそうで。

 言ってしまえば、ワーデルスを示す家紋の形をした花火が打ちあがるってわけだ。ちなみに王都だと、王族の持つ光系統の魔法による再現らしい。幻想的で美しいと評判みたいだな。俺はワーデルスの方が好きだけどよ。



 自己紹介のような魔法花火の残滓が夜闇に溶けてなくなり、少しばかり静寂の空気が訪れた頃。今度は先ほどよりも小さな光が打ちあがった。

 そして、先ほどと同じように此方まで轟く破裂音を出して炎を散らしていく。

 だが、散った炎の一部は消えずに残り、天を瞬く星のようにぽつりぽつりと夜空を漂い始めた。



「おー、第一射が始まったなぁ……魔法的には、あの技術って相当難しかったりするのか?」


「そりゃもちろんだよっ!散った炎を計算通りの場所に残しつつ、完成までの時間を維持できるように魔力を込めないといけないからねー……演出の為に、点を繋いでいくやり方はできないからさ。座標の基準を作れないのが一番難しいよね、やっぱり」



 へぇ……ピクロスみたいな感じで空に火を置いてるのかね?ただのドット絵じゃなかったんだな……どおりで規則性のない炎の残り方をしてたわけだ。

 それにしても、演出の為ってのはなかなか生々しいな、おい…。


 次々と空に魔法の花火が打ちあがり、点々と炎の残滓を残していく。

 こうして数が放たれるうちに、揺れる麦の穂だと思われる形が浮かび上がってきた。ワーデルスの貴族紋章は太陽のイメージ絵の上に麦の穂が数本置かれた形だ。つまり、この麦の部分ができたってわけだな。



「しっかし、炎を残すってやり方をよく思いついたよな……水魔法のところだと、うねるようにして描くただの線画なんだろ?」


「いやー…それもなかなか難しいんだけどね?でも言いたいことはわかるよっ。ワーデルスのこれはかなり派手だし、芸術的だよねー!お祭りって感じがするよっ」


「わかりますっ!僕も賑やかな収穫祭の最後に合っていて好きです!」



 まぁ、花火はどこの祭りでもメインを飾る見世物だしな。この感性は世界を違えても通じるみたいだ。

 俺も初めてコレを見た時は思わず泣いちまったしな。それくらい心を震わせる、いい演出だよ。腹に響くほどのドでかい爆発音に、夜空に咲き闇に溶けていく火の花。残念ながら、色とりどりではないし、残滓も全部が落ちるわけじゃないが……それでも、これはなんだわ。



「おっ、完全に麦は出来たか?円形に炎が残り始めたぞ」


「だねっ。太陽の方が完成したら、収穫祭も終わりかなー…」





 最後に言葉を発してからどれほどの時間が経ったのだろうか。

 次々と打ちあがっていく花火に、段々と完成に近づく貴族紋章の絵に、皆が心を奪われていた。そのせいか、周囲のざわめきもなくなっており、誰しもが赤く照らされた夜空をただただ見上げていた。


 そして、ついに紋章が完成した時、赤く点々としていた光が強く輝き始めた。次第に、残滓であった炎が膨張して点が線となり、大きく燃え上がる。

 星座のようだった紋章が一つの大きな絵として輝いた数秒後、これまでにない程の重い爆発音を響かせて、夜闇に消えた。


 収穫祭の終わりを見届けた空間には静寂が広がっていたが、魅入られた熱は冷めてはいない。すぐさま拍手や歓声で場が騒然となり、一瞬のうちに今日の祭りの最高潮へと達した。

 


「…今年も収穫祭が終わったな」


「そうだねー……まぁ、この調子だと明日の朝まで飲む人で街があふれかえってそうだけどさ…」


「どうして二人ともそんなにシュンとしちゃってるんですかっ!祭りは終わっても、僕たちはこれからですよっ!」


「いや、まぁ……花火が終わったら、祭りも終わりって感覚がどうしても…な?」


「ほら、ボクは明日仕事あるから……そろそろ、アリーのところに戻らないと…」


「えぇーっ……レイラは仕方ないですけど、先輩の理由はいまいち納得できないですよっ?さぁさぁっ!このままいつもの店で一緒に飲みましょっ!」



 あぁ……完全にこの場の熱に浮かされてやがる…。二次会は遠慮したいタイプなんだがなぁ……ってか、ギルドでもちょっと飲んでたろ。まだ飲むのか?

 しかも、いつものってのは静世亭だろ。また飲みすぎで、今度は俺が介抱しなきゃなんて嫌だぞ?なんか、うまい断り方ねぇかな……あ、そうだ。



「さすがに、この後も飲む気はねぇよ。ほれ、今日はこれやるから勘弁してくれ…な?」


「えっ――えっ!こ、これって…あの髪飾り…?」


「そ。今日限り、クッキー三枚で交換できる黒真珠の簪だ。さ、着けてやるから動くなよ」


「え、えっ……あ、ありがとう…ございます……」



 あー、簪ってどうやって付けるんだったか……ああ、そうだそうだ。いやぁ、今日は後ろでひとまとめにしてくれて助かった。俺は、この付け方しか知らねえんだわ。



「ちとねじるから、痛かったらすまん――ほれ、御団子ヘアーってな……そういやお団子ってあったっけ?」


「おーっ!おっさんが簪の使い方知ってるなんて。いつもダサい服してるのに、なかなかお洒落じゃんっ?

 それにしても、お団子かぁ……久々にボクも地元のを食べたくなってきちゃった…今度送ってもらおうかなっ」


「お?あんのか。そしたら俺の分も頼むわ!言い値で買うからよ」


「えぇ~……もう、仕方ないなぁ。それじゃあ、ボクにもなんかちょーだいっ!リオの喜びようを見てると、ボクもそういうのが欲しくなっちゃったんだよねー。それに、ボクだってクッキーあげたしさ?」


「それは、お前さんが話をずらした分の対価だろ?」



 それに、お前さんなら自分でお高いアクセサリーの一つや二つも余裕で買えるだろうが。なんでわざわざ俺が……もしかして団子ってそれくらい高いのか?この世界に来て実物はまだ見てないしな……。

 でも、今日みたいな露店で買うならいいが店入るのはちょっとな……高級ブランドのバッグとか売ってるとこに入るくらい腰が重いんだわ。かといって、ああいう露店が出るのも今日くらいだろうし。


 しゃあない…ここは、俺の秘蔵を出しますかっ!



「あい、わかった……ならお前さんには、この俺が手づから仕上げたコレをやろうっ…!」


「おぉっ!――って…ナニコレ…?いやまぁ、すっごく綺麗だしまんまるで、ツルツルだけど…なにかのタマゴ?」


「いや、石だ。この前みんなで釣りに行っただろ?そん時に河原で取れた石」


「えぇ……なんだろう、この……綺麗は綺麗なんだけど、あんまり喜べないというか…経緯がちんまい…なぁ…ってさ?」


「おいおい、そう落ち込むなって。一応、それヒスイの石なんだからな?ちゃんと磨いたし、たぶん売ればそこそこになると思うぞ?」


「ええっ!これヒスイなのっ?……まぁ、ありがとね。さすがに売りはしないよ?きちんと大切にするからねっ!」


 

 何か分かった途端にこれかいな……現金な奴だぜ。実際、駆け出しのころに小遣い稼ぎで得た杵柄だしな。現金になるものではあるが。


 んで、いつまでリオはうつむいてるんだろうか……この隙に置いて帰るのはさすがにひどい奴だよな?本音は帰りたいけどよ……いやまぁ、めっちゃ喜んでくれてるってのはわかるんだが、そこまで大げさじゃなくてもいいんだわ。


 そもそも、黒髪に黒の真珠は正直映えないからな?おもいっきり髪と同化して、真珠の良さも何もなくなっちまってるからな?

 たぶん、黒じゃなくて普通のパールとかの方が似合うと思うが……なんでこんな色の物を欲しがったんだか。リオって意外とそういうセンスがないのかもしれん…。

 



―――この後、リオが落ち着くまで待ってから、レイラの帰りについていく形で俺たちは貴族街にある家へ帰宅したのであった。

 


 どうやら二次会熱は冷めたみたいだが……結局リオと二人、静かに家で晩酌する運びにはなった。


 明日、頭が痛くなってないことを祈るばかりだぜ…。

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