クッキー・サブリミナル


「うーっす。邪魔するぜー」


「おおっ、やっと来たかレオン!」

「なんだぁ?えらいべっぴんさん連れてるじゃねぇかっ!くっそぉ、あのレオンに先を越されちまったぁっ……うぉぉぉっ、今夜は飲むぞおぉ!」

「ガハハっ、すでに飲んでるやつが何言ってんだ!それによく見ろギィ、あれはリオだ…めっちゃきれいになったなぁ。今日もかわいいぞーっ!」

「よっ!われらが冒険者の癒しっ!」

「今日は普段よりも綺麗ね。似合ってるわ~」


「あ、あはは~…ありがとうございます?」



 ギルドに入って早々これかよ……相変わらず騒がしい連中だなぁ、おい。酒もだいぶ入ってるみたいだしよ。

 ギルド酒場は主にアレックス率いるクリムゾンの面々で埋まっていた。しかも、見た感じ古参連中が多い。まぁ、ここのクラン以外の冒険者は身内でよろしくやっているからな。わざわざ大人数でここにけしかけ騒ぐ奴らなんてあんまりいないんだろうさ。

 よそから来た冒険者も、この様子をちらっと伺うだけで帰るだろ。すでに形成された空気に割って入るなんてよそ者にはちとムズい。

 

 しっかし、いつものギルドは武器やら鎧やらでそこそこ物騒な空間なんだが……今日に限ってはさすがに私服のようだ。クリムゾンの面々が装備外してるなんて、見慣れなさ過ぎて違和感で気持ち悪くなりそうなレベルだぞ。こいつらでっかい武器とかごつい鎧とかよく着けてるから、なおさらなんだわ。

 もちろん女性冒険者もいるわけだが、いくらおしゃれしてても隠し切れない筋肉とがたいのよさが、なぁ……少なくとも俺は範囲外だ…。



「よっ、ソフィア嬢。クッキーはまだ残ってるか?」


「はい、ありますよ。一人三枚なので、リオさんのも含めて六枚。きっちり渡しましたからね?」


「あいよ。受け取ったぜ……ほれ、リオ。おまえの分渡しとくぞ」


「は、はい。ありがとうございます」


「おー!リオもクッキー貰ったのか。そうだ!俺の分も一枚やるよ!そん代わりちょっとばかし酒注いでくれねぇか?」

「いいねぇ?俺の分も頼むよ!な?俺はクッキーを二つもやるぜ?」

「あんたらはなんで素直に渡せないの?私は何もしなくたって一枚くらいあげちゃうわよ……でも、ちょっとだけ頭をなでさせてくれると嬉しいわ」

「あー、うちの連中がすまんな…俺は甘いもんそんなに得意じゃないからよ。全部あげるわ…こいつらの勝手に付き合わなくていいからな?酒のせいでちと暴走してるんだわ」


「あ、あははー。そうなんですね…まぁ、でも。今のお願いくらいなら特に…」


「マジでっ!じゃあ俺も――」

「クッソぉ、もうクッキー全部食っちまったよ…」

「じゃあ、ボクもお願いしよっかなっ!」


「わわっ……ど、どうしましょう?せんぱい…」


「んー、まぁ、いいんじゃねぇか?ギルド内だし、ソフィア嬢も見張ってるからさすがに変なことはされねぇだろ。いっそのこと奴らからクッキーを貪り取っちまえ。んでもって、俺に何枚か分けてくれや」


「え、えぇ……ほんとに先輩って甘いもの好きですよね…よし!僕もこのクッキーは好きなので、たくさんもらってきますっ!期待しててくださいねっ」


「おー。そんなら期待させてもらうぜ~…小さなメダルみたいに、三枚くれたら俺もいい物をやるからな~――ってもう、もみくちゃにされてら」

 


 さてと、リオも可愛がられてることだし……俺は俺で喧騒を肴に、しばらくリラックスタイムといきましょうかね。


 カウンターの一番隅っこは取られてるんで、その隣の席に座る。時間をさして置かずに給仕の子がお冷を運びに来た。

 本日に限り最初の一杯はエールが無料になってるんだが、俺は飲まないからな……いつものと言う前にこれを出せるのはさすがだぜ。


 

「んで、お隣さんや……深く帽子かぶっただけでバレないとでも、レイラ?」


「げっ……やっぱ、わかる?」


「わかるもくそも、さっきのクッキー貢ぎ合戦にしれっと参加してただろうが。声でわかるわ」


「くぅ~……だって、今日のリオちゃんは最っ高に素敵だもん!あんなの誰だって貢ぎたくなるでしょっ。最近はなんだか肌がツヤツヤになって色気も増してるような気がするしさー?」


「へぇ?まっ、最近娼館とか行ってたらしいしな。女の味ってやつを知ったんじゃないか?知らんけどよ」


「えーっ?それはないと思うけどなぁ……だってあの子が娼館に行く理由ってたしかおっさんのことを……まっ、いいや。

 んで?なんでわざわざボクの隣に座ったのさ。変装を見破ったことの自慢っすかねー?」


「んなわけあるかい。そこの席は俺が良く座る席なんだわ。いわゆる定席ってやつ」


「そんなのあるの?……ほかの酒場とかならまだわかるけど、ここって一応ギルドだよね?」


「知らん……俺の座る席が自然と定席になるだけなんでな」



 勝手に席が空いてくれるんで、ある意味楽だぜ?座ってたとしても俺が近づいたとたんに譲ってくれるんだもんな……別に優先席でも何でもないんだが…。



「あ、うん……なんか、ごめんね?」


「謝るな。そっちの方が悲しくなる……こっちも一つ質問なんだが…お前さん、護衛はどうしたんだ?今日はワーデルス家全員にとって重要な日だよな……サボりか?」


「ご、護衛って何のことかな~……ボ、ボクはただの祭りを楽しんでる、普通の銀級冒険者だよー?…サボりだなんて、そんな……ボクは悪いレイラじゃないよーっ…」


「……はぁ…まぁ答えられないってんなら、もうなんでもいいけどよ……今年の祭りはうまくいきそうか?」


「それはもっちろんだよ!収穫祭最後にある、魔法による貴族紋章の再現もア…リス含めて全員成功で終わると思うよっ」


「そうかいそうかい……クッキーうめぇなやっぱ……あれ?んじゃ、結局お前はなんでこんなとこで飲んでるんだ?」


「んー……リオちゃんの見守り隊隊長…みたいな?」


「はぁ?……まさか、ずっと俺らをつけてたのかっ?」


「んー…まぁ、だいたい、そんなかんじ?」


「……サボりだけじゃなく、ストーカー容疑まであんのかよ…本格的に衛兵へ突き出すことを考えるか…」


「わーっ!まってまって!そんなことしたら、衛兵さんたちの胃が壊れちゃうからっ!それに、ボク自身はここから動いてないからっ!」


 

 動かずにつけるってなんだよそれ。GPSでも搭載してんのかよお前の体は……いやまぁ、十中八九ギフトのスキルのどれかなんだろうけどな?



「そ、そうだ!おっさんこそ、あの輪の中に入らなくてよかったの?ボクは壁の花になっていたい性格だからここで飲んでるわけだけど…」


「露骨に話をずらしたな?……クッキー1枚」


「えぇ…まぁこれくらいいつでも食べられるし……ぐ、ぐぬぬ……ど、どうぞ…!」


「おう、ありがとさん。あ~…やっぱ甘いお菓子は正義だな……んで、俺が参加しないわけだが。あいつら、構いすぎなんだわ。いじられまくるのは俺の性に合わん」


「えっ……それだけ?」


「ああ、それだけだな。お前さんの言葉を借りるなら、壁のシミになっていたい性格なんだわ」



 だいたい、距離感近すぎるんだよ。陽キャのカースト上位の連中かよって思うくらいには距離が近い。しかも、あれだ。噂とかネットでよく見聞きする男子校のノリに近いんだよなぁ。ケツ触ってくる奴も中にはいるんだぜ?会話してて楽しくはあるが一歩……いや、十歩程は間を空けておきたい。



「まぁ、それならわからなくもないっすけどねー?……盛り上がって騒いでる姿を見るのって楽しいよねっ」


「話の中身はかなり下品になってきてるがな……あいつら酔いすぎだろ。あんなんで夜の花火見れんのか?」


「はなび?……あー、魔法再現のこと。たしかにワーデルス家は火属性の魔法だもんね……アハハっ、あそこまでベロンベロンだったら逆に大丈夫そうじゃないかな?少ししたら吐いて、多少は意識も戻ってそう!」


「んー、それもそうか……とはいえ、空はまだ明るいからなぁ……花火が始まる直前までお前さんはここにいるのか?」


「まぁねー……今日は本当に銀級冒険者レイラとして祭りに参加してるだけの一般人だからさ。最後までまったりのんびりと、収穫祭の雰囲気を味わうつもりだよ」



 そうか……有給でも取ったのかね。護衛騎士にそんな制度があるのかもわからんが。ってか、よく見ずとも今のこいつは明らか私服だもんな。帽子で目元を隠してたとはいえ服装自体はシンプルな白のワンピースだし。武器も特に――まぁ、うん。盾とか剣は所持してないからな。完全なオフの日ってことなのかね。



「なんすかー?そんなにじっとボクのことを見つめちゃってさ…クッキーはもう持ってないからねー?」


「ん?あぁいや。いつも大盾背負ってるんでアレだが、こうしてみると細いなって思ってな。スラっとした体形にその服はよく似合ってるぜ。銀髪に白色ってのもなかなか映えるんだなぁ。やっぱお洒落だわ、お前さん」


「えっ?いや、えーっと。う、うん!褒めてくれてありがとねっ。いやぁ、リオちゃんをあんな格好にしちゃったからさ?ついつい、ボクもたまにはこういうのを着てみよっかなって思ってね!でも、こういう服装よりもいつもみたいな短パン系の格好の方がボクは似合ってるねー、やっぱり。髪も今じゃリオちゃんの方が長いしさー?今回はちょっと失敗だったよ、アハハ~」


「そうか?クリムゾンとこの女性メンバーがそういうの着てたりする方が絵面的にキツいと思うぞ……。

 そのカッコだといつもの男勝りな雰囲気もあんまし感じないしな。ギャップってやつで数倍よく映えるとおもうぜ。

 そもそも可愛い顔立ちしてるんだから、どんな服でも似合うだろ」



 いいよな、顔がいい奴はよ……俺なんてよくても中の上だぞ?この世界では日本人特有の童顔補正と清潔さ補正が掛かって、そこそこよくは見られるっぽいが……おっさんの童顔なんて誰得だよ、まったく…。

 リオとかもきちんと成長したら、アレックスの奴らみたいにゴツくキリッとしたイケメンになるのかね……ダメだ、今のイメージが強すぎて全く想像が出来ん…。



「あ、あははっ、いやぁ、ボクのことよりもリオのカッコを褒めてあげなよー。朝早くから頑張って仕上げたんだからねっ?

 ほらほら!リオがこっちの席に向かってきてるんだから、クッキーのお礼に誉め言葉くらいいっぱいかけてあげなよっ?わかった?」


「一応、待ち合わせ場所でも褒めたとは思うんだがな……まぁ、そこまで苦労して準備してたんなら、もうちょい言っとくか……」


「うんうんっ、褒めれば褒めるほど男の娘は綺麗になっていくからね!可愛いって言葉もたっくさんかけてあげるんだよ?当然…心を込めて、ねっ―――あー、顔あっつー…」


 

 いや、それを言うなら男の子じゃなくて女の子だろうが……それに俺は遊び慣れてるわけじゃないんでね。嘘とか軽くでも、かわいいとかの誉め言葉はでてこねぇよ……そういうのは本音じゃないとどもる自信があるぜ。

 それに、クッキーのお礼はもう買ってあるからな。


 って、おいおい……リオのやつ、どんだけ貰ってきたんだあれ……一皿に盛れる程度って、少なく見積もっても10枚は超えてるだろ…。



「せんぱーいっ!いっぱい貰えましたよーっ!これ、一緒に食べながら夜までゆっくりしましょ?――って…あれ?レイラさんじゃないですかっ!わぁ、その服すっごい可愛いですねっ!似合っててとても素敵ですっ」


「う…う、うがあぁぁっ……ボクを褒めないでくれぇ……壁の花は嫌だ。ボクもシミがいい…」

 

 

 あー、うん。わかるぜその気持ち……褒められるとむず痒くなるんだよなぁ。お前さんも同志だったか――今度からこいつをからかうときは、褒め殺しにすればいいわけだな。メモメモっと。

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