行きも帰りもよよいのよい
昨夜は町民全体でかなりの盛り上がりを見せていた。現代でいう、町内の公民館を中心に行われる夏祭りくらいの規模間で賑わっていた。
というのも、この町で暮らす人々にとっては大量の小麦をワーデルスへ運搬する日こそが収穫祭にあたるからだろうな。なので、昨夜はその前夜祭といったところか。
どうやら、運搬の護衛をしてくれる人をもてなす意味合いもあったらしく……そりゃもう盛大に祝われた。ありゃ祭りの主役だな。
豊穣の灯りのメンツが綺麗どころで揃ってるのもあって、すごい騒ぎになってたぜ。よく喋る御者さんいわく、例年よりも派手だったそうだぞ。
リオとレイラなんかは爺さん婆さん連中にもみくちゃにされてたしな。どうも、見た目の年齢が若いとお年寄りのもてなしに強制参加をくらうみたいだ。
特に飯。引っ切り無しにおかわりとか持ってこられてる姿を見て、さすがに慄いたね。明らかに腹一杯になってそうでも持ってきてるんだもんな。
ああいうのはちゃんと口ではっきりと断らなきゃダメだな、やっぱり……隣で食べ続けてたレイラはなんなんだよと思うが……いや、本当に。ギャルなあのお方と張れるんじゃないですかね、ええ。
んで、俺はというと、ただ傍観してただけだな。ヘンテコな躍りとか神様への感謝の歌とか、全部参加せずに眺めてたわ。
もとより、こういうのは一緒に混じってわーきゃー騒ぐよりも、そういうやつらを観てる方が楽しいと感じるタイプだしな。俺が中坊の頃だって、町内の祭りとかは友達同士の盛り上がりを一歩後ろから聞いてたしよ。
祭りのあの雰囲気を屋台の飯を適当に摘まみながら、一人静かに浮いてるのがいちばん心地良いんだわ……寂しいやつとか言うんじゃねぇぞ?言い訳でも誤魔化しでもなく、ちゃんと本心なんだからなっ!変に優しくされたり指摘される方が惨めになってくるのよ…。
でも実際、"豊穣の灯り"の面々の絡まれ具合を見てると傍観者で良かったと思うんだわ。正直なところ、平民区画の飯はそんなに美味しくないからなぁ。いや、まぁ…これに関しては俺の舌が現代日本の味で肥えちまってるのが原因なんだけどよ。実際、リオとかレイラは普通に食ってたし。アリーならちょっと微妙とは思ってそうだが……俺ほど美食家じゃないだろうしな。
とはいえ、屋台に売ってる塩が振られた串焼きとかは美味しいぜ。ちょっと筋張ってはいるが、現代でもスーパーの安い肉で満足できる程度だったんでね。それでもそっちの方に軍配が挙がるんだけどよ…。
神様への信仰心も殆どないから讃えるにも、なぁ……せいぜいチートをくれたことへの感謝くらいか?いや、それならそもそもこの世界に飛ばすんじゃねえって話なんだが。まぁ……神様が本当にいて、俺を転移させたのかは知らんがな。
まっ、だいたいそんな騒がしい夜を過ごして迎えた翌日なわけで。さすがに今日の護送もあり、ほぼ皆お酒だけは断ってたみたいだな……断れたのには、レイラが皆の分のヘイトを買ってたのが大きいと思うが。大食いでうわばみって……いったいどんな胃をしてるんだかね…。
「いやぁ~、昨日の夜もそうだけど、見送りも凄かったねっ!ビックリしちゃったよ、ボク」
「ふふっ、お祖父様ったら…ちょっと張り切りすぎちゃったみたいね。さすがにあそこまで盛り上がるのは、私達を相手にした時のタエフ町くらいよ?他じゃこうもならないわ、きっと」
「それでも御嬢様のいらっしゃる金級パーティーですので、"町"の規模ですと例年よりも盛り上がることになるかと」
「だってよ。リオも今の内に慣れないとな?」
「そ、想像よりも金級って凄いんですね……頑張らないと!」
「おう、その意気で励めよ」
「こちらとしてはそんなに張り詰めなくてもいいわよ…って感じだけれどね。ほどほどでいいのよ。現に、銅級でも気ままに生活を送ってる人がいるわけだし?」
「ねーっ!……さすがに宿は変えた方がいいと思うけどさ?っていうか、家があるならそっちに住めばいいのにー!もったいないよっ」
「うるせっ、家だと森まで遠いんだわ。俺はお前らとは違って、殆ど毎日仕事してるんよ。稼ぎが多いのだって、ちゃんと働いてるからにすぎないんだぜ?
んな、護衛依頼とか危険度の高い討伐依頼みたいに、一回でドカンと稼げる仕事は請け負ってないんだわ」
「なら、貴方も……わ、私のところに来ない?豊穣の灯りに所属してくれるなら、クランハウスだって使えるわ。部屋にもまだ空きはあるし、歓迎するわよ?」
「わぁっ!先輩が一緒に居てくれるなんて…僕も大歓迎ですっ!」
「ボクも大々だーい賛成だよっ!
外出に付き合ってくれるのが今のところリオくらいなんだよねー……おっさんだったら付き合いとかも良さそうだしっ、ボクが知らないお店とか教えてくれそう!」
「私も御嬢様のかねてからの願いですし、賛成です」
「じゃあ、私もよ~」
「おいおい……勝手に加入の流れにするんじゃねぇっての…まったく。誘いの言葉とか、受け入れてくれる気持ちはそりゃありがたいがな?残念ながら、俺は独りでよろしくやってるんだわ。心苦しいが、断らせてもらうぜ」
「え~……頑固だねー、ほんと。アリー?これ、けっこう難易度高いと思うよ?もっと押せ押せでいいかもっ」
「それはそれで逃げられそうなのよね……はぁ」
ったく……人様を攻略扱いするんじゃないっ。俺は猫かっての。いや、ギミックボスとかの線も……そっちはそっちで嫌だわ。めんどくさいって酷評されるじゃねぇか!
ってか、こうして会話に花咲かせてるけど、いま荷馬車の護送中だぞ?七台もあるんだぞ?それなのに御者と俺らしかいないんだぜ?中央で固まってくっちゃべってていいのかよ……文字通りの意味で行きはよいよい帰りは怖い、だぜ…。
「なぁ、本当に配置これでいいのか?行きはあんなに固めてただろ?」
「えぇ、これでいいのよ。御者もお祖父様の所のだし、信頼とか評価は気にしなくて大丈夫よ」
「まぁ、楽していいのはありがたいがな?俺が気になってるのは、これでちゃんと護衛できるのかって点なのよ。依頼失敗したら元も子もないだろ?」
「おっさんって案外心配性だよね!職務にも真面目だし……私的なところも別にだらしないってわけでもないから…ほんと、優良だよっ」
「先輩、安心してください!中央に集まってるのにもちゃんと理由があって―――」
『モースラトゥーの群れが来たぞぉっ!』
まぁ、こんだけ小麦を大量に運搬してたらそりゃ来るよなぁ。この時期になると大量の穀物類を狙って襲いにくる虫系の魔物、モースラトゥー。ざっくりいうと、大きい蛾だ。大きいとはいえ全長50センチ程度なんで、地球上を探せばいないことはないだろ……たぶん………昆虫には詳しくないんだわ。
厄介なのは、植物を腐らせる毒を持つ鱗粉を撒いてくる点だ。人肌にはせいぜいかぶれるくらいの影響なんだがな。
そんなやつらが群れでやって来るんだ。しかも、刈り取られたタイミングにしか来ないという、この害悪さよ。
「おーい、来てるってよ。のんびりしてていいのか?」
「大丈夫よ――ほら、奴等はこの荷馬車に近づけてないでしょう?御者もあくまで来たことを知らせてくれただけだから、安心していいわ。追い詰められてるわけじゃないの」
「まぁ、それならいいけどよ?おそらく、魔力で壁張ったりとかしてるんだろうが……」
「そうなんです!僕たちの場所を中心に、それぞれのギフトの魔法効果を持った魔力を円形で展開してるんです!」
「ボクが氷魔法の応用で擬似的な
ボクたちはアリーの展開した魔力に
「そうでもないわよ。
あー、ダメだ。何言ってるのかさっぱりわからん。
どうやら、魔法にはギフトで与えられたスキルをそのまま使う方法と、スキルの過程を自力で再現して使用する方法の二種類があるらしくてな。後者の方を熟達することで、魔力そのものを自在に操れるようになるそうだ。
どのみち、魔力を外に放出することができないと始まらないんで、そういうスキルのない俺には魔法とはおさらばするしかないんだが……スキルの発動で失われる魔力は外に放出するのとは違うっぽいんだよなぁ。この辺の仕様もどうなってるんだか。
「安全ならいいんだ……魔力壁にスキルを含ませてるんなら、盗賊の類いも問題なさそうだな」
「ええ、もちろんよ……もしかして、魔力だけじゃ物体までは防げないことを気にかけてたのかしら?」
「まあなぁ……モースラトゥーの鱗粉に含まれる毒って魔法だろ?だから魔力を張って毒性を取り除く方法は一般的ではないにしろ、そこそこ聞くんでね。てっきりそれかと思ってたんだわ」
「へぇ……ほんとにおっさんって博識だよね。一般的ではないどころか、かなり昔の防衛方法だよ、それ。それこそ、スキルを通さない魔法の使い方が編み出された当初の技術だしさー?」
「おっさんだって魔法を夢見た時期があったのさ……誰しもが憧れるもんだろ?魔法使いによ」
「そんなものなのかなぁ?たぶん、珍しい方だと思うけど……身体強化系のスキルがあるギフトの方が人気だし!」
「僕も魔法のスキルはあんまり……だと思います。魔道具を作れるのはいいんですけど、いざ魔法を使うとなるとごっそり魔力が無くなりますし……戦闘中に選択肢が多いと変に悩んじゃうこともありますから…」
「私のように魔力も多くて、練度も高いなら使いこなせるでしょうけど……そうね、天稟のスキルがなかったら私もここまで魔法を扱えてなかったでしょうね」
「えぇ……なんか、一気に夢を壊された気分だぜ…そんなに難しいものだとは知らんかったわ」
「それは悪いことをしたわ……まぁ、使えれば今みたいに楽ができるのよ。そう考えると便利でしょう?」
「そりゃそうだけど……俺が使ってる訳じゃないからなぁ。お前さんの負担がどんなものか知らずに便利扱いするのはちょっと、な」
「優しいわね。でも、貴方達とこうしてお喋りできるくらいには余裕よ?帰りは任せなさい」
「おう……んじゃ、任せたぜ。その言葉に甘えさせてもらうとするわ」
途中で何度かモースラトゥーの追加がやって来たが、問題なく地面にボトボトと落ちていた。幸い盗賊の類いには襲われず、無事に俺たちはワーデルスへ到着したのであった。
街へ着く頃にはアリーの口数も減っていたんで、さすがに疲れはあったんだろうな。
今度、アリーに何か奢るとするかね。祭りの屋台で面白いものがあれば、それをプレゼントするのもいいかもな……いや、変に角が立っても嫌だし、ここは無難に奢りでいいか。
プレゼントなんて人によっては地雷原のようなものだしな。下手に手を出すのはちと危険だぜ。特に異性相手は、な……。
―――◇◆◇―――
【モースラトゥー】
分類:虫系魔物(小型)
危険度:☆
[主な特徴]
成虫の開長が平均50センチになる、紫白色をした蛾のような小型の虫系魔物。闇魔法が付与された鱗粉には植物をじわじわと腐敗させる毒がある。しかし、他の魔力に触れると毒性が簡単に失われるため、魔力を含む植物や動物にはほぼ無害である。
なお、産卵は腐敗毒で開けた木の穴に行うため、刈り取られた小麦を襲う理由は不明である。一説には、魔物と化す前の習性が残っているのだとも。
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