溶岩魔物マグマンと鉈の秘密
「どっせえぇいっ!」
―――スパンッ
「そうりゃぁっ!」
―――スパパンッ
「おっさんのそれ見てると、鎌使って小麦刈るのがバカらしく思えてくるんすけど……腰も痛めなさそうだしさー」
「ほんと、先輩の鉈って何でも切れますよね。僕と出会う前からすでに持ってましたし……いつから使ってるんですか?」
「お?これか?そうだなぁ……かれこれ8年位は経ってるんじゃないか?そう思うと、かなり長持ちしてるよな」
「でも、貴方のそれは市販のものじゃないわよね。特注品じゃないの?私、貴方の薦めを聞いて鉈を購入しようと思ったのだけれど、そんなに刀身が黒い鉈なんてどこにもなかったわよ?」
「あー、まぁ……特注っちゃ特注品ではあるなぁ」
俺たち一行はタエフに到着したその翌日に、せっかくだからということで、依頼主である農家のまだ回収しきれてない小麦を刈る体験をさせてもらっていた。
とはいえ、ワーデルスに運ぶ分の小麦は収穫済みなんで、本当に依頼に関係ないただのお手伝いではあるが…。
出発は明日の昼頃からだそうなので、今日いっぱいは各々好きなことをしようとなり、俺とリオ、レイラとアリーはこの収穫体験を。ルーナとエマは珍しくアリーの下から離れて、土産品などの買い出しに行っている。
そこで、いざ小麦を刈るぞ!となり、最初のうちは貸してくれた大鎌を使っていたんだが………体感三十分程で腰に限界を感じてしまってね…。
やっぱ、普段しない作業で慣れない道具を使うのは難しいわ。若い頃なら有り余る体力に任せて出来たんだろうが、年取ると体が悲鳴を上げちまう。使い馴れた道具が一番よな。
ってわけで、持ってきた鉈を使い始めたのよ。しかも、こっちの方がよく切れる。
「たしかに!そんな光沢のない黒色の刀身ってボクも殆ど見たことないや……艶消しとか塗ったりしてないよね?それ。たぶんだけど」
「おう、特にそういう処理はしてないぜ……こいつに関しては手入れもよくわからんから、軽く拭く程度だしな」
「はぁっ?それで8年も持つなんてとんでもない素材が使われてるよねっ?かなりお高い……もしや魔道具製の武器だったり!」
「んー、魔道具ではないが……こいつ、何でできてるんだろうな?」
「ん?どういうことかしら。博識な貴方ですらそれに使われてる素材がわからないの?」
「まあなぁ……いろいろと混ざった混合物としか解らんのよ……まっ、でもこいつの切れ味はすげぇぜ?みてろよ、今から勇気のトライフォース所持者ばりの大回転斬りをお披露目してやるからなっ!
えぃあぁぁっ!」
―――スパスパスパスパ――ガキィンッ
「あっ……」
「あら、大きな石が砕けてるわ……」
「えぇ……切れ味というかそもそもが硬いってなんなのさ」
「せ、先輩っ?!け、怪我はないですか?大丈夫ですか?石の破片とか当たってないですかっ?」
「お、落ち着けリオ。俺もこの鉈も問題ねぇよ」
「よ、よかったぁ……」
「いや、鉈にも問題がないってどうなのさ。今ので刃毀れの一つもしてないのはさすがにおかしいからね!できることならボクの盾もその素材で作りたいんだけど!」
「もしかして………よかったら、貴方の鉈を作ったところを紹介してくれないかしら?情報料だけでも言い値で払うわ」
「お?マジで……とはいっても、こいつの元々の素材ってただの魔鉱だぞ?魔力の浸透率が高いとはいえ、魔法スキルのない俺にとっては手に馴染みやすいってだけだしな」
「うっそだぁ……魔鉱がそんなに頑丈なわけないじゃん…」
「まぁ、あくまでも元々の素材がそうってだけだしなぁ……さっきも言ったように、今のこいつが何でできてるのか俺でも分かんねぇんだわ。
そうだな、ちょいと経緯を話すか……まぁ、丁度昼だし休憩がてら聞いてくれや」
「もうそんな時間なのね……話も気になるし、一旦部屋の中へ入りましょうか」
「さんせいーっ!」
「えっ?あ、はいっ!」
―――これは、遡ることだいたい7年前の夏。俺が恒例の山に籠ってた時のお話だ。
『いやぁ!今年の夏もあっついなぁ!今日は何をしようか……そうだ!――』
「ちょっと待ってくれ……あのときの俺は何をしようとしていたんだっけか…?」
「えぇぇっ!そこで忘れるの?まだ序盤も序盤だよっ」
「仕方ねぇだろ。5年以上も前のことなんざ細かく覚えてられるかっての。大まかな流れしか記憶にないんだわ」
「でもでもっ、おっさんから話持ち込んできたんだよ?あんな語り出しされたら続きが気になっちゃうじゃん!」
「まあまあ、いいじゃないの。それで?その大まかな流れというのはどんな感じなのかしら」
「ん、あの頃の山籠りするときの拠点は涼しいのもあって適当な洞窟の中でね。それで、いい所がないか探してたんだけどよ…。
いくつか見つけた洞窟の中の一つに、異様なほどに熱気を感じる場所があってな?もしなんか異常でもあったらギルドに報告しないとな、と思って中に入ってみたんだわ」
「熱気……ですか?」
「もしかして、地熱かしら?それでも洞窟の表層で感じるのはおかしいわね」
「うんうんっ。それでっ?」
「まぁ、原因はあっさり見つかったのよ。ちょっと入ったところに、マグマンがいてな」
「えっ、あのマグマンが洞窟の表層に?」
「その洞窟、深いところに溶岩溜まりでもあったのかしらね」
「マグマンって危険度星4つの魔物でしたよね……危なくなかったんですか?」
「まぁ、あいつは明るいんで洞窟の暗さでも遠目から見えたんでな。ひとまず、どうしようか考えることはできたぜ」
単体危険度星4の無生物系に分類されている魔物、マグマン。
一応この世界にもいる、ファンタジーにはおなじみのスライムと同類ではあるっぽいんだが……見た目はマグマとか溶岩で思ったよりゴツゴツしている。
なんだろうな……ドラクエに登場する、ようがんまじんの手を消した姿を想像するとマグマンに近いんじゃないか?残念ながらこの世界じゃ物質系じゃなくてスライム系だけどよ。
「んで、考えた末に……まぁ、倒せるかなって」
「えぇ…アレ討伐するのかなり大変じゃなかった?水かけたらめっちゃ固くなるから核を破壊できないし……かといってそのまま近づけば熱いし、剣なんて刺したときには核に到達する前に溶けちゃうよね?」
「普通はそうなんだろうが、たぶん生まれてから日が浅い個体でな。大きさは膝に届かない程度で、コアを覆う溶岩も薄くサラサラしてたんだわ。
防御が厚くなくて粘性が低いなら、素早く突き立てればイケると踏んだのよ。放置して大きくなる方が困るだろ?」
「たしかに、そうですね。それで、倒しちゃったんですか?今のところ肝心の鉈が出てきてないんですが……」
「まぁ、倒せたと言えば倒せたんだが……一月くらいかかってな」
「ひと月……1ヶ月もマグマンと戦ってたんですかっ?!」
「えぇ……体力すごいっすねー…」
「んなわけあるかいっ。鉈を突き刺したはいいものの、温度がまだ少し低めだったようでな。途中で溶けきってない岩に当たったのよ。それでも、なんとかコアに届きはしたが、刃先が食い込む形で完全には壊しきれなかったんだよなぁ…。
さすがに近くにいるのは熱すぎたんで、泣く泣く鉈を刺しっぱにして離脱よ。まぁ、もとより倒すために鉈は捨てる気でいたからいいんだけどよ?」
「まぁ、そうよね。マグマンを討伐するにはそれこそ魔道具の武器でないと基本的には損失前提よ。だからこそ、推奨武器が弓なのだけれど」
「矢が再利用できなくなるのも痛くはあるがな。まぁ……その日はもうどうしようもなかったんで、山から降りたときにギルドに報告するしかないと思って放っておいたんだわ」
インベントリを使えば、万が一のとき用に色々と仕舞ってあるんでどうにかなってはいたんだが……マグマンの発見および討伐ともなるとギルドへの報告は絶対だからなぁ。
このドックタグにおそらく仕込まれてるであろう貢献度も、星4の討伐ともなるとかなり加算されるだろうし……不思議なことに、魔物討伐関連は報告しないで隠しておくやり方があんまり通用しないんだよな。というか、その辺のシステムが解明できてないもんで、バレるリスクをとるのが怖くて選べないんだわ。
裏技として、始めからドックタグを外してインベントリに仕舞っていれば大丈夫なことは分かってるんだが……攻撃を仕掛けたときはうっかり付けたままだったんだよなぁ…。
「そんで、大きくなってたらその情報も伝えなきゃなんで、山を降りる日にもう一度確認してみたんよ」
「んーっ?見つけたその日に下りて、ギルドに報告はしなかったんだ?」
「ん、まぁ……面倒だったからな…それに、山籠り初日にすぐ帰参って…なんか、気分的にこう、な?」
「えー……まっ、いいや!それで?確認したらどうなってたのっ」
「…なんと、ちゃんと倒せてたぜ!」
「おおーっ!さっすがぁ!」
「出現したてなら核を傷つけただけで倒せるのね。これはいいことを知ったわ」
「さすがですっ、先輩!」
「だろ~?俺なら鉈一つでマグマンをやれるんだわ」
「あれ……そういえば、その鉈は結局なんなんですか?」
「そうじゃんっ。今のところただのおっさんの自慢話でしかないじゃん!」
「……あぁ、そういうこと……熱された魔鉱の魔力に沿う形でマグマンの溶岩が新たな刀身を形作ったのね……さながら天然の魔高炉、といったところかしら」
「えっ?何そのとんでもない奇跡……はぐれのマグマンと遭遇したところからして、自然に愛され過ぎじゃないかな?ちょっと羨ましいんだけどっ…!」
「まっ、たぶんアリーの言った通りの事が起こったんだろうな。かちこちになった岩石の上にこの鉈が転がってたんだわ。流石に持ち手の部分は溶けてたんで、そこは交換したがな」
それでも刀身が綺麗に作られてたのにはかなり驚いたな。出現したばっかのマグマンに鉄よりも融点の高い魔鉱、コアを傷つけたことによる魔力への影響諸々……様々な要因がたまたま噛み合って出来た代物なんで、特注も特注よな……注文はしてないが。
まぁ、再現性はかなり低いと思うんで、世界に一本だけの鉈ではある。そんな稀少品を雑に扱ってるのに今さら罪悪感が沸いてきたぜ。いつもお世話になってるし、ちったぁ丁寧に使うか。
「よし!けっこう話し込んじまったみたいだし、ここで休憩は終わりッ!さぁ、残りの収穫もパパッとやっちまおうぜ。
――この貸し出されてる大鎌でな!」
「えっ?大鎌?」
「……貴方の思考がさっぱりだわ…」
「はい、先輩!一緒に頑張りましょうねっ」
―――◇◆◇―――
【マグマン】
分類:無生物系魔物(小型~中型)
危険度:☆☆☆☆
[主な特徴]
マグマ溜まりの近い洞窟深層や火口付近でよく見かける不定形な魔物。火炎魔法と土魔法を用いて溶岩を生成し、核を覆う形に維持することで外敵から身を守っている。生成された溶岩の粘性が強く、中型のマグマンほど生まれてから時間が経っている。
また、マグマン同士が融合し、より大きく変化することがある。この個体をヒュージマグマンと呼ぶ。核も結合して一つにまとまるため、マグマンとは別種として扱われる。
なお、融合に失敗するとどちらも核が崩れ、活動を停止する。融合の成功には互いの火炎魔法と土魔法の練度が近しいことが条件となる。
[ウィルテューム深層土]
ウィルテューム山の深層にて採取できる土。魔力を加えるほど密度が高くなり、硬質化する性質を持つために加工が困難。自身の保有魔力を外に出さない卓越した魔力操作技術と、魔法を使用せず炉の火力をあげる方法、魔力が薄い環境のもとでようやく完成品が生まれる。
Tips:麓に降りてきた竜を撃退するため、村の若者が神様の力を借りようと供物の壺に糞を詰め竜の鼻を狙って投げたが、狙いが外れて竜の額に当たった。そのとき壺は割れず、額の鱗を砕いた。結果、竜の撃退に成功し、若者は村の英雄となった。現在、その壺は王城のどこかに飾られている。
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