護衛に潜む、お喋りモンスター


 まだ空が薄く藍色に覆われている朝方。俺はワーデルスの北門にて一人寂しく立っていた。

 

 この街は東西南北にそれぞれ出入り口となる門がある。四方向に門がある街ってのは、それだけで栄えている象徴にもなるらしいな。

 西門は俺がよく行く森に続く場所で、東門からはオルシア王国の王都方面に繋がる道へ出られる。南門からはビエト子爵領方向に、北門は連合国へ続く道へ、って感じだ。

 そのために、西門以外は道路がある程度整備されている。馬車や荷車がよく通るんでな。んで、門近くにはそういったものを駐車できるスペースがあるんだ。

 まぁ、そのまんま駐車場って感じなんだが……この世界の人々からすると、駅らしい。ここで乗り合い馬車とかを探すわけだな……たしかに役割的には駅とか停でいいのか…。


 結局、俺はアリーの助け船に乗っかることにした。一度断った手前申し訳なかったが、それでも快く受け入れてくれたのには素直に感謝しかない。いやぁ、この年になってようやく友達のありがたみを実感するとはねぇ……おいコラ、誰だボッチとか思ったやつ!――俺だよっ!


 虚しい一人漫才を心のなかで繰り広げつつ、あまりにも早く来てしまったことで生まれた長い待ち時間をなんとか潰していた。



 そろそろ無我の境地に到れそうだと感じた頃、豊穣の灯りの面々がこちらへと向かって来る姿を確認できた。ちゃんと5人、フルメンバーだな。



「よう、俺もさっき来たばっかりなんだわ」

「うぃーっす!おまたせっ、待った?」


「「ん?」」


「…ねぇっ!せめて、その言葉はボクの後に言ってよ!なんで出鼻を挫くのさっ」


「いや、そっちが俺の邪魔したんじゃねぇか。俺は待ってないって意思表示を先にすることでお前らの心的負担を少しでもな?」


「はいはい、貴方達が仲良しなのは分かったから。さっさと準備していくわよ。もう依頼人の馬車は来てるみたいだしね」


「ぬ?俺たちが受けてるのってタエフ町からワーデルスに向けての荷馬車の護衛だよな。こっから更になんか護衛するのか?」


「そうよ。タエフ町に向かう道中で何もしないなんて、時間がもったいないじゃない?それに、隊商の護衛依頼だから、荷物も載せてもらえるし、ご飯もあっち持ちよ?これでお金まで稼げるんだから、やって得しかないわ」


「おいおい……そりゃ、あんたらの総合評価が金だからだろうが。アレックスのとこでもそんな優遇はされねぇぞ?」


「いいじゃない、向こうだって相場よりはるかに安く金級を雇えてるのだから損はしてないはずだわ。甘えられるところは甘えていきましょ」


「御嬢様、依頼主の方々に連絡をつけてきました。いつでも出発できるそうです」


「ん、ご苦労様。というわけだし、早速向かいましょうか」


「よし、いくよっ!リオもこっちこっちー!」

「……ふぇっ?…わわっ、う、腕が取れちゃいますって!ひ、引っ張らないでくださぃーっ」



 あぁ、寝起きだったんだな……リオ。朝からあんなテンションお化けに連れ回されるなんて可哀想に。その調子でヤツを引き付けといてくれよー。寝起きじゃないとはいえ、早朝にうるさいのは俺も苦手なんだわ。



「ところで貴方、荷物はそれだけでいいのかしら?いまなら取りに戻るくらいは待ってもらえると思うけれど……」


「ん?あぁ、俺には鉈と背負い袋さえあれば十分だ。カネは懐に忍ばせてるしな。実際、あっちに行ってもすぐ護衛して帰ってくるだろ?祭りまでひと月もないことだし、せいぜい滞在してもタエフで2泊3日ってところか。」


「まぁ、そうね……せっかくの旅行なのだから、ほんとは1週間ほど滞在したかったのだけれど。その機会はまた今度かしらね」


「せんぱーいっ!早くこっちに来てくださいよーっ!僕だけ生贄にしないでくださぃ~っ!」

「あーっ!ひっどーい……レおっさーん!リオがボクのことを悪く言ってきたー!」


「なんだレおっさんて。そこまで言ったならレオンさんの方がもはや呼びやすいだろ……わかった!今行くからちょっと待ってろ!」


「ふふっ、彼も人気者ねぇ~」


「ええ、ほんとにね……さ、私たちも行きましょうか。隠居してから会ってないのだけれど、今もお祖父様は元気でいらっしゃるかしら?」



 おうふ……なんか聞きたくない言葉が聞こえてきた気がするぞ?……よし、聞かなかったことにしておこう。フラグは気づかなければ、立ってないのと同じなのだよ…。


 

「では、豊穣の灯りの皆様方。出発いたしますので護衛の方をよろしくお願いいたします」


「ええ、任せて頂戴。魔力探知も兼ねるから私は中段にいるわ。何かあったら拡声して伝えるわね」


「ありがとうございます――よぉしっ、出るぞぉっ!神の御導きにっ!」

『御導きにっ!』


 うわ、うるさっ!……でもまぁ、足並みをそろえるためにも後続の荷馬車への声掛けは重要なんだよな。出発進行~とかが御導きに!ってなってるのはこの国ならではで、ちょいと新鮮に感じるが……慣れれば意外と気にならないんだよな。もちろん、初めて聞いたときはちょっとしたカルチャーショックだったけどよ。


 ちなみに一番の文化的な驚きといえば、信仰心が篤いわりに、肝心の信仰対象になんと名前がないんだわ。口にしちゃだめとか、発音できないとかそういうんじゃなくて、そもそもの名前がないんだと。

 どうやらギフトをもらったり、新たなスキルが発現した際に神とやらの声が聴けるらしいんだが……歴史上、神からの自己紹介がないので名前がわからないんだそうだ。声からして女性っぽいという情報しかないらしいぞ?どうも、勝手に神様に名前をつけたりはしなかったみたいだな。



 はてさて、護衛の仕事中にどうでもいいことを考えてるのはどうなんだと思われるかもしれないが……隊商の護衛依頼って基本退屈なんだわ。ただ、荷馬車に並んで歩くだけ。冗談じゃないからな?本当に歩いてるだけで終わることが多いと聞く。馬が荷を引くとはいえ、駆けてるわけでもないから速度は対してでないしな。護衛は徒歩なのよ。

 しかも、人数が多いんでよっぽど狂暴な魔物でもないと襲われることはまずない。というか、街道沿いにそんな魔物が出てきたら普段の冒険者や街の騎士団達は何してるんだって話になるんだわ。


 じゃあ、冒険者を雇う意味は何だとなるが……正直言って、隊商を組めるレベルの商人の護衛依頼は金級にしか回ってこない。もうちょっと規模が小さいのだと銀級でもあるんだがな。

 つまりは、商人の箔付けってやつだ。金級は居るだけでライバル商人への牽制にもなるそうだし。後は、盗賊とかへの抑止力ってところか。なんなら隊商付きの護衛もちゃんといるしな。対人と商品の警備が主な役割ではあるが…まぁ、盗賊相手なら十分な戦力になる。

 

 それでも、アリーは真面目に仕事をする性格みたいでね。メンバーの配置がしっかりしてるのよ。そういう小まめな所とかが信頼される要因なのかもしれんが…。

 おかげさまで俺は一人ポツンと隊の最後尾を歩いているぜ。近接役は一番前と後ろに分かれるそうだ。きっと、レイラも一番前でぐだぐだ言ってるだろうな……いや、あいつのことだから謎のコミュ力を発揮して御者と楽しく喋ってそうだ。うん、容易に想像がつく。


 そうだ!そういうイメージが湧くということは…だな。つまるところ、俺にも同じのができるってことじゃないか?頭に浮かんだのをそのまま再現すればいいだけだろ?おおっ、簡単じゃん!

 最後尾の荷馬車にも、もちろん御者はいる……よし、ついに俺もコミュ強の仲間入りを果たす時が来たようだぜ……クックック…。



「…い、いやぁ……天気、いいっすねぇ……」


「ほんとですよ~、いやぁ、晴れてくれてよかったです!まだちょっと暗いので確認しづらいですが、雲も少ないみたいですしいきなり天気が崩れてしまうってこともなさそうですしね~。ほんとによかったよかった!

 この旅程はこの調子でいけば2日もたたない内につきそうではあるので、明日も晴れてほしい所ですね~。でも、今日の夜にはこの調子でいけば道中にある街道町で過ごせそうですよ!まぁ、町といってもほとんどが宿と馬用の小屋しかないんですがね。その代わり、泊まれる場所は多いので、宿場町で野営なんてことにはならないと思いますよ!あぁ、でもこの時期だとワーデルスに向かう人たちが多いので、もしかするとってことはあるかもしれませんね。

 確か、豊穣の灯りの皆さんも祭りのための護衛依頼を受けるために向かっているんでしたよね?いやぁ、お疲れ様ですよ!私たちのような大人数だと護衛のしがいがないと思いますが、その分ゆっくりしていってください。夜ご飯の方も期待しちゃって大丈夫ですからね~?ウチのところの隊長、実は見栄っ張りなんですよ…金級の、それも豊穣の灯りの皆さんが護衛についてくれると知って随分と張り切っちゃってましてね。今回運ぶ商品だって最初は―――」



 この後も彼のお喋りが止まることはなく、宿場町に到達するまで延々と話を聞かされ続ける羽目になったのであった。





―――◇◆◇―――


レイラ「でねでねっ!びっくりして思わず落としちゃったの!そしたら割れると思うでしょっ?だって壺だよ?壺!しかも陶器でできてるからさー…あちゃー、やっちゃった。って半ば諦めてたの!でもっ、割れることなく床にドスンっておちてねっ?陶器は陶器でも、あの加工が難しいウィルトゥーム深層の土をふんだんに使ってた壺だったんだよねー…それでホッとしたのも束の間っ!落ちた床を見ると、なんとねっ?―――」


御者「・・・」





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