非日常的な儀式


 読まずに積んでしまった本を消化する。何もせず惰眠に更ける。時々外に出て釣りをしたり、獣を狩ったりして一人バーベキューを楽しむ。意味もなく大声を出してみたり、精霊の真似事をして森を散策する。

 そんな日々を過ごしつつ、正確に一月たったか分からないがそろそろ帰るかと思い、森の浅いところまでテレポートした。

 いやぁ、仕事もなく、人との交流もなく、ただただ自分のしたいことをいつでもできる時間……最っ高に幸せだわ。まぁ、長続きはしないがな。一月もあれば充分よ。



 街へと向かう道中にポツポツとだが冒険者とすれ違うようになった。タグからして鉄級ばかりだが、補給の仕事に出ていないってことは戦争は終わったんだろう。あの緊急依頼だけは鉄以下も強制参加だしな。


 門前に立つ守衛に銅色のドックタグを見せながら、歩みを止めずにそのまま流れで街中へと入る。

 俺レベルにもなると顔パスなんだわ。顔引き攣らせてさっさとは入れみたいな表情されるだけで。


 街の入り口から続く大通りを少し進むと、道沿いに冒険者ギルドが見えてくる。

 街中の雰囲気から察するに、今年もオルシアが勝ったようだ。沈んだ雰囲気も感じられないので、戦死者の弔い関連の仕事も終わってると見て良さそうだな。


 扉を開けなくても聞こえてくるドンチャン騒ぎの音に少しうんざりしつつも、ギルド内へ。

 俺の帰還報告はさっと終わらすから。水を差したようで悪かったな、と心のなかで謝罪しておく。



「おかえりなさい、レオンさん。これまた綺麗に戦後の処理が終わってから来ましたね。本当に山の中にいるのか疑いたくなりますが……まぁ、いいです。無事に帰還されたことを記録しておきますね」


「おう、ありがとさん。ついでに、常設依頼の方の換金もお願いしてもいいか?この袋の中身全部がそうなんだが」


「分かりました。ではそちらの中身を確認しますので少しお時間をいただきます」


「あー、2つも背負い袋の中を精査するのはそこそこ掛かるだろ?明日金だけ受け取りに来るから、今すぐじゃなくていいわ」


「そうですか……ご配慮の程ありがとうございます。それであれば、豊穣の灯りのリオさんから言伝てを預かっていますので、本日はそちらを優先するのもよいかと」


「おお、やっぱもう帰ってきてたのか。それで、伝言ってのは?」


「はい。相談に乗ってほしいことがあるそうです。帰ってきたらクランハウスに来てほしいとのことでした」


「相談ねぇ……そういうのはパーティーメンバーを頼れよとは思うが、まぁわかった。今から行ってみるわ。

 んじゃ、また。お仕事頑張ってな」


「はい、お疲れさまです。明日、忘れずに受け取りに来てくださいね?」



 割とすっぽかすことのある俺にとっては耳が痛くなる言葉だ。ソフィア嬢の忠告を物忘れの多くなってきた脳みそにしっかりと刻み付けてから、リオの居るクランハウスへと足を運んだ。


 


「あら?帰ってきてたのね。貴方から顔を見せに来るなんて……ギルドから聞いたのかしら。リオなら2階の部屋に居るわ。分かりやすくドア前に名札が掛かってるから、案内はしなくても大丈夫よね?」


「ん、もちのろんだ。それじゃ、さっそく邪魔するぜー……用が済んだら帰る予定だから、もてなしとかはしなくていいぞ」


「ふふ、こっそり用意しようと思ってたのだけれど。すぐに見透かされちゃったわ…ざんねん」



 そりゃ、お前さんにべったりなエマが俺が来た瞬間に離れていくんだ。何かあると思うだろう?

 いろいろとおもてなしを受けてなし崩し的にクランハウスにお泊まり、なんてのは勘弁願いたい。冒険者のアイドルグループといっても過言じゃないパーティーにおっさんが泊まり込みって、とんだスキャンダルだわ!

 しかも叩かれるのは俺になるんだぜ。嫉妬に狂った男の執念ってのは恐ろしいんだぞ?俺の浸蝕闇バリアを貫通する勢いだからな?



「おーい。俺だー、リオ。入るぞー」


「えっ?あっ、はい!どうぞっ」


「うぃー、お邪魔しまーす……思ったより部屋の中かっちゃかちゃだな」



 ベッドの上にはパジャマが脱ぎっぱなしだし、棚に入りきらなかった本が周辺に積まれてるし……何よりも色んな服が地面に散乱しているんだが?斬新なカーペットか何かなのか?さすがに、ちょっと高そうな服は踏みたくないぞ、俺…。



「ち、違うんです!戦争明けで暫くはお休みなんです!だから、ちょっとおしゃれするのを楽しんでて…」


「ああ……だから、姿見を中心に服が散乱してるわけか。後でちゃんと片付けるなら問題ないわな」


「そ、そうですよ!あくまでも今だけですから!………そ、それで、先輩は僕のカッコ見て、どう…思いますか?……ずっと何も言ってこなかったので…今、聞いちゃいますけど」


「ん?それが相談したいことってやつか?まぁ、特になんとも思いはしないが……別にいいんじゃねぇか?格好なんて似合ってればなんでもよ。実際、かわいいしな」



 何て言ったっけな……たしかロリータファッションだかそんな感じの服装なんだが、ちゃんと着こなせてるし良いんじゃないか。コスプレって感じがしなければだいたい似合ってるでいいだろ。ファッションの善し悪しなんざ俺には分からん。



「まぁ、自然だしどこもおかしくないと思うぜ。その格好なら野郎連中も黒髪だからって差別しなさそうだ。むしろおまけでなんかくれたりするかもな?」


「か、かわいい…ですか……えへへ…………あっ、そうなんですよ!最近は私服も大体はこのカッコなんですが、買い物のときに色々とおまけしてくれるんです!えへ、ちょっと得しちゃった気分で嬉しくなりますよね。

 ここのところ僕を見る視線からもあまり嫌悪感は感じられなくなってきましたし……男の人って単純なんだなぁって……自分も含むのでなんだか悲しくなりますね、この話…」



 おいおい、悲しくなる必要なんかないぜ。単純でいいじゃねぇか。それでこっちに利があるなら尚更だ。

 人間社会じゃ、見た目も立派な武器なんだから存分に利用してやればいいんだよ。気持ちの面でお互いウィンウィンになれるならそれでいいしな。財布にするのは流石にどうかとは思うが、推してくれる分には健全だしよ。



「リオはもっと色んな人に甘えてもいいと思うけどな。勝手に優しくしてくれる分にはこっちが悲しむ必要はないだろ……んで、相談事ってのはその格好への感想でいいのか?」


「あっ、そうでした!そのために先輩はここまで来てくれたんですよね――その…戦争が終わって、こうして無事に帰ってきたのですが……なんというか、こう…まだ気持ちが落ち着かないというか…」


「まだ、戦争が続いてるような感覚が残ってるってことか?」


「うーん……そもそも、戦争をしたという実感が沸いてこないんですよね。僕もこの期間で沢山人の命を奪ったはずなのに、いけないことをした感覚がないというか…普段の魔物を狩るのとそんなに気持ちが変わらないというか……」


「うっわぁ…面倒くさい悩みごとだなぁ……殺したことを誰かに咎めて欲しいってんなら教会にでも行ってこい。そうじゃないなら、なんの問題もないだろ。別に殺しが楽しかったとか、そういうのじゃないんだろ?」


「それは、そうですけど……でも、普通は人殺しはイケないことじゃないですか。それなのに平然としていられるなんて、おかしいんじゃないかなって」


「常識じゃそうかもしれんが、そもそも戦争が普通じゃないんだわ。普通のない世界に常識を当てはめてとやかく悩むってのは全くもって意味ないと思うぜ」


「それは、その通り…ですけど……そんなものなのでしょうか」


「ああ、そんなもんだな。それでもモヤモヤすんのは単純に割りきれてないだけだ。人殺しという行為とか、戦争っていう状況にな」


「割り切る……ですか?」


「そ、割り切る。区切りをつけるって言い方をしてもいいかもな。リオに必要なのは感情としてのどうこうってワケじゃなさそうだしよ。

 そうだな……まず、人殺しがイケないことなのは王国の法がそう定めてるからだろ?でも戦争じゃそうじゃねえ。違法行為は駄目だが合法なら世の常識的にも問題ない……ほら、これで一つ割り切れただろ?」


「……確かにそうですね…でも、戦争っていう状況はどう区切りをつけるんですか?」


「あー、そこは人それぞれだな」



 実際のところ、戦争の始まりは明確なくせに、終わりはぼやけてるからなぁ……勝ったと言われても、どう勝ったのかなんてのは一兵士には実感がわきづらい。

 年表とか使って歴史を振り返るって意味だと明確に終わりってのが確認できるんだが、当事者となるとなぁ……意外と区切りってつけられないもんなのよ。どこかふわふわした感覚が続くのもまぁわかるわ。



「法は共通の基準なので割りきれますが……これは人によって違うんですか?」


「まぁなー。ほら、一応俺たちは戦争に緊急依頼として参加してたわけだろ?だから、ギルドで報酬をもらって区切りをつける人が大半だな」


「なるほど、確かにそれなら区切りが付きそうですね……でも、それを聞いても僕はまだ割り切れてないみたいです…どうしてでしょうか…」


「まぁ、俺からの話を聞いてるだけだからな。お金をもらって区切りがつけられるのは、金の重さを実感できるからだろうよ。

 ここでの区切りってのは、戦争なんかの非日常を日常に持ってこないための儀式なんだわ。リオにはリオだけのそういう儀式を見つけなきゃなぁ……これはばっかりは当人の感覚に依るものなんで、俺にはどうにもできん。話で納得できるもんじゃあないからな」


「そうなんですね……儀式かぁ…みつけられるかな…」



 そうだなぁ……人によっては本当に儀式めいたことする奴もいるからなぁ。

 俺の山籠りもある意味では儀式だしよ。戦争の雰囲気で包まれた街という非日常的空間から元の生活にすんなり戻るためのな。まるまる戦争期間をすっとばすなんてのはあまりにも力業な儀式ではあるが…。



「一つ助言するなら、戦争を上書きするような非日常で一日を潰すってのもありだな。冒険者で戦争後に休みを取るのもそのためではあるし」


「非日常で上書き…」


「生還したことを祝って散財したり、酒を飲みまくって潰れたりとかな?普段の自分じゃ絶対にしないことをするのよ」


「普段の僕じゃ、しないこと…」



 さっき例に挙げた報酬で割り切る奴等もこの手を使ってるしな。戦争で得たお金をあぶく銭と見なし、短期間で使いきることで非日常としての区切りをつける。お金がもったいなくて俺にはできそうもない方法だが、まぁ賢いやり方ではあるよな。



「アレックスの奴なんかは、戦争から戻ってきた数日は奥さんとおせっせに励んでるしな……あの年で精力的なのはちょっと引くけどよ……まぁ、性欲が無くなったときが冒険者引退の時だなんて言ってるほどだ。実際、あいつの儀式から見ても嘘じゃないんだろうよ」


「へ?せ、せせせ…せいよく、ですか?!」


「んーだ。これも意外と多いぞ?この時期は戦争帰りの奴が報酬金片手に色の区画に入る姿をよく見かけるぜ?きっと、いつもよりグレードの高い娼館へお世話になりに行くんだろうな」


「そ、そんなのって……」


「まぁ、悪くない方法だと思うがな。良いものを食う、睡眠を取る、エロいことをする。どれもが優れたストレス発散法だ。その中でも非日常的なので言えば、エロいことになるだろ?普段はしないようなプレイとか色々と選択肢が多いからな……まぁ、そんな感じだ」


「普通はしない…って……う、うぁぁ………」


「とりあえず、さっさと戦争が終わったと自分のなかで区切りをつけられるように、リオなりの儀式を探しておくこった………あー、今回は仕方がないから俺が区切りをつけさせてやるさ。


―――ほれ、よく無事に帰ってきたな。よう頑張った!おつかれさん……よし、よし」


「っ…!…………も、もう、大丈夫ですっ!は、恥ずかしいので、なでなでは……これくらいで…」

 


 お、そうなのか。こいつの髪質柔らかいんで撫で心地いいから毎度手を離すのが惜しく感じるんだよな。流石に嫌がるのに続けるほど自分本意じゃないんで手は離すけど。



「あいよ……リオはここにちゃんと帰ってきてるし、戦争ももう終わってる。明日からはいつも通りの日々が始まるぜ。ほら、もう胸がモヤモヤすることはなくなっただろ?」


「そ、そうですねっ!せ、先輩のお陰です!ありがとうございましたっ!」


「お、おう!元気が戻ったようでなによりだ……んじゃ、俺は帰るぜ。またなー」


「はいっ、お気をつけて!」




 ふぅ、あれだけ吹っ切れればもう大丈夫だろうな。けど、ちと失敗したな。下ネタぶっ混みすぎたぜ……いやまぁ、事実ではあるんだけどな?リオにはまだ、刺激が強すぎたか。最後なんか顔が真っ赤っかで俺と目が合わないくらいテンパってたし。


 よく考えなくてもこれ、立派なセクハラでは?……異世界で助かったぜ。初犯だし、許されるよな……あい、すんません。次から注意します…。




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