始まらない壮大なストーリー
一人でゆっくりと森を探索するのが久しぶりで楽しくなり、なんだかんだ2日ほど道中で野営をしてしまった。
途中でオークを見つけてしまったのもよくないな。アイツは美味いんだ。しかも、前回倒したときは食いそびれちまった。いやぁ、ごちそうさんだ。
うまい飯とストレスのない環境でたっぷりと睡眠をとり、明け方の薄く霧がかった頃にテレポートを使った。
「さて、到着っと……相変わらず綺麗な丸形の入り口だなぁ。このせいで、もしや人工物なのでは?って無駄に期待してたんだぞ、こら」
この世界の技術じゃまだ綺麗な円を作るのが魔法でもない限り難しいってのに……自然はこうだからな。
夜よりも暗い洞窟の中を市販のランタンを片手に、過去通ったルートと同じ道のりで歩みを進めていく。
直接最深部までテレポートできれば良かったんだがな。この世界における魔力の流れの源……龍脈だかなんだかが近くにあるせいか、マップがエラーはいて座標だけ見えないのよ。
計算して割り出しても良いが、ミスって土の中に埋まったりしたらさすがに死ねるんで、必要に迫られてない限りはやらないようにしてる。
靴で地面を叩く音がだんだんと硬質なものへと変化し、反響して聴こえるようになった。
気温も外より涼しくなり、薄着じゃ少し肌寒く感じる程度には下がってきている。
ここを抜けるときは無我夢中になって走ったんで、すぐに脱出できたが……こうしてゆっくりと歩いてみると意外と遠く感じる。それでも体感一時間はかかってない気がするけどな。
それに、あのときの記憶に疑問があるんだわ。俺は確かに、洞窟から出るため光を目指してがむしゃらに走ったわけだが……入り口から洞窟の最深部まで普通、光は入ってこないんだよな。一応、洞窟内に生える光る植物系魔物とか、魔力で発光する結晶なんかは存在するが……この洞窟にはない。
俺の長年の調査のすえに立てた仮説としては、魔力は膨大な量が収束することでキラキラと輝くように可視化される。ここは龍脈なんて呼ばれる世界の血管が近くにあるんだから、そこにたまたま可視化できるほど魔力が流れてたんじゃないか?というものだ。
仮説とするには検証らしい検証は一切してないんで、ただの妄想となんら変わりはないがな。
洞窟特有のでこぼことした道を歩み続け、自然にできた三択の分岐を一番右に進むと、真っ暗だった洞窟の先がほんのりと輪郭を捉えられる程度には見えるようになった。
続けて、遠くからポチャンと水の滴り落ちる音が聴こえ始める。
「…そろそろ到着かね。あー、こっから腰が痛くなるんだわ……後20年もしたら俺、ここの先越えれるのか……?」
ここからは一本道なんだが、徐々に高さが音楽記号の…クレッシェンドとかのように低くなっていくんだわ。それでも進んで行くと、なんとか通れる位の大きさの穴に到達する。
そこをくぐると、今にも何かが起こりそうな程に大きな広間が現れる。ドラゴンが眠っていてもよし、ゴーレムが立ちはだかっていてもよし、はたまた伝説の剣が地面に刺さっていてもおかしくない……それくらいに神秘的な空間だ。
さっきも言った通り、魔力が大量に流れる龍脈が近くにあるんでね。この空間はキラキラした淡い光で満ちてるのよ。しかも、光の色が白っぽいのもあって、より綺麗だしな。
まるで、街灯の光を薄く凍結した冬の路面が細やかに反射しているよう――ダメだ。俺の語彙力じゃ、例えてもすっげえ庶民的で陳腐なものに聞こえてしまう……本物はこんなにも幻想的だってのにな…。
「見える範囲にそこそこの地底湖。温度も春の始まり程度の低さ。魔力が豊富に使える環境でBGMは水が落ちる音だけ……いやぁ!これほど贅沢な避暑地なんて他にないんじゃないか?さすがにお貴族様でもこんなところは持ってないだろ」
地底湖がすぐそこにあるんで飲み水とか生活用水に困ることはまずない。
魔道具もここなら魔力切れで動作停止することなんてないからな。たくさん運びこんで、楽ができる空間にしている。
魔道具は買うと馬鹿みたいに高いんだが、魔力切れで廃棄された物はかなり安く買える。電池の役割を持つ魔石が魔道具の一部分として組み込まれてる物がよくあるんだ。下水道の処理層に設置されてる分解の魔道具なんかがそうだな。
古い型の魔道具ほど魔石交換式じゃなかったりするんで、そういうのは魔力が切れてしまえばコレクションの用途以外に価値がないんよ。
「ま、龍脈近くなら不思議なことに…空っぽな魔石に魔力が溜まっていくんだがな……」
この事を知ってるやつがいたら、今頃は魔石のリサイクル産業が発展して魔道具も少しは安く買えるようになってるだろうな。魔道具の寿命そのものも延びそうだ。実験に使える魔石の数も増えるんで、魔道具関連の技術も大きく進展しそうだな。
その代わり、魔石の買取価格がちょっとは落ちることになるのか?中型の魔物からはたまに、大型からは確実に入手できる魔石だが……ソロの銅級が受けられる依頼に大型魔物の討伐なんてないしな。関係ないか。
「安く買ったガラクタがこうも活躍するなんてな。お陰さまで、こっちでも風呂に入れるし、料理もできる。ゴミすらも分解されて塵になるんだぜ。隠居するなら、絶対にここだな」
こんなにも幻想的な空間を自分好みに、過ごしやすい空間に変えていくってのも妙な背徳感があっていいんだわ。
何かが起こりそうなほどに神秘的ってのがよくないぜ、まったく。実際、俺が転移した時点で何かは起こっているわけだしな。
結局、この場所にあったのは大きな龍脈だけ。
変な魔道具も不思議な魔方陣も存在しなかった。白骨死体や宝箱なんてのもない。
一応、そこの地底湖も澄んでて底が見えるんだが……どこかに繋がってそうな穴はなく。何かが落ちている、もしくは仕掛けられているということもなかった。
俺がこの世界に来た原因はわからないまま、だな。魔物はいても魔王はいないし、勇者という存在もない。
魔大陸なんて呼ばれる場所に魔族と称される種族はいるが……オルシアのかつての民が襲われた、浸蝕する闇に呑まれた大地で適応できた保有魔力の多い人族ってだけのことだしな。
髪も目も別に黒くないし。見た目は普通の人間と変わらん。強いて言うなら、肌が白い人が多いってくらいだな。それも、魔大陸の空が闇で覆われてるんで日焼けしないってだけだろうし。
ちなみに、そいつらとオルシア王国の関係は良好だったりする。元は同じ一族の民だったからなのかね。まぁ、魔大陸にはとんでもない魔物がいっぱいいて、こっちから船で渡るのはかなり危険だそうだが。
「龍脈、ねぇ……このことを報告でもしたら、確実と言っていいほどに色んな揉め事に巻き込まれるだろうなぁ……」
巻き込まれるどころか、当事者になるもんな…俺。龍脈は深いところにあるとされてるんで、確認された事例のない半ば伝説の存在になってるっぽいし。王国に伝えるだけでそりゃあもう、壮大な何かが始まりそうだよな………実際は、始まる前に俺の存在が消されそうではあるが。身元保証のない平民だしよ。
それでも、ふと考えることがある。
龍脈の報告をすることで、さまざまな魔力に関する研究が進展する。この世界に流れる龍脈の在るかも分からない謎が見つかり、それが紐解かれていく。
魔力とさまざまな自然現象との関連性がその実、どれも龍脈の位置が深く関わっていたとわかる。そのうち、この世界を巡る龍脈が地図で詳細に記されるようになって、龍脈の場所が何かしらの意味を持っていることが突き止められる。
その結果この場所は何か特別な場所で、龍脈を流れる大量の魔力がとある自然現象によって別世界へ繋がる門を開いてしまうことが判明する―――なーんてな。
妄想や空想は、するだけタダって言うだろ?
そもそも、俺はこの場所も、魔力が溜まる事実も、報告する気がさらさら無いんでね。何かが始まることもなく、俺の物語はひっそりと幕を閉じるだろうさ。
そういう壮大なストーリーはこの場所を見つけた俺じゃない誰かがやってくれ。生活に便利な魔道具は置いていくからよ。ぜひ研究の第一拠点として役立ててくれや。
俺は未来の誰かのスポンサーとしてなら、応援してやるからな。
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