川でイワナ?釣り


 戦争が終わると、ワーデルスに沢山の冒険者が集まってくる。特に銅級以下の冒険者がな。物資の集積地がこの街ってのもあって、緊急依頼が終わったあとも暫くワーデルスに滞在するやつが多いんだよ。

 滞在する理由は分からんが、辺境の地でありながら王都並みに発展した街だからなのかね。色んな店があるしな。きっと、田舎から都会に出てきた感覚なんだろうなぁ。後は祭りが近いのもあるか。


 ともかく、新人がやってくる初春なみに冒険者がワーデルスを訪れる。

 そうなると一つ、困ったことが起きるのだ。



「仕事がねぇ……」

「そうっすねぇ……」

「森に人が入りすぎてて、狩りが上手くできないです……」



 このとおり、受けられる依頼がないのである。

 常設依頼も獲物があってこそだしよ。森の金になるものは根こそぎ獲られるんだよなぁ……ちったぁ節度を持ちやがれってんだ。

 それに、リオが言うには、人が森に入りすぎると獲物が隠れて狩りがしにくくなるらしい。気配も人で紛れるからキツいんだと。



「……俺とリオはわかるが、お前さんはなんなんだよ。レイラは銀級だろうが。俺たち銅級とは依頼があんまし被らねぇだろ?」


「んー、それがさぁ……銀級の銅級とは異なる依頼ってほとんどが討伐系なんだよね。戦争中って大半の銀級が駆り出されるから、森の魔物たちも狩られずにいっぱいいると思うんだけど……不思議なことにウィルテューム山は居ないんだよねー、これがさっ」



 ……すまん。なにとは言わんが、すまん。繁殖しすぎた危険な森の魔物を、根こそぎ狩った精霊が山にいるらしい。精霊の隠れ里って名称は伊達じゃないみたいだ……ほんとに、すんません。



「そ、そうか……ってことは他の銀級のやつらもそんな感じなのか?」


「うん!どうやらそうみたいだよー?」


「アレックスさんのところも魔物がいないって嘆いてましたね……今は総出で土木作業の手伝いをしてるみたいです」


「おおぅ……この街もどんどん拡張されてるしな。あいつらみたいな力仕事が得意なやつにはもってこいではあるか」


「でも、ボクたちは非力でか弱い女の子っ!しくしく、リオーっ、ボクたちに残された仕事は、もう…アレしかっ!」


「わわっ、急に抱きつかないでくださいよぉ…もう!そもそも、僕は男ですっ。だいたいアレってなんですか?アレって……あと、ちょっと力強いです…苦しい……」


「えっ、あ、ごめんごめんっ!思ったより抱き心地よくって、ついつい強くギュッてしちゃった、てへぺろ。もっと優しくならいい?いいよねっ!」


「うぇっ?ちょ、ちょっとまっててばぁ!あっ、んっ、く、くすぐるのはダメですっ、あはっ、ぼ、僕もお返しですっ!」



 ………まぁ、レイラのメイン武器は大盾だもんな。そんなほっそい腕のどこに力があるのかは分からんが、短剣と弓っていう防御力が紙な職業にありがちな装備を普段してるリオには痛いだろうさ……まぁ、装備関係なくちんまいし細っこいが…。

 

 ってか、なにやってんだこいつらは。どっちも顔が整っているだけあって、何してても絵にはなるけどよ……リオもなんだかんだで楽しんでいるようだし。これが百合ってやつか……いや、でもリオは精神的にも生物学的にも男だよな?この場合はノーマル、でいいのか?

 片やボーイッシュな奴に片や女装?男装?の少年……いかん、これ以上見ていたら脳がバグる。俺はあくまでも普通の女性が好きなんだ。こんな変な扉は開きたくないんだわ。


 しかもここ、ギルド酒場だぞ?昼前で人が少ないとはいえ、公衆の面前でいちゃいちゃするんじゃありませんっ!さっきから嫌な視線が増えてきてるんだよ。

 よし、ここは俺が流れを変えるべきだな。



「あー、暇なら釣りにでも行くか?」


「行くっ!」

「行きますっ!」



 おいおい、即答かよ。そんなに釣り好きだったか?こいつら。少なくともリオは一回連れてったことがあるが、レイラはしたことあるのかも怪しいぞ。まぁ、いいけどな。



「んじゃ、俺は釣竿取ってくるんで、門前で集合な」


「うぃっす」

「はいっ!」




 さてさて、やって来たるわ森のどっかその辺の川。釣りの最中に他の冒険者と出くわしたくなかったんで、少し奥まで進んで上流近くまで来てるぞ!



「あいよ、これ竿な。餌は石の裏でも剥がせば沢山いるから。それを適当に針に刺して、川にドボンッて感じでよろしく」


「えっ、説明ちょっと雜じゃない?」


「いいんだよ。別にリールが付いてるわけでも、ルアー釣りでもないんだからな。餌つけて、川に落として、かかるまで待つ。ただこれだけだ」


「りーる?るあー?はよくわかんないですけど……前やったときもそんな感じでしたし、大丈夫ですよ!レイラもさっそく始めちゃいましょう!」


「うぇー……ちょっと虫は苦手なんだけどなぁ」


「…餌くらい自分でつけれるようにならないと、一人じゃ楽しめないんだがな……まぁ、無理そうならリオに付けてもらえ」


「はいっ!僕も最初は苦手でしたけど、魚のかかった反応が楽しくって。次へ次へってしていく間に気にならなくなってきますので、安心してください!」


「そ、そんなものなのかなぁっ?生理的な苦手ってそんな簡単に克服できるものだったかなぁ?……いや、まぁ、やるんだけどさ…」


「おう、とりあえず最初のうちは色々と挑戦してみろ。食える魚を釣り上げたんなら、その場で美味しく調理してやっからよ」


「やったぁっ!先輩のつくるご飯ってすっごく美味しいんですよっ」


「え!マジで…?なんか意外っすねー」


「リオはこんなこと言ってるが、ここでできる調理なんて、塩ふって焼くぐらいだからな?あんま期待はするな。

 ほら、もう昼過ぎてんだからさっさと始めるぞー。日が暮れるまでやってボウズってこともままあるんだからな?」


「よ、よーし!餌つけるのはリオ、お願いっ!」


「任せてくださいっ!沢山釣りましょうね!」



 うん、やる気があるのはいいことだ……それで魚が釣れるほど甘いもんじゃないけどな。


 釣竿もその辺に落ちてた木材に売ってた蜘蛛の魔物の糸を使って、適当な針をむりやり釣り針にしただけの粗末なモンだし。餌も現地調達……こんなんで魚がかかるわけないんだわ……本当にただの暇潰しだな。



「あっ!なんかピクッて振動来たよっ!これってもうあげていいのーっ?」


「はっ?……いや、ちょっとだけ待て。もう一回その振動が来たら、試しに竿をあげてみていいかもな」


「うぃっ…あ、来たっ!あげるよーっ!」


「すごいっ!ちゃんと魚がかかってますよっ!」



 おおぅ……ちょうど20センチくらいか?初めてなのによく釣り上げたな。ってか、この辺だと釣れるのか……俺が山に籠ってるときはほとんど掛からなかったってのによ。地面にはよくかかったが…。



「ねぇねぇ、おっさん!これって食べられる魚なのかなっ?名前とかあるっ?」


「ん?あぁ、食べられるぞ。食ったことあるしな。名前はしらんが適当にイワナって俺は呼んでる」


「いわな?なんか安直な波動を感じるっすねー…」


「まぁ、そうだな。実際こいつ、川の岩穴とか陰によくいるんだわ。あれだぞ?釣りじゃなくても、川が深くなければ手掴みでも取れるぞ、こいつ。ちと滑るんでコツがいるけどな」


「はへー……魚のことまで詳しいんだね、おっさんは…」


「ほれ、ボケッとしてないでさっさと釣り針を外せ。んで取った魚はここに入れてくれよ。ちゃんと蓋を閉めるのも忘れずにな?跳ねて外に出たら面倒だ」


「うぃっす……うわぁっ!な、なんかヌメヌメするんだけどーっ!……お、おっさーんっ!お願いっ、これとってぇ!」


「それくらいは自分でやれってんだ。魔物の解体より幾分もマシだろうが、それくらい」


「それはそうだけどさぁ……うぅ、よし!女は度胸っ!うおぉぉっ!……あ、魚だけにウオ、なんつって」



 ……掛かるのを待つ間に簡単な焚き火の準備だけはしとくか。



「ちょ、ちょっとー!無視し――」


「あっ!掛かりました!釣り上げます……よいしょっ!えへっ、僕もいわなが釣れましたよーっ!ほら、先輩っ、これ!」


「おー!……20後半ってとこか、大物だな。よくやったぞー!よしよし」


「えへへ……レイラもまた餌を付けてあげるので、一緒にどんどん釣っちゃいましょうねっ!」


「う、うおおぉっ!たくさん釣ってやるーっ!」



 釣りってこんな騒がしいもんだったか?まぁ、楽しんでもらえて何よりだ……おっさんの針にもそろそろ掛かってくんないかねぇ。俺だけ飯抜きは嫌だぞ?




 この日のおっさんの成果は、15センチにも満たないイワナ一匹に終わるのであった。

 まぁ、調理の準備に追われて竿を見てなかっただけだけどなっ!





―――◇◆◇―――


レイラ「おっさーんっ!火の準備できたよー!」

レオン「お、ありがとさん。んじゃ、串通したこいつらを焚き火回りにくべといてくれ。焼けたら食っていいからな」

リオ「先輩は食べないんですか?」

レオン「そりゃ、食べたいがなぁ……お前さんら、釣りすぎなんだわ。後半ほとんどリリースしたとはいえ、20匹は残ったからな?こいつらを捌くのは俺なんだぞ、まったく」

リオ「ご、ごめんなさい……ちょっと熱が入りすぎちゃいました」

レイラ「うん、リオに同意だよ……今度はボクも魚を捌けるようになっておくね……ちょっと触るのはまだ苦手だけどさ…」

レオン「…まぁ、こいつはぬめり落としたら内蔵とって串通すだけなんで、そんなに気にすんな。それよりも、ちゃんとこの場で全部食えよ?魚だから持って帰れないんだぞ。この季節だとすぐに腐っちまうからな」

レイラ「…そ、そうだ!ボクの魔法で凍らせれば……」

リオ「そうでした!先輩っ、レイラは氷魔法が使えるんですっ!これで――」

レオン「もっとはよ言わんかぁいっ!喰らえっ、切り離したのにビチビチ動くイワナの心臓アタァック!」

レイラ「えっ!すごいっ!何で動いてるのっ?これっ!」

リオ「すごいですね……なんか、ちょっと可愛いかも…?」

レオン「嘘だろ……マジかよ。お前らの感性どうなってんだ…?気持ち悪がって、悲鳴あげるシーンだぞ…普通は」



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