アーパル軍への初撃

“豊穣の灯り”リーダー

アリーの視点です


―――◇◆◇―――




「お嬢様!お願いですから、どうか砦の中へお戻りをっ……」


「あーっもう!しつこいわね!私はお嬢様じゃないって何度言ったら分かってくれるのかしらっ?

 今の私はアリー。ただの冒険者よ!」


「ですが……」


「ですがもなにもないの!

……はぁ、いつまでただの冒険者相手にワーデルスの第二騎士団が一個中隊も付き纏ってるのよ。しかも貴方は副隊長よね?持ち場はどうしたの」


「はっ!持ち場は現在隊長がまとめて下さってます!私たちはお嬢様を砦の中まで安全に撤退できるよう護衛を!」


「い ら な い わ!


 はぁ……あのね?貴方たちの気持ちも分からない訳じゃないの。もし、仮に、私がお嬢様だったとして!その時は貴方たちに、

『お勤めご苦労様。いつも感謝してるわ』

なんて労いの言葉を掛けてた程には理解できるの。

 でもね?私はアリーよ。それ以上でもそれ以下でもないの。貴方たちが職務に忠実でいるつもりなら、時と場合を考えて行動しなさい!」


「は、はっ!………しかし、後方から前へ出ていかれないことだけはご約束を…」


「分かってるわよ……最初から後方の配置だったもの。勝手な行動は冒険者としてできないわ。ほら、さっさと持ち場へ戻りなさい」


「はっ!」



 まったく、本当にみんな私に過保護なんだから……もう少し自由でいいのに。堅苦しすぎるわ…。

 ちょっとはレイラの奔放さを見習いなさい。あれでも親衛隊の――いえ、やっぱり見習わなくていいわね……彼女だけで十分だわ…。



「さて、そろそろ私も動くわ。リオとレイラはもう始めてるのよね?」


「はい。既に」


「じゃあ、私たちも始めるわ。ルーナ、護衛と観測をお願い。エマは魔力ポーションの用意を」


「了解よ~」


「かしこまりました」



 私に授けられたギフトは“火炎魔法”。“火魔法”よりも位の高い、上級魔法に区分されるスキルの一つね。これに私の持つ天稟のスキルと魔法技術が組み合わさることで、かなりの火力が出るの。

 火に関する魔法って冒険者としてはあまり使う機会のないスキルだけれど、対人や対大型魔物には絶大な効果を誇るのよ。どんな生き物も燃やしてしまえばそれでお仕舞いなんだから。



「とりあえず、ぶつかってる戦線よりも奥の方を狙って放つわ。初手は範囲を限定して中心から逸れた方向に着弾させるつもりだから、そこを基準にして次から人数の多い方へと誘導してちょうだい」


「わかったわ~」


「じゃあ行くわよ?“火炎弾フレイムボール”……どうかしら?」


「―――魔法使用から六数えで着弾。行動不能にできる被害範囲は今ので10人ってところね~。

 今の場所から平行に、左側を狙えば良いと思うわ。そこならの敵戦力も多くて味方の戦線も後方にあるもの。今の魔法の範囲で30個はいけるわぁ。

 あ、こっちが扇形に展開してるから中央は狙わない方がいいかも~」


「ん、ありがとう。それだけ離れてるなら、もうちょっと派手にいけるわね」



 魔法の面白いところは、スキルに依存しきらないところにあると思うの。魔力をどれだけ上手く扱えるかでも差が出るし、同じ魔法のスキルでも使い方によっては全然違う形に姿を変えるのよ?

 


「次は戦術級の火力で狙うわ。扇形ならそろそろ中央が突破して、両翼を包囲するように動くでしょうし。そうなったら、私の魔法で被害を与えるのが難しくなるもの。片側だけでも落として、確実に有利な状況へ持っていく算段よ」


「分かったわ~」

「承知いたしました」


発動の遅延アクト・ディレイ、“火炎弾フレイムボール”を多重展開マルチプル。“火炎爆裂フレイムブラスト”の付与エンチャント……解放ファイアっ!」



 アリーの頭上に突如現れた十個の炎の球。どれもが人の顔ほどの大きさで、火魔法のスキル“ファイアーボール”とさほど変わらないように見える。

 しかし、アリーの最後に発した声により、勢いよく放たれた火炎弾は着弾後、地面を揺らすほどの爆発を引き起こした。



「最小の魔力で最大の結果を引き出すのが、優れた魔法使いよ。残念ながら私のファイアはただのファイアーじゃないの」


「……御嬢様、念のためにポーションをどうぞ」


「ん、ありがとう」


「砂煙でよく観測できないのだけど……敵さんの動き出す影があまり確認できないわ~。味方への被害は……爆風と地面の揺れで転けた程度みたいよ~」


「そう。よかったわ」



 魔法言語を理解できるからこそ使える戦術規模の魔法だけれど、範囲を読み間違えるとその牙は味方にも向くことになる。それがどれだけ怖いことなのか理解してくれてるルーナたちには感謝しかないわね。



「ヒュ~!相変わらず派手なのに器用な魔法だよねっ!戦闘不能になった人は多いけど、死者はほとんど出してないしさー………すっごく合理的な終わらせ方だよね!」



 当たり前じゃない、そんなの。私の背にはワーデルスの安寧がのってるんだもの。毎年、戦争を仕掛けてくるなら、仕掛けられなくなるまで人材を減らすだけ。簡単に死なせはしないし、恨まれるのだって別に構わないわ。

 ワーデルス……ひいては王国のためなら、どこまでも残酷になるつもりよ。それがオルシアの貴族の在り方なんだから。

 ふふっ、レオンの言う通り……貴族の立場はかなり重たいものみたいね。抱えてもきっと腕が保たないわ。


 で、分かってて口にしたのはリオに聞かせるためかしら。レイラ?



「僕もびっくりしました!あのすごい大きな音の原因がアリーさんの魔法だなんて……しかもむやみに死なせないなんてすごいですっ!


 比べて僕は、今日で何人も殺してしまいました」


「ああ、そういうことね」


「…そういうこと、ですか?」


「ああ、いえ…なんでもないわ。

 それで、レイラ?リオはどうだったの?」


「そりゃ、もう弓の腕がすごいのなんの!どんなに離れてても、味方が斬られそうって所を一矢で眉間をスンッ!だよっ?」


「なるほどね。リオは守るために殺したのね。それも、敵さんが苦しまない方法で」


「うっ……はい。でも怖いんです…」


「……聞いてあげるから、話してごらんなさい。何が怖いのかしら?」


「僕、味方を守るためなら、躊躇なく……それこそ狩りと同じ感覚で矢を放てたんです。たしかに、僕の手で殺したのに……僕の手には殺したって、感覚がないんです……ただ、仕留めたという結果だけがある気がしてて…。


―――人を殺した罪悪感とか気持ちがぐしゃぐしゃになるとかが起こらないんです……それが普通じゃないってわかるからこそ、怖いんです……」



 うーん……リオの中には弓は狩りに使う武器って意識が染み付いちゃってたのかしらね。職業病みたいなものかしら?もしくは自分でも気づかない内に覚悟が決まっていた……くらいしか思い浮かばないわね。



「そうね。リオの普通じゃないことがわかるからこそ怖いと言うのは理解できるわ。弓や魔法は殺した実感が湧きにくいと言うもの。これが原因かもしれないわね」


「そうなんですね……」


「もちろん、それだけじゃない可能性もあるわ。だけど、今この場において気持ちが一定だというのは強みになるの」


「えっと……強み、ですか?」


「そうよ。リオが動揺せずに矢を放てたことで救えた命がいくつもあるはずでしょう?戦場は数瞬が命取りになる世界だもの」


「…っ!たしかに、そうです……」


「ただ、私はリオと同じ経験をしてないから、根本的解決のために精神面へどういう助言をしたら良いかまではわからないの。ごめんなさいね…」


「い、いえ!前向きにとらえる視点を教えてくれただけでも、充分に助かりましたっ」


「助かってないから謝ってるのよ、リオ。それはあくまで、傷口に気付かせないことで痛みを感じなくする、というだけにすぎないの。応急処置ですらないわ。

 だから、戦争が終わったら真っ先にレオンのところへ行きなさい。こういうのは貴方のことをよく知る人物が適任なの。わかったかしら?」


「わ、わかりました……でも、アリーさんのお陰でこの気持ちに蓋をすることができたのは事実です…ありがとうございますっ。


――そうだ、戦争が終わったらアリーさんも先輩のところにいきましょうよ!………アリーさんも一緒に悩み、聞いてもらいましょ?」


「えっ!い、いいいやいやいや、私はいいわよ、そんなの。悩みなんてあまり無いんだもの!大丈夫よっ」



 レオンさんにこれ以上弱いところを見せるのはちょっと……貴族令嬢として恥ずかしいわ……それに、一方的によりかかるなんて私が嫌よ。

 好いた人だからこそ、互いに支え会える関係でいたいのよ、私は。既に一回助けてもらったんだから、次レオンさんに頼られるまでは……。



「まぁ、また合同で依頼を受けるくらいは良いかもしれないわね」


「……そうですねっ!楽しみです!」


「ん?あら~……敵軍が退いていくみたいねー」


「そうなの?なら、今日はここで終わりかしら。あっちが侵攻してきてる形だから、暫くはにらみ合いが続きそうね」


「そうだねー。逆侵攻の許可は毎年、下りてこないからねぇ。まぁ、ボクとしても攻めるのは悪手だと思うから、許可が出ないままでいいやって感じだよ」


「じゃあ、早めに砦に戻って休むとしましょうか」


「はいっ」

「はーい」

「了解だわ~」

「かしこまりました…!」



 さて、今年の戦争はどれだけ長引くのかしらね。遅くても夏が終わる頃には帰りたいわ……できることなら、あと数日以内に完全退却してほしいところね。

 まぁ、そんなことしないのでしょうけど。


 一度、味方を一気に退かせて、なりふり構わず敵勢力全体に火炎魔法を放ったことがあったのだけれど……そのときは無駄に戦争が長引いたのよね。

 生き残った敵兵が散り散りになって、昼夜問わず少数で砦を攻めてきたのよ?

 挙げ句のはてに、私の魔法で上手く戦えなくなった人が自分の体を燃やしながら特攻してくるなんてこともあったわね……ほんと、胸くそ悪い最悪な日々だったわ。自分が招いた結末ということもあって、さすがの私も心が壊れてしまうかと思ったもの…。


 いったいアーパルの軍部連中は何を考えてるのかしら?ほとほと理解に困るわね。

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