思わぬ襲撃


「思い出した!お前らあれじゃん!俺に格好いい通り名をつけてくれてた奴らだよなっ?」


『・・・』


「いやぁ、すっきりしたわ!ずっと頭の中で引っ掛かっててモヤモヤしてたんだよな。よかった!よかった!」


『・・・』



 監督兵の案内に従ってビエト子爵が治める街に辿り着き、一晩明かした今日。

 大きな荷物を背負って、物資を載せた馬車と共に砦への悪路を進んでいる。


 ビエト子爵の街までは他の兵站部隊と一緒になって行動していたが、この段階になるとそれぞれの班が対応する砦に運搬することになる。

 つまるところ、俺たち四人で三台の馬車を護衛しつつ砦まで送り届けなければいけないわけだ。

 監督兵さんはビエト子爵の街からワーデルスまでトンボ返りしなきゃなんで、ここにはいない。自分達の力だけで砦に向かわなければならないのだ。


 まぁ悪路とはいえ、轍を石や瓦礫で敷く程度はされているし、去年一昨年と馬車が通っている道ではあるんだ。砦まで迷うことはない。

 ないんだが……この前の梅雨で石が抜けてたり地面がガタガタになったまま乾いてるもんで、車輪が嵌まるわ、振動で積み荷が崩れそうになるわで大変なのよ。何往復かしてる内に道も固まってくんで、ここまで大変なのは初回だけなのかもしれんがな。



「お~い、どうしたー?元気ないぞお前ら。昨日まであんなにギャーギャー騒いでた姿はいったいどこに行っちまったんだ…」

 

「……何で…てめえは、そんなに…体力残ってんだ……」

「脚痛い……肩痛い……つらい…」

「恐ろしい……“規格外の体力”」


「まぁ……8年くらいはこの依頼受けてっからなぁ……慣れだよ慣れ。

 つうか、何だよ規格外の体力って。ただ思ったまんまのことを言ってるだけじゃねえかっ!センスまでどっかに落としてきちまったのか…」


『・・・』



 駄目だこいつら……もう顔が死んでやがる。

 でも、実際のところ体力を多く求められる仕事ではある。大きな荷物を背負って歩くだけでもかなりの負担だが、同時に魔物や野性動物からの襲撃を警戒しないとなんだわ。精神的な疲労も中々のものよな。

 それに、積み荷が崩れそうになる度に押さえなきゃだし。荷台を引くのが馬だから、歩きながら対応しないといけない、ってのがまた面倒でな。

 今はまだ起きてないが、振動で車輪を繋げる軸が折れるなんてこともある。こうなったら、予備で載せられた軸を使って応急処置をしなくてはならない……この作業が思ってるよりもしんどいんだわ。


 まぁ、よくこんな問題だらけで届けられるなと感心できる兵站ではあるが……実はこの補給線ってそこまで重要度は高くないんだよな。

 既に砦には十分な物資が運び込まれているし、ちゃんと貴族お抱えの騎士が重要な物資を定期的に届けている。冒険者ではなく、訓練された兵士による兵站部隊がしっかりとあるってことだ。

 俺たちが運んでいるのは、あれば助かる程度の消耗品や戦っている人達の夕食を保存食からちょっと豪華にする程度の物でしかない。


 これは完全に裏事情ってやつなんで、冒険者で知ってる人はほとんどいないだろうな。末端のギルド職員にも秘匿されてそうだ。



「お?この辺りは見覚えあるな……おし!砦まであと半分切ったぞ。この速度なら日が落ちる前には着きそうだ」


『……まだ半分………はぁ…』


「まぁ、そう暗い顔すんなって!ため息すると幸せが逃げてくんだぞ?」


「お、恐ろしいことを言わないでくれ……“不幸を喚ぶ者”だ…」


「お?多少はセンス戻ったか?ちょっとは元気になったようで何よりだ」



 ただ、ため息吐くことで幸せが逃げていくってのはあながち間違いじゃないのかもしれん……なーんか、人の反応があるんだよな。


 数多くの冒険者が分担して兵站を担うこと。ただそれだけで遂行できる役割がある。

 それは、兵站の本隊を分からなくさせること――囮だな。


 敵国には傭兵なるものが居るようで。戦争時の冒険者とは異なり、金で雇われているだけで軍には所属していないという存在だそうな。

 成果によって報酬や傭兵としての価値が上がるらしく、そのシステムから傭兵が各々独断専行するきらいがあるという……戦術的には奇襲やゲリラ戦をよく仕掛けてくる連中ってことだな。


 こういう奴らから逃れるための俺らの存在な訳だが……いくら戦線に近い砦だからって本当に補給線に仕掛けてくるとはなぁ。

 しかも、あの様子じゃ先行した補給隊はスルーしてるな。冒険者部隊がダミーだと見破ったのか、はたまた仕掛けるタイミングがあるのか。



――あぁ、違うな。冒険者そのものが狙いか。そういや、傭兵の成果は冒険者のドックタグでも良いんだった。

 死体でマップにサーチかけたら見つかったわ。馬も含めてな。先行した部隊はフォーマンセルの三部隊。死体の数が12なんで、こりゃ全部殺られたかね。死んだ馬の頭数も一つ合わないが、それ以外はきちんと隠されてる。


 まさか、帰りを襲ってるとはねぇ……たしかに積み荷を護衛しているという意識から警戒している俺たちにとって、そのタイミングは狙い目なんだろうけどよ。

 

 しっかしなぁ……どうすっかなぁ。

 帰りに襲われるのは確定としてだ。こいつらの前で戦っても、死体から推測するに銅級じゃ敵わない相手っぽいんだよな。勝って下手に不審がられるのは俺の精神衛生上よくない。

 かといって、こいつらを見殺しにして自分だけ逃げるってのもまぁ……選択肢として悪くはないんだが、さすがに寝覚めがな。



「仕方ない、か……おい!そこの木陰に誰かいるぞ、気を付けろ!」


『ひぇっ!』


「へぇ?オラに気づくとは中々やるじゃねぇか……これでも“隠密”の固有スキルを持ってるんだがなぁ?」


「そっちの国は固有持ちが多いんじゃなかったか?それが一つしかないなんて、そんなに強くなさそうだな」


「ほ、ほう?よく知ってるな……だがぁ!これでもオラは傭兵ランク988位の上位ランカー!銅狩りのラングレーだぁっ!死ぬ前の最期の思い出としてオラの名前を覚えておきなぁっ」


「おいおい、ランククレーだかなんだか知らないがよぉ………一言の中に同意語を何個も入れんじゃねぇっ!くどいわっ!」


「………へ?」


「それでも、3桁台なのはちょっとマズいな…。

 お前ら!荷物を置いていいから、馬連れて先に行けっ!俺がここで時間を―――」


「ひっ、ひぃぃぃ!に、逃げるんだよぉぉっ~!」

「死にたくないっ!死にたくないぃぃっ!」

「お、恐ろしい……“禍を齎す者”だ……馬連れて逃げるっ…!」


「……言い切る前に行っちまったよ、あいつら……俺を置いて先に行けって台詞まで言えなかったぜ、ちくしょうっ……」


「あー……アーパル国に来るか?容姿でつまらん差別はしない国だぜ?良くも悪くも実力主義だがよぉ。お前さんなら上手く生きていけそうだ」


「アーパル国ねぇ……」



 この国のことを知ったときはまだワーデルスに居着いて三年目とかだったんで、様々な種族が暮らす差別のない国という点に正直なところ惹かれてはいた。


 だがなぁ……アーパルって魔法が存在しないんだよ。更にはギフトの概念がない。オルシア王国のような一神教じゃなくて精霊信仰だからな。日本の八百万の神みたいなもんだ。

 ってなわけで、神から授けられるギフトがないから魔法がないのかもしれんが……その辺は置いておくとしても、魔法がないんで魔道具が作れないんだよな。


 だから、文明レベルが一段階落ちる……とまでは言わないが、少なくとも生活の快適度はオルシアの方がいいといえる。

 あの家に勝る設備があるなら心が揺れていたが、現状アーパルにそんなものはないっぽいしな。



「ってなわけで、断る!」

 

「いや、どういうワケだよっ!


――まぁ、いいぜ。銅級のお前さんを銅狩りのオラが見逃すわけがねぇからなぁ……オルシア王国民にしては珍しく愛国心の薄いやつでビックリしたが……もとより、銅級は全部殺るつもりだぁ!金の縁がついてるなら尚更よぉ!」



 大声で殺害予告をしながら勢いよく駆け出したランク某。

 得物は右手にレイピアで左は空けている、と。左も一応拳を握ってはいるようだが……中に石とか砂の類いがあるパターンか?


 体勢を低くして、下から喉元目掛け突きだしてきた先端を体軸を左にずらすことで回避する――が、前触れもなく現れた短剣が続くようにして喉元に迫ってきた。

 俺は慌てて両腕を前から後ろに振り、バランスを崩して後方に尻餅をつくことでなんとか難を逃れる。



「ったた……あっぶなぁっ!尻を地面に打つのって意外と痛いんだぞ?この野郎っ……しっかし、固有の隠密スキルって無機物にも機能するんだな。

 って、そりゃそうか。着てる服ごと気配消せるもんな。身に付けてたら、それでオーケーか」


「ちっ!バレちまったか……初撃でやれなかったのは今日はお前が初めてだ。

 こうなったら………戦略的撤退だっ!」


「何ぃっ!」


「はっはぁっー!このからくりを見破る奴にオラが勝てる術はない!だから逃げるのさぁ」



 えぇ……なんというか、自分の強みを理解してる奴だな。こうも初見殺しに特化して、通用しなければすぐさま逃げの一手を打つなんてよ…。


 まぁ、逃がすわけが無いけどな?



「っ!……がふっ……な、な…だ、こ…れ?か、からだ……う、うご……」


「トードフィンの麻痺毒だな。それも骨髄から採った濃いやつ。

 あんた、会話してるときあんまり歯を噛み合わせないようにしてたろ。解毒薬でも仕込んでるんじゃないかと思ってな。麻痺にしたのよ」


「く……そ、が………い…つ…」


「まぁ、どのみち解毒できないと思うけどな。トードフィンの血毒以外にも色々と混ぜてるんでね。

 さ、おとなしくお縄につきましょうや」

 

 

 いやぁ、毒液に浸しておいた千本がここまで力を発揮するなんてな……千本といってもあれだぞ?所詮は裁縫針をちょっと改造しただけのお手製暗器だからな?ちゃんと肌の露出してるところにチクッてしないと、毒が入んないんだわ。

 残念なことに、市場に暗器って売ってないんよ。だから作るしかない……まぁ、あったらあったで怖いけどな。


 しっかし、効果の程が不安だったもんで二本も飛ばしちまったけど……結局、一本で効くのかわからんな…これ。


――とりあえず、動かなくなったこいつを何とかしますか。





「これで、よしっ!……物資の中に縄があって助かったぜ」



 後は、先に逃げたあいつらのところまで追い付くだけ……別に追い付く必要はないな。


 でもまぁ、行き先が砦ならこいつもそのまま連れてくか。荷物もないんで、地面に引きずりながら走れば一時間もかからんだろ。あいつらが兵士をこっちに向かわせてくれれば尚良しだな。

 こいつのスキル的に俺が勝ててもおかしくないし、薬師ギルドで毒の取り扱いに関する免許も持ってるから、変に疑われる点はないはずだ。まぁ、問われたとしても大丈夫だろ。今回は実力でノしたからな。俺にやましいところはないっ!


 今年はちょっとしたイレギュラーがあったとはいえ、無事に緊急依頼を終えられそうだ。

 さっさとワーデルスに帰って、罰金支払って……ゆっくり風呂に入って、ふかふかなベッドで寝たいぜ。

 その後は戦争が終わるまで山に引き籠もるんだ……これぞ、アウトドアとインドアの両立ってな。



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