立つおっさん、跡を濁しまくる


 明日から戦争が始まる。

 

 俺は戦場に行かないが、それでも緊急依頼の一部参加や山籠りをする予定なので、一ヶ月近くはここ、ワーデルスを離れるつもりだ。


 戦争中の街の雰囲気があまり好きじゃないんだよな。馴染みのギルド連中は戦争に駆り出されてて居ないしよ。住民はなんか無駄に殺気立ってたりするし。

 それに、戦争が終わった後片付けにも参加したくない。戦争って人が死ぬんだわ、当たり前だけど。それも、親しい人嫌われている人関係なく、な。そういう死体を見るたびに、嫌でも俺がこの世界で生きていることを実感させられるのよ。


 そういうわけなんで、街を発つ前に、俺は今からやり残したことをすべてやるつもりだ。まずは、この宿の宿泊料を二月分ほど先払いしておく………よし!すること終わりっ!



「あぁ、いや。これも納めないとな……腐ってても俺の大きな収入源だし……でも、行きたくねぇー」



 俺はこの街屈指の作家だ……競合相手がいないとも言うが。日本で暮らしてた名残から、ちょっとしたおこづかい稼ぎ感覚で読み物を書き始めたわけだが……まぁ売れないのなんの。そもそも紙が少し値を張るんで、平民は本とかを買わないんだよな。大概は劇とかに流れる。

 なもんで、なんとか手にとって貰えるように試行錯誤した結果、ある作品に落ち着いた。官能だ。エロは世界を繋ぐ……至言だぜ。



「だがなぁ……まだ日が落ちてない頃に色の区画に向かうのはちょっと、なぁ」



 足しげく娼館に通ってるやつが何を言うかって話だが……俺はまだ清い体なんだ!人並みに羞恥心はある。さんざん噂を流されてるが、それでも堂々と行きたくはないっ!


 はぁ、仕方ない……ちょいとズル、させてもらうぜ。


 目的のお店の周りには……人の反応なし、と。マップで座標は確認できるんでパパっと行こう!



「【コマンド入力/tp】 対象を玲央に設定。地点をマップの座標から参照…っと――はい、せーの!ピョンっ」




「――シュタッ……さぁ着いたぜ…いわゆるアダルトショップにな。


 おーい!エロじじいっ!いるかーっ?」


「だぁれがエロじじいだこの野郎!ワシはまだ40代じゃ!」


「じゃあその喋り方と長い髭を何とかしろよ……白髪だからより老けてるように見えるんだわ……ってかエロは否定しろよ」


「ふんっ、この店を開いとる時点で否定なんぞできんわ。それに!エロは素晴らしいものじゃぞ!ワシの誇りじゃいっ!」


「あっ、はい……とりあえず、今年も執筆し終わったんで並べせてもらうぜ。在庫はここに置いとくわ」


「おうおう。勝手にしなされ。料金設定は同じでいいんじゃろ?」



 エロじじいの質問に軽く首肯することで返答し、俺の作品が並べられている棚に新たな一冊を加える。


 エロじじいことエロスの店は、雑貨屋なみに色んなものが置かれたところだ。だが、よく見るとどれもがエロに関するものだったりする……本も軒並み官能小説、もしくはそういうシーンのあるものばかりだしな。


 色の区画。いわゆる歓楽街と呼ばれる場所の裏路地に構えられた、いかにも怪しいお店なのだが……その実、しっかりと商業ギルドに登録しているので、健全なお店といえる。むしろ、歓楽街に住まう人達からの人気は高いそうだ。隠れてない、隠れた名店ってところだな。


 ここの商品はどれもが個人の技術者によって作られた物で、大手の商人のように大量生産された品物を扱っていない。なので、どれもが一品だ。まぁ、売れ筋の商品は多く作ってもらうらしいが。

 そのせいかは知らんが、こいつの持つコネはかなり恐ろしい……敵には絶対に回したくない。なんか、貴族の弱味もいくつか握ってるっぽいしよ……名前もたぶん偽名だよな?俺の“何者だよこいつリスト”に入っている一人だ。

 


「おお!そうじゃった、そうじゃった!お主の本に登場した、振動で前立腺をマッサージする器具?じゃったかの……それをちと魔道具で作ってもらったのじゃよ!」


「はい?」


「いやぁ、お主の作品は見知らぬものでも描写が丁寧じゃったからの。簡単に図面におこして製作できたのじゃが……ほれ、どうじゃ?こんな感じのものであってるかの?」



 そう言いながら手にとって俺に見せつけてきたのは、男性器に近しい形をした部分が細かく振動している逆T字のナニかだった。



「……うっそだろ、おい……科学なき時代にエネマグラかよ……いろいろ段階すっ飛ばしすぎじゃねぇか?」


「ふむ?えねまぐら……とやらがこれのことかの?よくわからんがしっくりくるの。今度からはその名前で販売するかのぉ!」


「……ん?それ販売してんのか?!」


「もちろんじゃて。ワシもビックリするほど売れててのぉ。今も追加で作ってもらっとるんじゃよ。どうやらこの区画で働く女の子がお客さんを攻めるために使ってたみたいでの。そこから広まって、今じゃ男女問わず人気な商品なのじゃよ。

 そうじゃった。ほれ、これの原案者はお主だからの。売り上げの一部を渡しておくぞい」


「あぁ、助かるが……こんなにか……」


「これでも2割じゃよ。

 しかしのう……お主の本に登場したエロい小道具に張形とやらがあったじゃろう?」


「ん?あ、あぁ……って、このエロじじい!まさかお前っ」


「つるつるした柔らかな素材というのが難しくてな。わざわざケラスデルフィンの角を取り寄せて作ってみたのじゃが……あんまり売れなかったのじゃよ。

 ほれ、これがそうなんじゃがな?ワシの全盛期の頃を模してみたはいいものの……見た目がそれっぽすぎるから、手にとりづらいのかのう」



 そういって取り出してきたのは、見事なまでの逸物。角をどう加工したらそんなにリアルに作れるんだってくらいには立派な男の象徴だ……白っぽい肌色ってのもよくねぇんだろうな。そりゃ、手に取りづらいだろうさ。



「お試しであげた娼館の子らから、使用感はいいと聞いとるんじゃが……在りし日のワシを思い出すと言ってくれた子もおったしのぉ。特にこの引っ掛かりの部分がな?」


「いい、いい!男のブツの話なんざ聞きたかねぇよ……」


「そうかの……じゃが、ワシはこのくらいじゃまだ諦めんぞ!もともとワシは経験に裏打ちされた技術で悦ばせてきたんじゃ!大きさや形ばかりではないのじゃよ……いまは売れなくとも、ワシはこの息子の代理で…もう一度歓楽街の天下を取るんじゃっ!」



 もう猥褻物陳列罪でしょっぴかれちまえ。自分の息子をバラ撒くってどんな心境なんだよ……なんでそれで意気込めるんだよ……世界が世界なら変態通り越して犯罪者だぜ、じいさん……。



「そのためにも、えねまぐらの振動機能をつけてみるのもありかの?いや――」


「んじゃ、用が済んだんで帰るわ。またな」


「――っとと待つんじゃ!お主にこれもおまけで渡しておく。お主も是非使ってみてくれ。そしてワシに感想を寄越すんじゃ!」


「いらねぇよ!なんでじじいのムスコを模した奴を俺が使わなきゃなんないんだ!そもそも、俺にそっちの趣味はないっ。無理っ!」


「ぬっ……じゃあせめて、えねまぐらだけでも貰っとくれ!じゃないと商業ギルドから警告をくらってしまう!原案者には見本を渡すお決まりがあることは知っとるじゃろうっ?お主もこのお店が潰れると困ってしまうじゃろ?」


「……わかったよ、貰っておく。だが、もらった物をどうするかは俺の自由だよな?」


「勿論じゃっ!出来るのなら、捨てても構わん……」

 

「……今度こそ帰る……じゃあな」



 名残惜しそうにブツを持ちながらこちらを見つめてくる視線を、引きちぎるかのようにして扉を閉め外に出る。


 半ば強制的に右手に握らされた魔道具エネマグラだが、どうすんだよこれ。インベントリの奥底で腐らせたいが、こんなのに一枠潰したくないぞ。

 だが捨てるにしてもなぁ……魔道具の廃棄はいろいろと手続きが必要なもんで面倒なんだよ。しかも、捨てるときには対象物を提出しなきゃいけないし。


 まぁ、いい。とりあえずさっさと帰ってこいつを隠しておこう。帰りも同じでいいだろ。周囲に人の反応もな―――んえっ?誰かこっち見てるんだが。



「リオか?何でここにお前さんが……?」


「えっ!何で先輩、僕だって気づい……その手に持ってるのって…え?」



 マップの反応がある場所をよく確認すると、真っ黒なローブにすっぽりと身体を覆ったリオの姿があった。あっちもあっちで、俺がいることに驚いているようだが……リオの目線がある一点に集中している。


 ま、まままま、待て…お、落ち着け……れ、冷静に状況を判断するんだ……アダルトショップからラブグッズを片手に出てきた三十路の男性……軽くショッキングな映像だなぁっ、おい!

 い、いや。まだだ。まだ、どうにかできるはずだ……一旦ここは落ち着いて、リオが何をしに来たのかを聞こう。もしかすると同じ穴の狢な可能性がある……ほんとは俺、違うんだけどな?!



「お、おう!リオか。1日に2回も。それもこんな場所で会うってなかなかな偶然だな。この店になんか用があったのか?」


「えっ、あっ、はいっ!ここに売っている本……えっと『玲央レオ』って方が書いているんですが、そろそろ新作がでる頃なのでアリーさんから取り置きをお願いされまして……」


「へ、へぇ……な、なるほどなぁ……リオもその本を読んでるのか?」


「えっ、と……まぁ、はい……ア、アリーさんに勧められたので、さらっと流す程度ですけどねっ?せ、先輩も本が好きですし、読んだことがあったり?」


「い、いやぁ?俺はまだ読んでないなぁ……そ、そういえば!俺はここの店主と仲がいいから、よく話すんだけどよ。さっきその作者の本が新しく納品されたっぽいぜ?」


「そ、そうなんですねっ!……じゃあ、取り置きのお願いではなくって、そのまま買って帰ることができそうです!さっそく買いに行かなきゃ――」


「ま、まぁ待て……俺の持ってるこれ、どうやらその本に出てくる道具かなんからしくてな?振動する魔道具っぽいんだが……お近づきの印にってこれを貰ったのはいいが、いかんせん使い方が分かんないんだわ。

 リオがあの本を読んでるなら、これをどのようにして使うか、知ってるんじゃないかと思ってな」


「うっ……そう、ですね……」


「そうか!ならリオにやるよ、これっ!俺が持ってても使い方がわかんないんじゃ仕方ないしな~!せっかくの魔道具だから、使わないのはもったいないだろー?」


「えっ、えぇ?」


「いやぁ、ナニに使うんだろうなぁーこれは。まぁ、魔道具だしかなりいい代物なんだろうな~……ってなわけでリオ。お前さんにこれをプレゼントだ……んじゃ、明日から頑張れよっ!…絶対に生きて帰ってくるんだぞー!」



 驚いている間にリオの手にエネマグラを握らせ、呆然としている隙に物陰まで全力疾走。

 急いでコマンドを使用して部屋へテレポート……。



―――ふっ、完璧だ……俺はやってのけたぞ。この試練を無事に切り抜けてやったぞぉっ!



 まぁ、なんだ。リオにはすまないとは思っているが……アリーがあの本のファンなら、魔道具なこともあってコレクション目的で保存するだろ、きっと。

 どのみちあんなものは、読み込んでるわけじゃないリオからしたら無用の長物だしな。購入した本と一緒に、おまけが付いてきたみたいな感じでアリーに渡してしまえばいい………付録がエネマグラってどうなんだ…?



 というか、まさか身近に俺の著書のファンがいるなんてな……世間は狭いぜ、まったく。





―――◇◆◇―――


リオ「ちょっと!待ってくださいよー先輩っ!――ってあれ?居ない……魔力も感知できないですし……もうっ、足早すぎです!


―――んっ、と……先輩がくれたこれって……お、おしりに使う…アレ、ですよね………どうしようこれ………と、とりあえず仕舞っときましょうっ!先輩が僕に渡した物ですし、僕がちゃんと持っておかないとっ…。


そ、そんなことより!早く頼み事を終わらせないと、ですね。新作がもう出てたので買ってきました……なんて知ったらアリーさん、喜んでくれるかな?念のため、お金を用意してきて良かったです」

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