奉仕の精神

“豊穣の灯り”メンバー

リオの視点です


―――◇◆◇―――



「はぁあ……とんでもないこと、聞いてしまいました……」



 お酒を飲んでもいないのに、やっちゃったなぁ。

 先輩にあんな過去があっただなんて……って違いますね。僕ですらこの髪色で苦労してきてるんです。先輩程の真っ黒な髪や目なら、もっと大変な過去があると簡単に想像できたはずです。

 

 ただでさえ、先輩は僕の事情を一切詮索せずに面倒を見てくれていたというのに。僕の方から踏み込んでしまうなんて、よくないですよ…本当に。先輩は気にしなくていいなんて言ってましたけど……あの反応からたぶん、しっかりと過去の出来事として割り切れているんでしょうけど。

 それでも、失敗したなぁ………って思ってしまいます。はぁあ…今日もまた、先輩の優しさに甘えてしまいました。


 ほんとはいろいろと面倒な存在の僕を家族のように扱ってくれたこの愛情……どうにかして返してあげたいと常々思っているんですけど……返す分よりも日々受け取る方が大きすぎてしまうんです。一体僕はどうしたらいいのでしょうか……僕は先輩にとって頼れる存在にはなれないのでしょうか……僕が先輩の日々の気苦労を少しでも取り除いてあげられればいいんですけど。

 ご飯はいつの間にか会計が済まされちゃってますし……先輩の趣味の本を贈ろうとしても、僕が買う前に持ってたりしますし……生活の面倒を見ようと思っても、先輩は一人でいる方が楽なんだなってわかっちゃいますし。


 でも、人は独りでは生きられないはずなんです…何よりこの言葉を教えてくれたのが先輩です。

 きっと、一人でいるのは気苦労から逃れるための方法なんだと思います。僕自身、最初の頃は誰も近寄らせないように心に壁を作っていました。だからわかるんです…今、先輩と距離の近い人の存在が貴重なんだって。


 先輩の身近な交流のある人といえば、冒険者だとクリムゾンの古参の方と豊穣の灯り。後は咎人の刃の方と楽しそうにお話ししてたのを見た覚えがあります。それ以外だと、知っている範囲ではギルド職員や僕に紹介してくれたお店の方々くらいなのですが……たびたび噂で聞く娼館の方とも仲がいいのでしょうか……お店の名前と場所は知っていますし、時間があるときにでも先輩のお話を伺いに行こうかな…。




 今は昼の鐘が鳴ってからちょっと経ったくらい。道すがら先輩との会話を思い出して反省しつつ帰っているところ。先輩のお話は面白くて、冒険者の知恵や変わった本のお話などと話題が絶えませんでした。どれも終わりがクスっと笑えるようなものばかりで、こうして一人になるまでは自分が泣いてしまったことを忘れていた程です。きっと、冒険者をしなくても髪を染めてさえしまえば物書きや語りで食べていけるんだろうなぁ。



「ただいま帰りましたー!」

 


 豊穣の灯りに所属するまではギルドと外への門の間にある宿で暮らしていたんですけど、今はクランハウスにお邪魔しています。貴族街の門とギルドの間にあるちょっと大きめな家がそうです。

 もともとは宿屋だったそうなのですが、歳で運営が厳しくなってきたとのことでアリーさんに譲られたみたいです。

 アリーさんが言うには、その方は隠居後に個人で静かな飲み屋を開く夢がある。今頃はどこかでその夢を叶えてるんじゃないか、とのことでした。



「あら、おかえりなさい……ちょっと目元が腫れているようだけれど、なにかあったの?」


「あ、あはは……ちょっと泣いちゃいまして…」



 クランハウスのホールに入ると、ちょっとした休憩の場においてあるテーブルで本を読んでいるアリーさんがいた。あの場所は、彼女が本を読むときの定位置だったりする。



「あら!…リオを泣かせるだなんて、あの人は……」


「あ、いえっ。レオンさんが泣かせたんじゃなくって…んと、その。戦争に行くのが初めてだから、いろいろと聞いてるうちに悲しくなったんです」


「なるほどね。そういうことならわかるわ……それで、戦場に向かう決心はつけられたのかしら?」


「はいっ!先輩のためにも必ず生きて帰らないと、ですっ」


「ふふっ…本当にリオもレオンのことが好きよね……いくら私たちが後方へ配属されるからといっても、そこが安全だとは限らないわ。奇襲部隊がいて、こちらに仕掛けてくる可能性もあり得るもの。油断せずに万全を期していきましょう」


「そうですね…頑張ります!」


「その調子よっ!……あっ、そうだ。いま私が読んでるこの小説、ちょうど新作が出るのが戦争開始時期と同じなのよ。帰ってきたところそうそうで悪いのだけれど、いつものお店のところで取り置きのお願いをしてきてもらっても…いいかしら?たしかリオもよく買って読んでたわよね……私があなたの分も買ってあげるから、お願いっ!」


「えっ!昼間にあの区画へ行くのはちょっと……目立ちそうなので気が乗らないんですけど…」


「大丈夫よ。闇魔法の認識阻害が付いたローブを貸してあげるわ」


「そんな!魔道具じゃないですかっ。しかも、かなりお高い魔法のものですよねっ?」


「いいのいいの。そろそろ私の休憩時間も終わっちゃうから、そうなると夜まで手が空けられないのよね……レイラは相変わらず、どこかほっつき歩いてるのかまだ帰ってこないみたいだし。ルーナとエマは意地でも私のそばから離れようとしないもの……ねっ、お願いよ…ローブだけじゃなくって、その下の服装も私が整えて、誰からもリオだってわからないようにしてあげるからっ」


「まぁ、はい……そこまでしてくれるなら…いいんですけど……」


「本当っ?ありがとう!ほら、こっちにいらっしゃい。お礼にぎゅーってしてあげるわ!服装もとびっきり可愛いのにしてあげるから……んーっ、よしよし――はぁ…仕事前の、最っ高の癒しね……」



 むぐっ、頭撫でられるの今日で二回目です。お礼として嬉しくないわけじゃないんですけど……べつに服装の可愛さは求めてない、かなぁって。


 でも……最高の癒し、ですか……先輩も僕相手にこういうことをすることで癒されるのでしょうか…?実は、先輩がよく僕の頭を撫でるのも癒しを求めてのことだったり……うんっ、試してみる価値はありそうです…!




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