戦争前日は過去話
日が登り始め、いつもより住民が慌ただしく動き始めた街中をリオと肩を並べて歩く。
「いや、肩は並ばねぇな……」
「急になんの話ですか?ちょっと失礼な感じがしましたけど…」
「あ、いや?なんでもねぇよ。ただ、懐かしいと思ってな」
俺がこいつの面倒を見るってなってからは、よく朝方に街を散策したんだよな。俺に親しくしてくれる店主さん達への顔合わせ目的で始めたことだったが。
それでも、俺の知らない店とか路地を見つけたりしては新たな発見だってワクワクして……裏路地入りすぎて二人して巡回中の衛兵に捕まったこともあったっけ……。
「僕のことですか?5年前のことなのでまだまだ最近のことです。もうっ、懐かしがらないでくださいよー。
えへっ…色んな所に連れ回されて、色んな経験をして……初めてだらけの日々で疲れは確かにあったけど、でもそれ以上に楽しかったのを覚えていますっ!」
「そうかい……。
――失礼するぜー。朝から飲みに来たわ。といっても、酒は呑まねぇんで、水。よろしくな。つまみはてきとーで良いぜ」
ギルドから徒歩5分圏内の飲み屋、静世亭。貴族街に構えてるわけでもないのに、一見さんお断りの変わったお店だ。
まぁ、ここで飲める水は氷が入ってないのにキンキンに冷えてるんだわ。この特徴はギフトの水魔法以外にない。冷蔵の魔道具を個人で所有してる可能性もあるが……そっちはそっちで財力的にどうなんだって感じだし。
店主さんの事情には触れないでおくのが一番よ。紹介なしに入れない理由もその辺にあるとは思うが、俺は聞かん。
「外、志願兵の募集かけてましたね……今年も戦場はビエト子爵領だそうです」
「まぁ、そこしかないだろうなぁ……こっから南は山がなだらかになって、ビエト子爵のところはもはや平野だ。
北の方も同じとはいえ、そっちはオルシア王国と同盟関係にある連合国領とも隣接してる。北からは迂闊に攻められないわな」
「そうですね……連合国はそれぞれの小国の代表者が集まって運営しているので、隣接している領土を治める代表者が独断で裏切らない限りは……ですけど」
「その可能性は勿論あるが……俺らでも考えつく程度のもんだ。お偉方もこの可能性を切って捨ててる、なんてことはしてないだろうよ。
俺ら冒険者ができることなんて精々緊急依頼に応じることだけ。色んな状況を検討して国を憂うのは貴族の役割ってんだ。現場参戦なんだろ?変なこと考える前に、まずはそっちに注力しやがれ」
「そう…ですよね!余計な考え事して生き残れるほど戦場は甘くないですもんね」
「その通り!戦場に出るならまずは生き残ることを優先するんだぞ?お前さんを金属鎧でガッチガチに固めてもいいが、その分機動力は落ちるし熱さで死ぬこともある。かといって革鎧じゃ槍や弓のような貫通力の高い武器から身を守るには心許ない、何よりスキルによる攻撃に耐えられないだろ?いっそのこと魔道具の鎧を用意してやりたかったんだが、あれはオーダー制だからな。お前さんが直接いかねぇとダメなんだ。それから――」
「せ、先輩っ?お、落ち着いてくださいっ!たしかに初めての戦場ですが、そこまで心配しなくても大丈夫ですっ!」
「あ?戦場はなめちゃいかんぞ?何より前線は特にそうなんだ。味方と敵が入り雑じるんだぞ。貴族お抱えの兵士は鎧のデザインで、志願兵と冒険者は事前に色つきの布を腕に巻くことで識別するわけだが、乱戦になった戦場でそんなもんを見る余裕なんてない。
特に初めて参加する人ほど、視野が狭くなって目の前の奴を殺すだけのバーサーカーみたいになるんだ。味方と思ってた奴から突然斬りかかられることがあるんだぞ?」
「だ、だから大丈夫なんですってば!僕たちは後方に配置されるってもう決まってるんですっ」
「………そうか……あー、あれか?アリーが魔法主体だからか?魔法のギフトしかり、遠距離で高火力のスキル持ちは基本重宝されるものな」
「どうやらそうみたいです。僕も“弓術”のギフトを鍛え続けて、この間
「おぉっ!そりゃめでたいな。これで弓術のスキルは二つ覚えたわけだ……短剣スキルも含めるとすると…こりゃ、銀級に上がるのもすぐだな!よく頑張った、偉いぞー!」
ギフトを鍛えることで、大元のスキルから分化するようにして新たなスキルが獲得できることがある。RPGとかのスキルツリーを想像すると分かりやすいかもしれないが、この世界には明確なスキルポイントの振り分けとかはない。
いつ獲得できるのか?何のスキルを得られるのか?これら全てが個人によってバラバラだ。例え同じ“弓術”のギフトを授かっていて、同じ鍛練を続けたとしても、新たなスキルを獲得する時間や、その獲得スキルすらも異なってくる。
鍛え始めてたったの一年でスキルを獲得した者もいれば、10年かかった人もいる。かといって、二つ目のスキル獲得ペースが同じかと言われればそうでもなく。一年で一つ目でも二つ目には5年、10年とかかることがありうる。
魔力を豊富に持つ生物を殺すことで、スキルが得られやすくなるという俗説はあるみたいだがな。
「わーっ、髪の毛がくしゃくしゃになっちゃいますって…えへへ……」
「リオは魔力結構あるようだし、スキルもかなり回数使えるんじゃないか?
後方ってことは“
「あ………そう、ですね……」
この世界、どのようなスキルも魔力を用いて発動するんだが、ギフトで貰った大元のスキルはそのほとんどが魔力を用いないらしい。
これは、俺の現代人的考察になるのだが……ギフトはパッシブスキルで、後に獲得したスキルは特殊技みたいな扱いなのではと思っている。なんだかゲームっぽい世界だよな、ここ。
「たしか、
「…………」
「ん?どうした、リオ」
「……あんまり詮索するのはよくないかなって控えてたんですけど……一つ、聞いてもいいですか?」
「お?いいぜー、答えたくないものはちゃんとそう言うしな」
「ありがとうございます……先輩は、人を…その……殺したことって…ありますか?」
「あー…ね?まぁ、そりゃあなぁ……やっぱ殺されかけたら殺しちまうことはあるよ。それ以外の手段でどうにもできない時ってのはあるからな」
「っ…そうなんですね……」
「リオもおんなじ経験したかは分からんが……俺ってば“浸蝕する闇の申し子”みたいでな。訪れる村々で寝込みを包丁で刺されたり、小屋ごと燃やしてきたり、村の住民総動員で殺しに来たり……まぁ、なんにせよ身を守るために殺してしまったことは何回もある」
いやぁ、どれも転移してきた直後の話なんだけどな…まぁ、平和ボケしてたのよ。全く状況も飲み込めてない中で、たまたま発見した村にお世話になろうとしたら、石投げられるわ槍向けられるわして。もう、頭のなかパニックよ。ここは日本じゃないのか?いったいどこに俺はいるんだってな。
そんな風な対応を何回もされてメンタルボロボロなところに、一晩泊めてくれる親切な村に出会った時の喜びようといったらもう、な?そこでの出来事がだいたいアレなわけだが。
いやー、チートがなかったら死んでたね。というよりかは、ああいった出来事があったからこそチートに気づけたまである。
今だからわかるが、この世界ってギフトによる恩恵がかなり大きいのよ。与えられるギフトは基本的に戦闘に使うようなものばっかりなんだが、それでも持たない人よりも倍以上の力を出せるようになる。だから、さっきパッシブスキルなんて例えをしたわけだな。
なもんで、辺境の山にある村々のように、都会から離れて生活している人ほどギフトの恩恵を大きく感じてるらしくてな。信仰心も相応に高いそうだ。
「えっ…え?村?……」
「そ!山の中腹辺りで着の身着のままだったからよ。とりあえず泊めてくれーって感じで」
「そんな……もと住んでた場所に帰るとかって……あ、出身地聞くのはダメ、ですよね…」
「あー、べつに聞かれちゃ不味いってことはないんだが……もう帰れねぇからな。なんていうか、俺の故郷ははるか遠い星の彼方にあるんだわ。なんで、俺と同じとこに暮らしてた人はこの世界のどこ探してもおらんよ。たぶんな。
ほら!実際、俺の話す言葉に意味不明な単語が混じることあるだろ?そういうときは母国語が出たんだなと思ってスルー……あー、っと…無視してくれや」
「えっ…」
いやー。しっかし十年以上も前なのかぁ…懐かしいね。
この世界に来たときにまず困ったのは、意思疏通が図れないことだったなぁ。いちおう、言語チートはあったんだけど、修得が赤子もビックリな速度で早くなる!って言う程度のものでしかなかったんよ。
だから、最初はカタコト、時々日本語で村を訪ねてた訳。そりゃあ、あっちからしたら理解不能な言語を解する化け物にみえるわな。村民も辺境で暮らしてるんで両方の国の言語に多少理解があるわけだし、余計にな。
この街にたどり着いてからは、人殺しの罪とかで捕まったりしないかと内心ビクビクしていたが……聞いたところによると、貴族が治める領内の村は正式に許可取りをして代理人が在住の下、開拓される仕組みのようで。村の名前と代理人の名前が記された看板が入り口に立てられてるそうだ。
逆に看板がない村は勝手に作られたもので、年に一度そのような村を検挙しているらしい。つまり、そのような村の住民はまだ王国民として認知されていない扱いでな。殺されても王国の法じゃ裁けないんだと。
これを聞くまでマジで怖かったなぁ。毎日ろくに寝られなかったしよ。街に来るまではどこか開き直っていた節はあったんだが……やっぱ法に守られてる安心感ってのは、罪を犯さないからこそ感じられるものなんだなって思えるぜ。まぁ、当たり前なんだけどな。
ちなみに検挙方法のひとつに、登録されてない村の名前でギフトを受けに来た者をマークし泳がせ、ある程度村が開拓されたところで捕まえるやり方があるそうだ。なんというか、効率的だよな。
「えっと……その…ごめんなさい…ぼ、僕……先輩にそんな、そんなことがあったなんて…知らなくって……浅慮でした…ごめんなさいっ、ごめんなさいっ」
ぬっ?昔を色々と思い出してたら、リオが隣で泣き始めちゃっていたんだが……俺ってば何か自責の念に駆らせるような発言したっけか?
――いや、してるわ。異世界から来たことを誤魔化すために遠回しな表現を使ったのが良くないわ。
普通に、故郷と一緒に同郷の人も滅ぼされましたって解釈されるな、あの言い方。なんなら、話し始めに浸蝕する闇を出したのもあって、滅びた原因が俺の黒髪黒目にあるって考えられててもおかしくはない……のか?
でも、異世界出身ってのも言いたくないんだよなぁ……って違うそうじゃない。まずはこの重く湿った空気をなんとかしないと。互いの心情の温度差が違いすぎるんで、さすがに気まずいし居たたまれねぇよ…。
「ほ、ほら!今の俺は全然辛いともなんとも思ってないからさっ。だって、十年以上も前の話だぜ?それに親とか兄弟からたっぷりと愛情もらって育ってきたんだわ。たかが他人に黒髪黒目で差別されるくらいどうってことないね」
「……そんなにも前から………」
「あー、あー……よ、よし!今日は戦争前夜…夜?……朝だっ!とりまパーッと飲んじまおうぜ!こういうときは酒だよ酒っ」
「…ぐすんっ………パーティーの方針で……明日のためにも…酒は控えないと、です」
「し、しまった…そうだった……」
「…んっ……もう、大丈夫です。僕を、元気付けようと…してくれたんですよね……勝手に踏み込んだのは僕の方なのに……ありがとうございます…」
「い、いや。勝手ではないぞ?俺が了承して話したわけだからな。そ、そんなに気にしなくていいからな?なんなら、冗談半分だと思ってくれマジで」
「…許してくれて、ありがとうございます……先輩がそう言うならそうします――でも、もう大丈夫です……せ、先輩には僕がいますっ。勝手に居なくなったりしません!
だから……いつでも、僕に甘えていいですから、ね?」
「お、おう…」
やっべー!なんかスッゴイ勘違いしちゃってるよこの子!俺をそんな暖かい目で見つめるんじゃねぇっ。
お前さんが思うほど俺は重たい過去なんて持ってないのよ……ほんとに気にしないでくれ……。
今の俺にとっては、その優しさの方が辛いのよ……。
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