冒険者の徴兵は緊急依頼で


 アリーとのお食事会を終えて、普段しない行動をとった疲労からか爆睡をかました昨日。朝起きて、勿体ない時間の使い方をしたと後悔している俺がいる。


 明日土曜日で何もないから今日は夜更かししてやるぜって思いつつ、いざ学校から帰ると疲れて眠ってしまい、そのまま翌日の朝を迎えてしまった時の気持ちと一緒だわ、これ……その後、失った時間を取り戻そうとしてオールするのはお決まりだったりするんだが。

 まぁ、今年で三十路を迎える俺はそんなことしない。



 それでも、何とかして喪失分を取り戻そうとするのがどうやら俺の性らしく、受注ラッシュが始まる前の早朝にギルドへ来てしまった……ピーク前だってのに、既に待機勢でそこそこ人数はいるしよ。でも、俺が入ってくる前からすでに雰囲気が静かだったんで、よしとする。


 まっ、その原因はあいつらだろうな。今もギルド酒場の隅っこで固まってるクランの連中。

 黒の高級そうな紳士服を身に着け、冒険者とは思えないような優雅な雰囲気を漂わせる。見た目は優男風のイケメン集団。その名も“咎人の刃”。


 こいつらは、普段は王都を拠点に活動していて貴族や商人からの護衛依頼だけ受ける、ちょいと癖のあるクランでな。戦争時期になると前線に出るためにこの街へやってくるのよ。


 こういう活動方針なもんで、貴族連中や商人からの評判はいいらしいな。それに、戦争でもきっかり成果を上げるんで、一般市民からの人気も高いみたいだ。まぁ、あれだ。見た目がいいのと、職業兵士を夫に持つ奥様方のおしゃべりが広まった感じだろ、たぶんな。


 そんな、物語に出てきそうなキャラをしてる連中だが……こいつら、活動理念に合法的に人を殺りたいからって私欲があるんだわ。貴族や商人の護衛とかも、ライバル相手の多い依頼主のものを率先して受けてるしな。

 そのくせ、死体は丁重に扱うってんだから、もう常識じゃ計れない存在だ。なもんで、こういう相手は近づかないに限るって考えが冒険者の間で広がり、静かな空間が出来上がる。

 一応“咎人の刃”の連中も、異常なのは自分たちだって自覚はあるみたいでな。隅っこでああやって固まってるのもあいつらなりの気遣いだろうよ。


 話してみると面白い奴らなんだけどなー。毒とか人体の構造に詳しいんで、現代で言う外科手術の先駆け事業を行ってたりするし。薬や魔法薬ポーションに頼らない治療法ってのは、この世界じゃまだ異端ではあるんだがな。



「マスター、水と煮豆頼むわ。代金は先払いしとくぜ」



 朝起きてから真っすぐここに来たもんで、まだ腹に何も入れてなかったことを思い出した。あいにく、俺は朝飯を摂る派なんだ。量は食べないけど。




 出来立ての煮豆の熱さに悪戦苦闘しながらもなんとか口に入れていると、“クリムゾン”の連中がぞろぞろとギルド内に入ってきた。そこから数分後には“豊穣の灯り”までもがフルメンバーで入場。


 こりゃ、緊急依頼が出るの今日だったか?……いや、“咎人の刃”が待機してる時点で確定だわ。そういや金・銀の冒険者には事前に知らされるんだったな。忘れてたぜ。

 同じパーティーメンバー以外には話しちゃダメなんで、俺が知らないのも仕方ない。


 んおっ?リオがこっちに来てらぁ。なんか用事でもあったか?



「先輩も待機してたんですね……もしかして、現場への参加表明をするためだったり…」


「あー、いや…しないな。待機してるっつか、たまたま夜更かししようと思ったら早起きしてしまっただけなのよ。今年も変わらず、初回の物資運搬と補給線の護衛だけやって、後は山籠りでもしてるさ」


「そうですか……今年の僕は、豊穣の灯りの皆さんに着いていくことになったんです」


「おう、頑張れよ。応援してるぜ」


「いきなりだがっ、本日集まっている冒険者諸君に一つ伝えなければならないことがあるッ!」


 

 おーおー、ほんとにいきなりでビックリしたぜ。今年も始まったなぁ、ギルド長の演説。地味にこうして聞くのは初めてだな。

 まぁ、今日集まってる奴等はだいたいが事前に知ってた連中のようだ。既にギルド長の言葉に静かに耳を傾け始めてるしな。って、驚いてたの俺だけかよ……。



「耳の早いものは既に知っているかもしれないが!隣国アーパルが傭兵共に徴兵依頼を要請した!そしてっ不埒にも!我らがオルシア王国の民を盗人などと蔑称して宣戦布告を行ったぁっ!

 我々冒険者はっ、このオルシア王国を築き上げた誇り高き意思を継ぐ者!積み重ねられた歴史と、同じ志を分かち合った民を守るためっ、ここに!現オルシア王が要請した緊急依頼を宣言する!


 金・銀評価を受けている冒険者諸君は明日の早朝っ、依頼書に記された場所へ集合してくれ!

 そして、銅級以下の冒険者諸君には明日の昼の鐘が鳴る頃を目安に冒険者ギルドへ集合してくれ。そこで改めて仕事の振り分けと、説明を行う。


 私が伝えることはこれで以上だ!――朝早くにこんな大声を失礼したな。私はまた書類仕事に戻る。諸君らの活躍を願っているぞ……ではっ!」



 今年も発足されたな、緊急依頼と言う名の徴兵令がよ。今回の戦場はどこになるのかねぇ。銅級の俺には知る由もないぜ……いやまぁ、金の縁ついてるんで戦場に行けなくはないんだがな…。



「遂に始まっちゃいましたね」


「そうだなぁ……ほんと、毎年毎年よくやるよ。人材も物資も有限だろうに。

 リオは参加表明として依頼書取りに行かなくていいのか?」


「アリーさんがまとめて行ってくれてるので大丈夫です。ほら、ギルド証着けてないでしょ?」


 服の襟元に指を引っ掛けて胸上あたりの肌を見せてきたが、そこに銅色に輝くドッグタグはなかった。


「そんなことしなくたって、チェーンが首に掛かってない時点で判るっての。

 ほら、アリーの参加手続きが終わったみたいだぞ。パーティーで準備やらなんやらを始めなくていいのか?」


「実は、一昨日に必要な物の買い出しは終わってるんです。どのようにして動いていくかも昨日のうちに話し合い済みなんですよ?」


「へぇ?一日前にすべて終わらせておくとは……さすがは金級だな。感心、感心」


「えへへ……だから今日1日は各々好きなように過ごす、ってなってるんです。


――なので、せんぱいっ。これから二人だけで飲みに行きませんか?先輩流の水とおつまみ、試してみたいんです」


「おっ!そうかぁ、いいねぇ。静世亭は酒だけじゃなく、水も美味しいんだわ。さっそく行こ――ちょっと待ってくれ、この煮豆がまだ食べ終わってねぇ…アチッ!」


「あははっ、そんなに急がなくてもいいですよ?ゆっくりで大丈夫です。あ、僕も先輩の煮豆食べていいですか?」


「おう、いいぞいいぞ。ちぃとばかし熱くて、俺一人じゃ時間がかかりそうだしな。マスター、こいつ用にフォークひとつ頼むわ」


「先輩って猫みたいに熱いものダメですもんね。ふふっ、そうだ!僕がふーふーってして冷ましてあげましょうか?」


「いい、いい。そんなことしてたら余計時間かかるだろうが。それに、そのやり方は唾液の飛沫がかかるんで不衛生だぞ?やるなら直前にうがいとかしてからだ」


「むー。ここに来る前にちゃんとしてます……先輩って本当に潔癖ですよね」


「当たり前だろ。長生きするためにも、病気一つしない健康な体でいたいんだよ俺は。

 ほれ、リオにも食器届いたんだからさっさと食べるぞ!――アチッ」

 

「だから、そんなに急がなくても大丈夫ですって……んっ、おいしい。でもそんなに熱くはないような…?」

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