食事のお誘い


 魔道具によってきらびやかに照らし出された店内。分厚い仕切りで区切られた空間は、半ば個室化している。

 案内に従って、席に着きつつ談笑して待つこと暫く。タキシードのような服でビシッと決めた男性が、真っ白な陶器の皿にのせられた料理を運びに来た。独特な盛り方をした長ったらしい名前の前菜だ……どうしてこの世界でもソースで点々と囲むのか、いまだに理由がわからん。謎だ。


 アリーが食事に手をつけ始めたのを確認してから、俺も謎前菜を口に運ぶ。見た目はテリーヌっぽいが……この世界の料理ってそんなに洗練されてたか?

 とりあえず、左側に対象をロックして軽くナイフで区切ってから銀でてきたフォークでブスり。形を崩さないように気を張りながら、縁取られたソースを絡める。最後にナイフで形を整え、ようやく一口パクり。


 ふ、ふぅ、意外と気疲れするな、これは……食事ってこんな頭フル回転させながらするもんだっけか?味がわかんなくなりそうだ。

 いや、まぁかなり美味しいけどよ。普段から薄味のもんばっか食ってきた俺にとって、味の濃いドレッシング付きのなんてマジで最高よ?舌がビックリしてるくらいだ。やっぱし貴族はいいものを食べてるんだなぁ……あの宿の飯だけが異常に薄味な可能性もあるが。


 それでも平民区にある料理処の飯より味が繊細だわ。量はないし、そのくせお値段はかなり張るんだろうけど。洗練されてるとこは、ちゃんとされてるんだろうな。需要の違いってやつかね。



「あら?この前菜なかなか美味しいわね。長々と居られるのも気が散るからって、説明を無しにしちゃったのだけれど……勿体なかったかしら?」


「……確かにかなり旨い……旨いんだけどよ?…俺の想像していた食事会とは違うんだが?」


「え、そうだったの?ここは貴族街のなかでも手頃に楽しめるお店なのだけれど……もうちょっと高級なところが良かった?」


「いや、そうじゃねぇ…そうじゃねえんだわアリー……俺、平民。あなた一応貴族。ドゥーユーノー?」


「最後なにを言ってるのか分からなかったけれど……たまにはこんな贅沢も良いじゃない。私たち友達なんだから!」



 どこの世界にダチだからって、ある程度ドレスコードが必要な高級レストランに食べに誘うやつがいるんだよ!告白前のデートコースの〆かっての。

 しかも起きて早々に、ボロ宿の前で立派な馬車が待機してたんだぜ……非日常すぎて、何が起きてるのか理解することを自然と頭が拒んだわ。


―――何でこんなことになったんだっけか……?





 遡ること1日。


 ギルドの掲示板に貼り出された依頼を物色していると、豊穣の灯りのメンバーが入ってきた。



「よっすー!おっさんも依頼探し~?」


「そっちもそうかは知らんが、たしかに依頼を探してはいるな」


「おー!じゃあさ、なんかてきとーな依頼一緒にやんない?」


「おいおい……リオと違ってそっちのパーティーに加入してないんで、一緒に何かやるってんなら俺の方の危険度制限に合わせなきゃいけないぜ?金級パーティーが銅級の依頼を受けるのはなぁ」


「私は別に良いと思うのだけれど?ペナルティになるわけでもないし。

 それに、一緒ならリオも喜んでくれるわ。今はルーナと買い出しに行ってるからここにはいないのだけれど…」


「うんうん!ボクも喜んじゃうよっ……それに、そろそろ緊急依頼が出される頃でしょ?そうなったら、金級のパーティー評価受けてるボクたちは現場の方に向かうことになるからさ。そうなると短くても2週間程度は会えないわけじゃん!」


「まぁ、豊穣の灯りにリオが入ってもパーティー評価は変動しなかったものな。例年通り銀・金は表に駆り出される、か」


「ええ、おそらく明後日か明々後日には招集が掛かるでしょうね」


「お別れ前の思い出作りってか」

「お別れ前の思い出作りっ、なーんてねっ!」


「被った、だと……俺こいつと思考回路一緒なのかよ、嘘だろ……」


「あははっ、ボクたち息ピッタリなんだよねー!だから、こういうこともできちゃうってわけ」



『ピシッガシッ!グッグッ』



「うぉぉぉ、なぜだぁぁ……何故できてしまうんだ…」


「うんっ、バッチシ!いぇいっ」


YEAAHイエェェッ!」



――パシンッ



 やっぱ最後はハイタッチだよな、うんうん……。



「ねぇ?……あなたたち、やけに仲が良いわね?」


「そりゃもう、同じ屋根の下で寝食を共にした仲だからねっ」


「まぁ、間違ってはないんだが……どちらかと言うと同じ宿のもとだな」


「ふ、ふーん?……私もあなたと友達の仲、よね?仲良し、だものね?」


「ま、まぁな?」


 いや、こいつ……なんか色々と残念じゃないか?今思えば、友達って別になりましょうと言ってなるような存在でもないよな。


 それに、仲良いことを直接口に出して確認するってお前さん……ちょっとヤンデレの素質を感じたぞ。目の光も若干消えてたように見えたし……夏だからってリアルにホラーは無くていいのよ。



「よ、よし!決めたわっ。明日、私と二人きりで食事にでも行かない?お代は私が持つから、ね?」


「お、おう……飯屋に行くくらい全然いいし、代金も割り勘でいいぞ?」


「いいのよ、これは私の我儘なんだから。それじゃあ約束もしてくれたことだし!明日の朝頃、そっちに迎えを寄越すわねっ」


「あ、あぁ…」





――うん、これからは安易な口約束には気を付けような!……家にそれなりの服があって助かったが…ヴィクトリアンな服だもんで、暑いし動きにくいんだわ。いつもみたいな薄着に戻りてぇよ……トホホ。


 しっかし、貴族制度が生きてる時代には服飾産業も発展するお決まりでもあるのかね。この世界の服飾って何気に近代レベルまで達しているのよ。個人的には、コスプレ感を感じさせないところが地味に凄いと思ってる。



「―――だと思ってたのだけれど、意外にもあなたって上品に食べるのね」 


「ん?あ、あぁ。まあな。これでも、本で読んだ知識を付け焼き刃で身につけた、なんちゃってマナー“食事版”でしかないが」


「それでも十分よ。初めに見たときは、近隣諸国にない作法だったから気になっていたのだけれど……独自で覚えたのなら納得ね」



 初めてみたってのは、まぁそうだろうな。こちとら中学の家庭科で学んだテーブルマナーとかを必死に思い出しながらやってるんだわ。あとは、ネットとか小説で読んだフランスとかイギリスの貴族作法をうろ覚えながらに参考しつつ……頑張っている。

 それでも作法で出身が怪しまれるかもと思い、ここの王国貴族がやってるって聞きかじった作法を色々と混ぜてるんだ……涙ぐましい努力だと思わねぇか?


 まさか実践する時が来るとは思わなかったけどよ。まっ、日の目を浴びることとなって地味に喜ばしい気持ちもあったりするんだがな。努力が報われるのはどんな形であれ嬉しいもんだよ。



「あなたなら、爵位を貰ってもすぐに貴族社会に適応できそうね」


「無理だな。そもそも金級で貰える爵位はただの称号だろうが。それに、生粋の貴族と腹の探り合いとかしたくない。なんのためにソロで普段活動してると思ってんだ……独りが良いんだ、独りが」


「ふふ、人間関係を煩わしいと言う割には付き合い良いじゃない。でも、そうね。貴族同士の会話は私も好きじゃないわ………今みたいにずっと、皆と楽しく過ごせる冒険者生活が続けられれば…良いのだけれど」


「……ま、個人が築き上げてきた関係性ってのは、当人の立場が冒険者だろうが貴族だろうが、そう変わんねぇだろ。信頼できる仲間とかは特にな」


「そうかしら?」


「さぁ?俺は貴族じゃないんでね。やっぱ、なんとも言えんわ」


「ふふっ、なによそれ。でも、そうかもしれないわね……これからも私と仲良くしてくれるかしら?」


「あぁ、いいぜ。まっ、んなこといちいち言われずともアリーとは既に友達だと俺は思ってるがな。

 そんなに心配しなくたって、立場で人を嫌うほど俺はイヤな人間じゃないつもりだぜ?」


「でも、貴族は嫌いなんでしょう?」


「面倒事が嫌いなだけだ。そういうのに巻き込んでこない貴族相手ならちょっとは歓迎するさ。俺は懐が広いんでね!」


「ふふっ、ちょっとは懐が広いと言えないんじゃない?」


「そりゃあ、すでにリオを抱えているんでね。俺の懐には一人分が埋まっちゃってるのよ。ほら、抱えたらすっぽりと収まりそうだろ?

 そんでもって、残りの空いてる隙間が歓迎できる場所ってこった。だから、“ちょっと”なのさ」


「それは…面白い考え方ね。でもリオ君は小さいから、残った隙間に私もすっぽり収まることができそうね?」


「それは、俺の負担がえげつないなぁ。何事も余裕は持った方がいいんだぜ?一先ずはこの隙間で勘弁してくれや」


「それは残念だわ……でも、そうね。一先ずは勘弁してあげる。私も懐は広いの」



 おっと、言葉が返ってきやがった……とはいえ、たしかにアリーの懐は広そうだ。何せ、この街の住民すべてを抱えてる親父さんの娘だぜ?

 自分の力だけで抱えるしかない俺よりも、その手は遠くまで届くだろうさ。たぶんな。

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